第12話 葬儀
あれこれ事情を訊かれて帰ろうとすると、静がまだ事情を訊かれているようで取調室から出てこない。
そもそも事件じゃないんだから何で別々に、それも取調室で事情を訊かれなきゃいけないのか! っとむかつきもしたが、しゃーないと我慢の一心。
やっと静が出てきた。結局二時間も警視庁にいることになってしまう。
「お待たせ。いやーあての刑事はんな北海道から来てるんやて、ほいでな苫小牧ちゅーとこに親ごはんがいなはって、あてらが最後に泊まった支笏湖の丸駒温泉へはよう行ってたらしゅうてな、あれこれ教えてもろうてんねん……」
「はぁ事件の話してたんじゃないのか?」
「えぇしましたえ。十分くらいな」
「えーずっと待ってたのに、遅いから何訊かれてるのか心配してたんだぞ」
「あら、済まんこってすな。ほな、急いで帰りまひょか」
この静の喋りに一心はいつも誤魔化され怒りたいけど、怒れないのだ。
「あー岡引さん……」
警視庁の玄関を出るところで現場で会った警部に声を掛けられた。
「はい、何か?」
「万十川課長がよろしく言ってくれと仰ってました」
「はぁそうですか、それはわざわざどうも、じゃ……」
そこまで言うと「それで……」と警部が一心の言葉を遮った。
「それで、事件の事で早期解決が難しいと思ったら岡引探偵さんに相談してみろと言われまして……」
「はっ天下の警視庁が俺なんぞに相談ですか?」
一心は首を傾げ静と目を交わして両手を広げる。
「ええやおまへんか、困ってるときはお互いさんでっしゃろ」
優しい眼差しを警部に向けて言う。
警部は頭を掻いて照れて顔を赤くしている。
――ひとの女房に何顔赤くしやがって! 腹立つ……
「そう言えば警部の名前聞いてなかった」一心が言う。
「そうでした。失礼しました。自分、六日市圭司(むいかいち・けいじ)と言います。お世話になります」
「ははは、警部の名前が’けいじ’ってのは面白い」
「一心、ひとの名前をわろうてはあきまへんえ。警部はんに謝りよし!」
「はは、そうだな、すまん」
「いや、自分が自己紹介したらいつもそう言われます」警部もにこにこと笑う。
「じゃ、失礼」
一心は静を促して階段を降りる。
背中に警部が「何か分かったら浅草の事務所へ報告にあがります」と言いやがった。
――いい加減にしてくれよなぁ……そうでなくても忙しいのに……
一週間ほどして六日市警部が本当に事務所にやってきた。
「お忙しいところ済まんですなぁ」と言いながらも小一時間もかけて判明した事実関係をべらべらと喋って、静の淹れたコーヒーを飲み団子をつまんで「また来ます」と言葉を残して帰って行った。
一心は警部には言わなかったが疑問が幾つか浮かんだ。
死亡したのは留市龍生(とめいち・りゅうせい)という二十七歳の日邦大学出の外務省の官僚だった。
彼は現職の財務副大臣柴田翔の車を借りて事故を起して、車を北区の空き地に放置して逃げた。
警察は柴田翔本人に事情を訊いていて、龍生とは同じ広島出身と言う関係があって以前から知合いだった、たまたま龍生に車を貸して欲しいと頼まれたと証言したようだ。
発見された車には被害者の血液が付着していたし、道路に散乱していた車の破片はその車の物と一致した。
渋谷と北区の間にある監視カメラには龍生が運転する片目のヘッドライトが写っていた。
事故は午後九時過ぎで、映像の時刻は同日の午後九時三十八分、若干時間差はあるがどっかで一旦停まりどうしようか考えた、とすれば納得できる時間だと警部は説明した。
それから自殺までの三日間、同僚も彼の様子は可笑しかったと言う。
声をかけても俯き何も話してくれなかったようだ。
そして自殺当日「済みません。先生の車で事故起こしちゃって……それなのに逃げてしまって、それで被害者が死んでしまいました。自身の責任は死をもって償うしかないと思います。車を北区の空き地に置いたままにしてきちゃいました。済みません」
龍生は柴田の秘書にそう言って電話を切ったらしい。
その電話の履歴を調べたら公衆電話だったがその時間にかけられた記録が残っていた、と警部は言った。
目撃者が不信な男に追われたと一心も言ったのだが、そのような人物は浮かんでこなかったし、その後目撃者の監視を続けたが尾行するものはいなかった。
加えて、柴田議員の方から「仮にも自分の車で死亡事故を起され遺憾とするところなのに、事故ではないとする根拠もないのに捜査を長引かせるのは納得できない。財務副大臣と言う立場もあるから早急に決着させるよう」そう言う内容の電話が総監に入って、直、万十川課長の所へ事故で決着させろと命令が来たようだ。
一心がもやもやした気持の整理ができずにいるところに、中年女性が一心を訪ねてきた。
応接ソファを勧める。
静がお茶を淹れ同席する。
「息子の事故の事なんですけど……」女性はいきなり話し始めた。
「ちょっと待って」一心は名も知らぬ女性の喋りを遮って言う。
「先ず、お名前を聞かせてください」
一心が言うとはっとして顔を赤らめて「済みません。ちょっと頭に血が上っちゃってるもんだから……」
そう言ってお茶を口にしてから「実は……」と続けた。
「実は、私、留市かなめと言ってご存じかどうかわかりませんが外務省の建物で飛び降り自殺した……」
「はい、現場にいて通報したのは俺です」
一心が言うとびっくりした顔をして「さすが佐田博士も庵さんもここへ来て相談しなさいと言うだけのことはあるわね」
「そのご両人をご存じで……俺ら四月に北海道旅行へ行って白老の佐田研究所にお世話になったんですよ」
「あぁ聞きました私たち操縦士が留守の間に来て、<かぶと虫>を操縦していったと……」
「えぇそれ俺ら家族です」
「あぁ良かった。それなら話しやすいわ。息子の龍生は自殺なんかする子じゃないんです。事故起こしたら真っ先に被害者を助けるし、警察へも届けるはずです。それに目撃者が誰かに追われたって聞きました」
「えぇその目撃者を助けたのも俺とこの妻の静なんですよ」
「あらあら、じゃ、探偵さんも自殺って可笑しいと思ってるんでしょ?」
「先日、警視庁の警部がここへ来て、事故処理すると説明していったんですが、ちょっと納得できない部分があって……」
「例えばどんなとこですか?」
「何故、財務副大臣から息子さんが車を借りたのか? 同僚や友人、レンタカーもあるのにです」
「なるほど。それから?」
「監視カメラに息子さんが写っていたのですが、事故から三十分も過ぎてのものでした。事故前のカメラの映像を警察は確認していません」
「後だけじゃダメということ?」
「例えばですが、別人が運転して事故を起こす。事情があって通報できないその人は金で身代わりを頼む、といったことが考えられるからです」
「あぁその通りだわ」
「自殺するという電話を議員の秘書が聞いたと言ってるんですが、そんな重要な話をどうしてお母さんや同僚や上司ではなかったのか……そんなに親しい関係があったのか?」
「色々あるんですね。お願いします。真相を調べて下さい。お願いします」
留市は言葉を詰まらせ目頭を押さえて必死の思いなのだろう頭を下げ続ける。
「わかりました。依頼が無くても調べようと言う気持がありましたので、できるだけの調査をして見ましょう」
「そうやな、お母はんのご心配わかりますよって、あてらも家族全員で調べさせてもらいまひょ」
「あっそれから、柴田翔と言う人から香典頂いたんですが、十万も入ってたんですよ。探偵さんの言う同郷のよしみだけではこんなに包まないと思うんですよね」
「へぇそりゃ豪勢だな。なにかありそうですね」
「そう言えば佐田博士とこのお嬢さんも失恋してから家に帰って来ないって言ってたけど、こちらに博士が調査依頼とかしてません?」
「そうですか、それも心配だなぁ。でも、調査依頼はありませんね。行先知ってるんじゃないんですか?」
「そうよね。済みません、余計な話でした」
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