第35話 造られた心
「人工精神体、【アカシック・レコード】の集合的無意識から人的に取り出された精神だ」
何を意味の分からんことを。
「本来なら不自然に生成された魂は…人間誰もが持つ12のアーキタイプ…」
「生まれ持っての人格を持たない、そのままホムンクルスに融合させても、本能のまま生きる廃人になる」
アカシック・レコード?
アーキタイプ?
ホムンクルス?
「アカシック・レコードってなんだ!!!たしかオカルトか何かだろ!」
「アカシック・レコード……有機的生体端末統合システム、21世紀の無機物による演算システムとは一線を画す…お前の居た世界のコンピューター、サーバー、AIの…大規模なやつと言ったところだ…」
「俺が開発した生体端末システム【Psy(サイ)】のせいで……星のエネルギーが枯渇しかけ、それを抑制、管理する地球の守護者(ガーディアン)として開発された」
「開発者は遺伝子工学、気候工学、情報工学の権威、アリシア・ヴォールク…俺の幼馴染で…………婚約者だった人だ………」
金髪でアリスそっくりの!!
聞いても意味がわからん!!!生体端末システム【Psy(サイ)】?
「それ!地球の話か!?聞いたこともねーぞ」
「…………A.D.2180、地球は死にかけている、お前が居た地球は21世紀をモデルにアカシック・レコードが造った【世界の卵】これが現実だ」
なん………だと……俺が…人工物……生き物ですらなく…元の世界が…幻……
「アーキタイプって……なんだ…トリックスターって…」
「数百年前の心理学者カール・グスタフ・ユングが提唱した原型論、人の心は誰しも」
「幼子(イノセント)、通常者(エブリマン)、英雄(ヒーロー)、援助者(ケアギバー)、探求者(エクスプローラー)、破壊者(デストロイヤー)、求愛者(ラヴァー)、創造者(クリエイター)、統治者(ルーラー)、魔術師(マジシャン)、賢者(セージ)、道化師(トリックスター)」
「この12の原型…アーキタイプを全て持って生まれ、どれかが特化していても、特定のアーキタイプが欠落している事はない」
「なんだよ…その厨二病設定…」
「れっきとした学術論だ、正常な人格を持たない造られた精神体それがお前だ!タカヤ・シンドー!」
嘘だ……
「自覚はあったはずだ」
そんなはず…ない…
「そんなもん!信じるか!俺は俺で学校行って働いて、チョーさんと呑んだり!!」
「親の名は?」
親…親なんて………!?
分からない…誰だ?漠然としたイメージはあるのに……
「どんな幼少期で、どんな学生だった?」
「そんなん、普通の学校に通って普通の…………」
何処にでもある風景…何処にでもいる友達…嘘くさい印象に残らない人間関係……
「何かアーキタイプが付与される出来事や影響される人物が居たはずだ」
チョーさん!!嘘だろ!チョーさんは俺の師匠で……
「あの【世界の卵】は必要な人格だけを付与しホムンクルスに適合するよう魂を作り変える、魂の飼育場だ」
嘘だ!!信じない!こいつ…俺の体を乗っ取る為にデタラメ言いやがって!!
「最も人の心を開く特性トリックスターのお前は、ホムンクルスではなく閉じられたアリスの心を開く為、作為的に」
やめろ!!!違う!!!!俺は!
アリスが大切な!この気持ちは!偽物なんかじゃない!!!
「あの世界……【エデン】に送り込まれたんだ」
デタラメだ!!!全部!!全部!!!!嘘だ!
「全て、仕組まれていたんだよ。あの世界でトリックスターは無力……アリスに逢うことも運良く生き延びることもアカシック・レコードによって手引きされた」
「嘘だ!!だいたい何でアリスを!関係ないだろ!!それに何で!あの世界に!」
「モーフィング計画」
なんだよ……また訳の分からん…
「自我を持たず培養されたホムンクルスではなく、生身の人間に人工精神体を送り込み」
「薬物投与やアカシック・レコードによる精神干渉を行い人格を入れ替える、非人道的な人体実験」
「実験対象は世界反逆罪で死刑囚の神藤 貴也…俺のことだ………そして…あの世界は俺の潜在意識をアカシック・レコードが具現化した世界」
「なんだよ!わかんねーよ!!!アリスは関係ないだろ!!」
「人間の意識には意思のある顕在意識、知覚できない潜在意識がある」
「 俺の表面的な意識がお前と融合した…そして…あの世界は俺の無意識………夢のような世界だ」
なんだよ……全部…全部…造り物だってのかよ……アリスも…マックスも…ソフィアも!!!
「当初、あのアリスも俺が無意識的に死んだアリシアを模倣した、【シャドウ】だと思っていた…世界ごと壊して……こんな虚構の世界を抜け出すはずだった…」
「だが……アリスは俺の死んだ婚約者、アリシア・ヴォールクの転生体だった」
「そして世界政府アースガルズの狙いは……アリスと融着したアリシアの精神体だ」
「じゃあ……フェンリルが、アリスを狙ったのも……アリスが…あんな酷い目にあったのも……」
「奴等の目的……アカシック・レコードの管理権限全てを開放するキーである…アリシアの精神体を奪う為だ」
「フェンリルはアカシック・レコードの化身、あの世界エデンを創った神…あの世界の住人【シャドウ】では無力に等しい」
フェンリルが…あの世界を創った…神…じゃあ悪霊の心が具現化したなら……悪霊もあの世界の神……
目眩がした……膝をつき放心することしか出来なかった…
嘘だったのは、俺の命…人生……アリスへの気持ちも……マックスもソフィアも、その全てが…………
偽物
沈黙が続いた…
「こんな事を…おまえに告げるのは酷だと思っていた…すまない」
「は……はは…何か…腑に落ちちまったよ…なんだよ…結局俺は…アリスを危険に晒す為の道化師(ピエロ)だったって事かよ……」
もう悔しいのか、虚しいのか意味が分からない感情…痛いほどに拳を握りしめることしか出来なかった。
「なんで……お前が俺の体を使ってアリスを護らない!!アリスはお前の恋人アリシアなんだろ!」
「アリスはアリスだ。俺の恋人アリシアは死んだんだ……別の人間だ」
「お前が!!護ればよかったんだ!!!俺なんて模造品じゃなくて!お前が英雄になってアリスの心を開かず狙われないように!!」
分かってる…八つ当たりだって…それでも……アリスは…アリスだけは…俺なんて模造品に関わらず幸せに…
「お前の姿を見たアリスの心は、既に綻び始めていた、それにエデンを破壊しても俺は死に…」
「潜在意識が異物であるフェンリルの力を縛っているが、それも開放されアリスは奴等の餌食になると悟った」
「そこで、俺はお前に賭けてみようかと思ったんだよ…人工精神体でありながら自力で多くのアーキタイプを生み出して生命体に近づく……タカヤ・シンドー!!お前を信じる事にしたんだ」
「それで……俺に…勝利の剣を」
「アリシアが死の間際……Psyのホットラインを通じて送り込んだアンチアカシック・レコードプログラム、それを送ると同時に俺の中に自らの精神体を送り込んだ、俺も気が付かなかった」
『忘れて……くれたほうが、あなたの…為なんだけど……私の…こと…忘れて…ほしくないな…』
思い出す!剣から流れてきた映像…血だらけになった…アリシアの言葉を…
「プログラムは純精神体の放つ想いにより発動する、アカシック・レコードに対抗できる唯一の武器だ、俺が奴等に見つからないようプログラムを解析し脳に直接仕込んだ」
「だったら!!尚の事!お前が勝利の剣を使えば!」
「顕在意識だけの俺には勝利の剣の力は開放できない、それに俺には…時間が無いんだよ…精神を引き剥がされた俺は……既に魂が崩壊する一歩手前に居る」
悪霊が死にかけてるだと!?
「残された俺の存在は…タカヤ……お前に託したい」
「それをしたら、お前は…」
「消えて無くなる」
なんだよ……それ……
「何か無いのか!お前もアリスも助かる手は!」
「俺はアリシアの居ない世界に、生に未練は無い…だが……せめて…生まれ変わったアリシアだけは奴等の道具にされず…幸せになって欲しい」
「模造品の俺なんかじゃ…何も…」
「下を向くな!!タカヤ・シンドー!!お前は自らで創り上げた英雄のアーキタイプを持つ立派な一人の人間だ!アリスを幸せに出来るのはお前しか居ない!!」
「英雄……」
「どれだけ打ちのめされようと、立ち上がり大切な者の為に戦える、逆境に立ち向かい恐怖や絶望に打ち勝つ」
「希望だ!」
俺が……希望だと…!?
悪霊を見上げると、掌の上に光る玉が浮いていた。
「ここまで話せば、もう俺にやる事も未練も無い」
「賢者や魔術師など足りないアーキタイプは俺が補ってやる…お前は本当の人間になって…英雄としてアリスを救うんだ」
光る玉を俺の額に押し付け…玉は俺に吸い込まれるように消えた。
「お前!!それをしたら!」
悪霊の姿が薄くなっていく…
「俺のことはいい…最後に…三妖種族の変異体は精神世界と現実世界を繋ぐ、俺の無意識が創ったシャーマンだ」
「フェンリルを倒すなら現実の世界へ行け…アカシック・レコードとPsyを破壊しろ」
「馬鹿でスケベな精神体が送られて来た時は驚いたが……それなりに楽しかったぞ」
おい!逝くなよ! おい!!
「じゃあな、アリシアの事は頼んだぞ」
完全に悪霊の姿が消え…俺の意識は闇の中に溶けていった。
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