第33話 姿を見せた刺客
撃たれてから五日が過ぎた十二月十日田口裕子は意識を取戻し、ICUから一般病棟へ移った。
とは言っても、胸を大きく切り開いて弾丸を取り除いたので、痛みはきつく薬を飲んでいないと悲鳴が出そうだ。
もう温泉にも入りには行けないだろう。露天風呂付きの部屋なら良いが……。
それでも年内には退院させると医者は言う。
「痛みが取れないんじゃ?」と訊いても「あぁ痛み止めは出しときますから大丈夫です」と言って譲らない。
真っ先に見舞いに来てくれたのは留市だった。
顔を見た途端に涙が止めどもなく流れた。
「ごめんね。かなめ、ごめんね……」裕子は何回も謝った。
「あんた被害者でしょう、何謝るの?」
裕子は根島との出合から撃たれるまで、一部始終を包み隠さず話した。
「そうだったの。可愛そうに騙されちゃって」留市は裕子の涙を拭ってくれた。
「博士方にも話して欲しいんでしょう。任せて。でも、大丈夫よ、誰も裕子を責めないわ。可哀想と思うだけよ。みんなあんたを信じてるから、あなたのお父さんだって騙されてるんじゃない、親子ね」
留市は笑う。
それが嬉しくって一層涙が溢れる。
「あっそれから、根島と色々話してるときに棚田っていう科学者の友達の話をしてたの、それが随分詳しくて、北道大学の教授だとか佐田博士と同級生で学年の成績を争ってたとか、教授の部屋が隣であっちに新しいソファが入ったのにこっちが古くて怒ったとかって……その話はどう考えても嘘じゃないと思って信じちゃったのよ。だから、本当に棚田って学者いるんじゃないかな?」
「ふーん、その棚田って怪しいわね。博士に訊いてみるわ。ありがとう、今ね強盗を探そうって博士方と話してるんだけど、専門知識がないと<かぶと虫>を飛ばせないんだって、もしかして、ね」
「そう、役に立ったなら嬉しいわ」
「それから裕子がICUに入ってる間に毎日のように暗殺が続いて、今夜政府の記者会見があるんだって」
「そんなことが……私のせいね……」
「だから、違うって言ったでしょ」
裕子はドキッとした。留市が怒ってる。
「ごめん、つい……」
「もう、そういう考えは禁止! 良いわね。早く治して、強盗見つけてふたりで<かぶと虫>を使ってやっつけてやりましょうよ」
留市はウィンクをし微笑んでくれた。いてくれて良かったと裕子は思う。
*
佐田は留市から棚田という名前を聞いて唸った。
「彼なら専門知識は十分だなぁ、私にライバル心と言うか何かちょっと持っているようなことを言ってるようだから。今どうしているか大学に聞いてみよう。ただ根島なんて学者は学会に存在しない」
中原博士と留市にそう言って佐田はスマホを手にした。
しばらくして「中原博士、棚田が強盗事件のあと十日間くらい大学を休んだそうだ。その後は札幌にいて講義を普通にしていたんだけど、十二月になって体調が悪いと言って休んでいるそうだ」
「なら、何処かで<かぶと虫>をセットアップした可能性はありますね」
「どこだろう? 棚田の知ってる研究所?」
「でも、佐田博士、テロの主犯が棚田とは思えないんですがどう思います?」
「確かになぁ、たとえ私を恨んでたとしても、議員とか官僚を殺害するなんてやらない気がする」
「それに百億の要求なんて……、どっかのテロ組織に棚田が<かぶと虫>を売ったと考えたらどうでしょう?」
中原博士の意見もあり得ると思った。
「一応警察へ届けますか?」と佐田が言う。
「そうですね。確定じゃないけど、セットアップに絡んでそうだし、根島と関係があるとすればまったくの白ではないでしょうから」
「じゃ、渋谷署のあの磯垣警部に電話入れるね」
「それと、探すならあの探偵さんに頼んでみたら警察より早いかもしれませんね」
「そうだね。博士電話してみてくれますか?」
中原博士もすぐにスマホを手にした。
*
一心は中原博士から棚田理人を探すという依頼を受けた。一心は顔写真と歩く映像があればそれもネットで送って欲しいとお願いした。
それと田口裕子が撃たれた事件の詳細を聞いて気になった。
「中原博士、田口さんが生きていることを隠してないんですよね。……そうすると、また狙われる可能性がありますね。こちらで警察に知らせて俺と警察で警護します」
一心がそう言うと、中原博士は驚いたようでお願いしますと早口で言った。
電話を切ってすぐ静と田口が入院していると言う横浜の総合病院へ向かった。
そして横浜署にいる前の事件で知合った崎井斗馬(さきい・とうま)警部補に緊急だと言って病院へ向かって貰った。
一心らと横浜署が張り付いてから三日目の深夜、ドア前に設置している盗聴器からひたひたと忍び歩く足音が隣室に控えている一心の手元のスピーカーから微かに聞こえてくる。
一心は田口の代わりにベットで布団を被っている静に知らせ犯人を待つ。
程無く予想通りドアが開いて何者かが侵入する。
室内の盗撮カメラがしっかり写し出している。
目出し帽を被った大柄な男だ。地温を殺った男のひとりかもしれない。
そして懐からナイフを取り出して振り上げる。
「静、今だ!」
一心がスマホに叫び飛び出す。
一心がドアを開けた時、賊は布団にナイフを突き立てようとしていた、が、刹那、布団を撥ね上げた静に驚き賊が数歩下がる。
一心が電灯を点ける。
見知らぬ感じの男がナイフを持って驚きの目をしている。
静の胸に向かってナイフを突き出す男、しゃがみこんでかわし男の急所に強烈パンチを叩き込んだ。
悲鳴を上げてナイフを捨て悶え苦しむ男。潰れたのかもしれない。
警官が姿を見せ、手錠をかける。
立たせようとするが股間を押さえて立てない。
一心が目出し帽を外す。
見たことのない三十前後くらいの男だ。見るからまともな仕事にはついてないようだ。
「誰に頼まれた」一心は迫るが男は痛さに顔を歪め涙を流しながらそっぽを向く。
「根島は何処にいる?」
一瞬、えっと言う顔をし一心を見たが、慌ててふてったような顔を作る。
「あとは頼む。しっかりと白状させてくれ」
刑事は男を無理矢理立たせて部屋を出てゆく。
一心は静の方を見て「もちろん、大丈夫だよな?」と声を掛ける。
「へぇ今の言葉で気分悪ぅなりましたがな」そう言って睨んでいる。
一心は、やばっと思い、静の腕を取って「はよ帰ろ」
一心が家に帰ってネットを見ると中原博士から顔写真だけが送られてきていた。
日本の何処にいるのか分からない棚田理人という人物を探すのは容易ではない。
いくらシステムを使うと言っても監視カメラをハッキングする作業は人間にしかできないから、殆ど不可能に近い。それは中原博士にも伝えていて「期待しないで」と言ってある。
現にそのマッチング作業を静にやらせたが毎日一時間程度をその作業に割くように言ってあるが、まったく反応はない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます