第11話 目撃者

 北海道旅行から帰ってから半月、今日は赤羽に予約していたフランス料理のレストランにちょっと贅沢な夕食を静と共に取った。何のことは無いそこの割引券を手に入れたのだが、それは静には内緒だ。

一つ一つの料理の素材や調理方法などを丁寧に説明され、不案内な一心でもよく理解できるものだった。

デザートを食べながら、

「ごっつぉはんどした、おおきにな一心。北海道旅行と言いこのお食事といい、あては幸せやわ」

静の満面の笑顔は一心が一番好きなもののひとつだ。

「おぅ美味かったなぁ。またいい仕事して北海道の残りのエリアの旅行とご馳走食べに出かけような」

「へぇおおきに」

楽しい時間を過ごし、そろそろ帰るかと時計を見ると静も時計を見ている。

「なぁ一心、まだ時間早ようおますよって東京タワー登ってみたいわぁ」

静に言われたら行くしかないが、実は一心、高所に弱いのだ。が、それを口にはせず、

「そうだな、久しぶりに行ってみるか。スカイツリーじゃなくて良いのか?」

「へぇ東京タワーにはそれなりに楽しいとこおますのや」

 午後八時を過ぎて渋滞も少し緩和され三十分余りで駐車場についた。

兎に角一番高いとこと言って切符を買いエレベーターに乗る。

見えなくても良いのにガラス越しに見える都内の夜景に静はもう感涙しているが、一心はすでにびびっている。

地上二百五十メートルもあるというトップデッキに真下の見えるガラスの床があり、また歓声を上げる静に対し足を震わせる一心は悲鳴を上げる。

静に手を引かれながら見たくもない地上の景色を静は堪能した。一心は握っている静の手の柔らかくすべすべした肌触りに満足していた。

午後九時ようやく解放され自宅へと向かう。

 

 議事堂方面に向かって走っていると、歩道を男が必死な形相で走っている。

そしてこっちをみて何かを叫んでいるので窓を開けると「助けて!」と聞こえた。

ドキリとして静と顔を見合わせて車を停める。

「どうしたの?」一心が声がけすると、両手を膝に置いて肩で息を継ぎながら「助けて」と繰返す、

そして指差す方向をみると、男がひとり走ってくる。

「あいつに追われてるのか?」

と訊くと頻りに頷く。

静が迫ってくる男に向かって立ち睨みを利かせる。

追手はそれに気付いたのだろう、踵を返して走り去った。

「もう大丈夫だが、一体何があった?」

男は息も絶え絶えに「ひとが飛び降りて死んだ」と言う。

「あの男が落としたのか?」

「いや、そこは見てないが、何が落ちたのかと思って近づいてみてたら、そのビルからあの男が出てきて、えっと思って逃げたら追って来た」

「分かった。俺、岡引一心って言う探偵なんだ。これは妻の静。まず、現場へ行こう」

男に手を貸して立たせ後部座席に座らせ案内をさせる。

五分程で現場だと言う場所に着いた。

「ここって外務省の入ってるビルじゃないか。あんたここの人?」

「いや、ジョギングしてただけ」

改めて男を見るとそういう恰好をしている。

「で、どこ?」

案内させてしばらく歩く。

「あそこの建物のすぐそば」と男。

 

 確かにビルの玄関脇の舗装路面上に男性の遺体があった。墜落死のようだ頭が半分潰れているから十階以上から飛び降りたのだろう。

ここは警視庁の管轄だなと思ったが百十番にダイヤルする。

少し離れた芝生に鞄が落ちていたので手袋を履いてチャックを開けてみる。

書類などの他に財布があったので取り出して開くと名刺が数枚ある。

名前がバラバラだからもらったものだろう。

もう一度バッグを探って名刺入れを見つけた。……

「ところであんた名前は」

「私、山向揚樹(やまむかい・ようき)一般の会社のサラリーマンです」と名乗る。

「じゃ死んだ人知らないね?」

「まったく、知らない。……あのー帰っちゃダメかな?」

「えっそれはダメに決まってるでしょう。なんか用事でもあるの?」

「大した用事じゃないんだけど、楽しみにしてるテレビ番組が十時から始まるんで……」

「ははは、それは警察でもダメって言うわ」

「やっぱり……何でこんなことに出くわしちゃったんだろ」

悲し気な男は、結構なでぶ。で、気弱なのか?

そう言えば追って来た男もそんなに大柄ではなかった気がする。

 ――失敗したなぁ。写真撮っとくんだった……

サイレンが聞こえてくる。

 

 年配の刑事が先頭切って走り寄って「あんた通報者?」と一心に訊く。

頷いて「あの人目撃者」と山向を指差す。

「あんたは彼の知り合い?」

「通りかかったら彼が男に追われてて、助けを求められて車を停めて助けたんだ。これは俺の妻」

静を指差して言った。

鑑識だろうか数人が遺体を調べている。

「屋上へ行ってみろ!」その警官が叫ぶと結構な人数の刑事らが建物に入ろうとするが、鍵は閉まっているようだ。

「ここ外務省か? でも飛び降りたんだからどこからか入ったってことだよな」

一心の方を向いて呟かれても一心はまったく知らないから返事のしようもなく、両手を広げて首を傾げた。

「警部、裏口に守衛いました。中入れます」誰かが叫んだ。

「俺らは警視庁に連れて行かれて事情聴取ってやつ受けるのか?」

一心が訊くと「あんたよく知ってるな。捕まったことあんのか?」失礼なことを言う。

「俺、昔な誘拐殺人で世間を騒がせた事件があった時、万十川建造(まんとがわ・けんぞう)課長に協力して事件を解決したこともある岡引一心って言うんだけどあんた、俺を知らないのか?」

「えっあんたが一心、いや岡引探偵でしたか。課長から話は聞いてます。そうですか……」

 ――おっと、釘を刺しとかないと何こそ頼まれるか分かったもんじゃないからな。……

「あっだからってこの事件に首突っ込む気はさらさらないからな。

……そしたら俺車だから、警視庁へ先に行ってて良いか?」

「はい、お願いします」さっきとは態度ががらっと変わる。良い心掛けだ。

「でさ、彼、狙われてるから頼むぞ」

刑事が頷くのを待って、静を促して車へ向かう。

「飛んだお食事になってしもうて、かなんわぁ」

静の言う事はもっともだが、そもそも静が東京タワーに登りたい、なんて言わなきゃこんな目に合わなくて良かったはずだが……でも、それ言っちゃ目撃者が殺されてたかもだな……

「しゃーないか」

思わずそれだけを口にしてしまって、静に何言ってんだこのおっさんは、という目で見られた。

「おほん、家に電話入れといたほうが良いな」

咳ばらいをし話を逸らすと「もう、とっくにどすわ」と返された。

やっぱりな、一心は静に気付かれないようにほくそ笑む。

 

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