第36話 新たな力



奴との対峙も三度目か…



キース・ローウェン


人狼族の戦士にして魔を喰らった者。


「タカヤ・シンドーは動けないようだね…そろそろフェンリル様と和解しようよアリス」



「和解?なんの事かしら」



魔の霧が足元で止まっておるな…この寺院の全てを覆っておるのか…霧の回りが遅い。


「君もヒューマンによる獣族の虐殺は嫌というほど見てきたじゃないか」


「フェンリル様はそれを救ってくださる。僕たちは浄化の使徒に選ばれたんだよ、また一緒になって新たな新天地を作ろう」



ゆっくりと息を吐き集中する。



「貴様、アリスを連れていき…どうするつもりだ」


「マックス・ガントレットか…口を挟まないで欲しいね、タカヤ・シンドーが居なければ、カエルのように潰れる醜い君がさ」


「答えよ!」


「決まっているじゃないか!美しい僕たち人狼族が支配する新天地を作る!其の為にアリスと二人でヒューマンを皆殺しにするのさ!」



アリスを見て…アリスを救う気など……考えておらん…

自分の野心以外は何も考えておらんのだな…



「ふむ、貴様に負ける気がせんの〜弱く醜い貴様では、我輩に敵うはずもない」



「醜いだと!!この強く美しい僕に!!君が一撃でも入れたことがあったかな!!」


霧が収束し塊となり襲ってくる。

だが…


「遅い!!」


一呼吸の時があれば、背後を取るなど容易い


「な!!がはっ!!!」


ボディに軽く一撃いれてやる。


素早く受け流し力を逃がすキース。

刃を取り駆けてくるアリス。



「マックス!!任せて!」


「駄目だ!!!我輩は主にアリスを護れと言われたのだ!手を出すな!!」


我輩の叫びに一瞬怯むアリスの隙をつき、キースは窓の硝子を蹴破り外に逃げる。


「カハッ…一撃で仕留められなかったのが残念だったね」


あの霧は、複数人を縛ると発動の隙が大きくなる、そこをついたが

…まあよい


追って飛び出す。


「遅いよ…距離さえ離せば黒華園から逃れることは出来ない」



魔の霧が寺院の周辺を満たし包みこまれる。


「マックス!駄目!!それは」


「来るな!アリス!!奴は我輩が仕留める!」


重い…… 体に巨大な鉛でも乗せられたようだ。


「アーハッハッハ!これで、もう身動きが取れまい、醜いのは君だよ!這いつくばって血の海に沈むがいい」


奴に向かって駆け蹴りを放つが…


「ほう…動けるか…でも何だい、その動きは…まるでヒューマンだよ」


余裕の笑みを浮かべながら躱し剣の突きが乱打される。


単純な剣閃だ…

紙一重で避けカウンターの一撃が腹に刺さる。


「ぐば!なぜ……タカヤ・シンドーと同じ…」


「確かにそこそこ動けるようだが…タカヤの足元にも及ばん弱さだ…エドさんや師に比べても貴様の剣は軽い」


「黙れ!!黙れ!!黙れ!!!」


魔の霧が濃くなっていく……


「ふざけやがって!!徹底的にやってやるよ!!!死ね」


更に体の重さが増していく……だが…


人虎流拳術 明鏡止水の型を構え、キースの剣を白刃取りする。



「何故だ!!何故動ける!」



我輩の内側に潜む…封じられた獣性が開放されていく…


もう、これは戦闘などではない!


我が秘めたる波動を開放した貴様は一方的に蹂躙され成すすべもなく、辛酸を舐めることになるだろう。




「あんた……いい加減にしなさいよ!!!ワタシを怒らせたことを後悔させてあげるわ♡」



「ひっ………」



………………………




意識が、戻って来る……ここは、エデンか…


「戻ってきたみたいやな」


「はぁ…はぁ…タカヤ様…悪霊様は?」


アイラにソフィアか……


どうなってる……アリスは?


「早かったな…」


ドサッ


殺意の波動を全身に迸らせたマックスが俺の前に…何か正体不明の人狼族を投げた。


「キース様!」


ソフィアが駆け寄り心配そうに診ている。


もしかして、これ…キースか?

顔面がボコボコに腫れ上がり一瞬誰か分からなかった。


「命までは取っておらんが、分からせるのに少々手間取ったの〜」



キースの心臓あたりに何か黒い靄のような物が見える。なんだ?こりゃ?


勝利の剣が呼応するように光を放つ。

なぜだか、剣の使い方を生まれた時から知ってるような感覚を覚え。キースの心臓に剣を突き立てた。


「ガッ…はぁ…フェンリル様…」


「タカヤ様!!何をなさるのです!」

慌てるソフィアを宥めながら言う。


「大丈夫だよ、呪いを切っただけだ、キースは無事だ」


どうやら、アカシック・レコードの干渉を感じて断つことが出来るみたいだ。


「タカヤ…フェンリルの事について何か分かったの?」



アリス……分かったよ…知りたくなかったけどな… 



「フェンリルは本体じゃない……あれを倒しても同じ物が何度も復活する」


『その通りだ、タカヤ・シンドーどうやら神藤 貴也を取り込んだようだな』


頭に直接響く声!フェンリルか!?


窓から上空を見上げると、夕闇に溶け込むように黒いフェンリルの姿が俺達を見下ろしていた。


「フェンリル!!」


敵意を剥き出しにフェンリルを睨むアリスだが、サイが使えない今となっては危ない事はできないはずだ。


「話をしてくる」


「話?なにを言ってるの!」


出来る……


悪霊から引き継いだイメージを展開していくと体に青白い紋章が浮かび上がり、フェンリルの居る上空まで瞬身した。



「よう…アカシック・レコードなんだろ、お前…」


『次第点だな、我はアカシック・レコード本体ではない心象世界にハックしたプログラムにすぎん』


「悪霊から大体聞いたよ、造り物なんだろ、お前も俺も……この世界も…」


『少し解釈が違うようだが、似たようなものだ』


「俺が簡単にアリシアの精神体を渡すと思うか?」


『この世界のアリシア・ヴォールクの心を開いてくれただけで充分だ、タカヤ・シンドー』


全身の体毛が逆立ちフェンリルの体から放電のようなものが発生する。


剣を構える。


『お前と戦うだけ無駄だ、アリシアさえマスターの元に送れればいい』


雷鳴が轟き、アーカーシャ寺院の屋根が稲妻と爆発で吹き飛んだ。


「させるかよ!」


斬撃を放ち、フェンリルに直撃するとフェンリルの一部がバラバラになっていく。


『もう遅い、アリシアは捉えた』


「なに…これ…動けない!」


「アリス!!」


アリスが黒い霧に飲み込まれて……


「フェンリル様!アリスになにを!?」



霧からアリスを連れ出し庇うキース。


『キース・ローウェン…使えないばかりか邪魔するとはな』


「フェンリル様、アリスと僕達…人狼族に繁栄を約束されたはず……アリスを連れていくなど…」


『そんなものは、どうでもいい時間が無いアリシアを寄越すのだ』


既に体の半分がバラバラに分解されているフェンリルが焦るように叫び!片足の爪で引き裂くように宙を切った。



「フェンリル……様…なんで…」


キースの手足が……千切れて宙に舞う…


「キーーーース様ーーーー!!!いやーーーーー」



ソフィアの悲痛な叫び声が、ここまで響いてくる。



『アリシア・ヴォールクを強制的に引き剥が…ガッ………なんだ…グッ…と…どこだ……』


残されたフェンリルに勝利の剣を突き立てると…フェンリルは跡形もなく消え去った。



「キース様!!キース様ーーーー!!!」



血にまみれ手足の無いキースを抱きしめて半狂乱になるソフィアの前に瞬身する。


「ソフィア……君が…ついて来てくれた時さ……少し嬉しかったんだ…」


「僕は…結局何がしたかったんだろう……神狼会の同志は減るばかり……ただ、みんなで………」



「駄目…これ…私が治癒を使えたとしても……これじゃ……」


目を伏せて、かつての友を見下ろし悲しみにくれるアリス……




紋章と剣が光を増す。



剣をキースに突き立てる。



「大丈夫だよ、アリス、ソフィア」


いけ好かない奴だけどさ…アリスの悲しい顔は見たくない。



【救いたい】



濃い緑の光が広がっていき、何も見えない。


こりゃ燃費悪いな……


俺の意識は、徐々にフェード・アウトしていき…


途切れた…




……………………………



「ぐっ…あ、ここは」


大きな天蓋のあるベッドに寝かされていた。このエスニック感ある部屋と香の匂いは、アーカーシャの客間か何かか?


仄かな蝋燭の光が部屋を照らし、まだ夜のようだ。


起き上がると血に塗れた服は脱がされ下着だけになっていた。



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