第39話 死の覚悟

 下から見ていた静が悲鳴をあげる。

だが美紗はロープをしっかり握っていた。

一助が美紗をぶら下げたまま降下し機動隊のいる場所へ下ろしたと連絡が入った。

 

 一助の黒い霧攻撃もかわした例の一機だけが生き残っていたが、佐田チームの二機が集中攻撃しあっという間に撃墜した。

数馬も母もガッツポーズ。

機動隊も歓声を挙げたが、すぐに静かになり建物に向かって前進を開始した。

それを監視カメラで見ていたのだろう、複数の窓から自動小銃が火を噴いた。

突っ込みかけた機動隊が木の陰などに身を隠くす。

するとその窓を狙って佐田機がレーザーを照射し次々と倒して行く。

ほどなく銃声が消え、静かになる。

と、数人の機動隊員が四方から建物内に催涙弾を何発も撃ち込んだ。

一階と二階の窓から物凄い量の煙が噴き出す。

それを見て機動隊は各窓や玄関付近に近づいて銃を構える。

五分後、表ドアから両手をあげた犯人が続々と出てきたところを、機動隊が取り囲み、手錠をかけ逮捕。

それを待っていたかのように警察の大型ヘリが舞い降りてくる。

 

 母は一目散に倉庫に駆け寄りドアを開けて中へ飛び込んでいった。数馬も続く。

数馬が中のドアを開けると母が父を抱いて「一心! 一心っ!」と叫んでいるが父の反応がない。

数馬はやばいと思い、急いで外へ飛び出して傍にいた機動隊員に緊急を知らせ、ヘリで病院へ救急搬送してと頼む。

数馬の叫ぶ声を聞いて万十川課長が駆け付けて、すぐに隊員に指示、父を抱きかかえさせヘリへ乗せる。

母と数馬も促されて一緒にヘリに乗った。

 

 

 続々と手錠を掛けられる男らの中に佐田は棚田博士を見つけた。

そばに駆け寄り

「棚田、お前だったのか、強盗も議員や官僚を殺害したのも、現金を要求したのも」

棚田はそっぽを向いて

「お前なんかに分かるはずがない。俺の口惜しさ、……」

それだけ言うと自分から警察のヘリに乗り込んだ。

ヘリが飛び立った後、

「お疲れさまでした。うちの連中を助けて頂いてありがとうございました」

万十川課長が佐田に話しかけてきた。

佐田は頭を下げ「ところで、岡引さんの具合はどうです?」

万十川課長は心配げに眉を下げて

「いやー、ヘリで病院へ向かったのですが意識が無かったんです」

「そっかぁ、無理しちゃったんだろうなぁ。あの人の事だもんなぁ」

佐田はショックで思わず呟いた。

「ご家族は?」佐田が尋ねる。

「奥さんと息子さんはヘリに乗って行きました。娘さんと甥子さんは機動隊と一緒にいましたが、もう病院へ向かったんじゃないかな」そう万十川課長が答えた。

「課長、全部積み終わりました」若い機動隊員が万十川課長の所へ来て報告する。

「じゃ、私ヘリで現金を持って行きますんで、失礼します」

頭を下げて課長は行った。

それを待っていたかのように中原博士と操縦士のふたりがやってくる。

「ご苦労様でした。さすがにお二人空中戦見事でした」

「いえ、私一機やられちゃって済みません」田口が頭を下げる。

「十五対二ですから、よくやってくれたと感謝してますよ」中原が言う。

「でも、私のを撃った相手って恐らく根島だと思うの。何回もゲームでバトルやってるから何となく感でわかるのよ」

田口が悔しそうに言う。

「まぁいずれにしても僕がやったんじゃ五機全部やられちゃったと思うんで、最高の結果じゃないですか」

佐田が言うとふたりは笑顔で顔を見合わせて微笑む。

「さて、中原博士、機械類を確認しましょうか?」

「えぇ無事だとは思うんですが、心配です」中原博士が言ってみんなで建物に入る。

まだ室内には催涙ガスが残っているんだろう多少目に染みる。

玄関や窓を開けっ放しにして手で煙を追い払いながら進む。

玄関から中に入るとすぐ二十畳もありそうな広いリビングがあって隣にキッチン、風呂、トイレなどがある。

そのリビングに<かぶと虫>のコントローラーとモニターが十台あった。

二階に上がると三部屋と風呂とトイレがあった。しかし、どの部屋にも機械類は無い。

「なんか、総二階建ての一般住宅みたいですね」と中原博士。

「そうだね、で、機械はどこにあるんでしょう?」

「えぇ見当たらないなぁ……そう言えばここの床は一般の住宅の物ですよね」中原博士が気付いて言った。

「そうだ、この床じゃ機械置いたら抜けちゃうかもしれない」と、佐田。

中原博士が顔色を変える。

「まさか、本体は別なところに有る訳じゃ……」

「えーっ、それじゃ、事件は終わってない?」

警察にも建物を調べて貰った。地下室が有る訳でもない。

しかし、スペシーノ吸入装置などの最重要機器はどこにもなかった。

佐田は万十川課長に電話を入れてそれらの機械を何処に隠しているのかを棚田博士に訊くようにお願いした。

 

 

 一心は中野の警察病院へ搬送された。

ヘリの中で心肺停止と言われたが、隊員が心肺蘇生措置を施し、取り敢えずの危機は脱することができた。

しかし、病院に着いても危機的な状況は変わらず、すぐ手術が始まって数馬は母静とともに廊下で待っていた。

昼近くになって美紗と一助が駆け付けた。

状況を話すとあの気の強い美紗が泣いた。「どうして撃たれちゃったの?」母親に抱きついて泣いた。

一助も歯を食いしばり、じっと一点を睨みつけている。

午後三時過ぎに「手術中」の表示灯の電気が消えた。

看護師が「銃弾は取り出せましたが、危機的な状況は変わりません。詳しくは後ほど先生から……」と一言だけ言って一心をストレッチャーに乗せて手術室からICUに移した。

母が一心の顔の辺りにいてじっと見詰めながら一緒に歩いて行った。ICUの前で看護師に静止され窓ガラスに両手を当てて涙を流している。

数馬はそんな母の姿を見て泣いた。自分のせいだと言う気持が押さえきれず、いっそ死んでしまいたかった。

母の横に家族が並んで、ICUの窓越しに幾つもの管を身体に付けられている一心を心配し見詰める。

数馬は窓ガラスに掌を当てて、

「俺が、あの時おれが暴れようとして俺が撃たれるはずだったんだ。……親父が庇ってくれたんだ。俺に覆いかぶさって銃弾を受けてしまった。俺のせいだ……」

黙っていられずに一心が撃たれた時の状況を喋った。そうせずにはいられなかった。

「ごめん……父さん。母さん、俺、どうしたら……?」言葉が詰まり、涙が止めどもなく流れる。

母が数馬を抱きしめてくれた。

母の胸で泣いた。そして数馬は続けた。

「どうしてあんな無茶をしようとしたんだろう、俺バカみたいだ。俺が死ねば良かったんだ。それなのに、……俺なんかを庇いやがって……」

「うっせーな! 今頃お前ががたがた言ったって一心は治らないんだ。親父が無事に戻ってくるのを祈れ!」

いつもは口汚い美紗だが今は違った。

「数馬、美紗の言う通りや、今はお祈りしまひょ。それしかできへんよって、な」

「数馬、ほれ。飲め」

一助がみんなにコーヒーを買って来た。

……

 しばらく誰も動こうとせずじっと一心を見詰めていると、看護師が来て「先生からお話があります」と言って談話室に案内された。

数馬はドキリとした。まさか「諦めて」なんて言わないよな。そう思って手を合わせる。

ドキドキのままテーブルを挟んで先生と家族が対峙する。

「患者は背中側から撃たれ、銃弾はあばら骨の七番目の背骨に近い部分に当たって骨を砕いて心臓に向かって数センチ進んで止まっていました。心臓の近くだったので難しい手術になりましたが、何とかという感じでした。

ただ、その為に背中からUの字型に胸までの五十センチ以上切って、弾と砕けた骨の破片を摘出し、あばら骨と背骨の間を金物を使って繋ぎ、破壊された血管を数本縫い合わせ、筋肉の縫合、傷ついた肺の一部切除などを行い、何とか命を取り留めました」

そこまで聞いて「助かったんですね!」

数馬が喜びの声をあげたが、医師は返事をせずに続けた。

「あと、銃弾が背骨を掠ったようなんですがその衝撃が中を通る神経にどう影響するのかは分かりません。神経が傷つけば何らかの障害が残る可能性はありますが、今の医学では事前にそれを確認することは出来ません」

「じゃ、命は大丈夫なんですね」数馬が祈るような気持ちで問う。

先生は渋い顔をして

「いえ、死んでもおかしくない状態でした。機動隊員の蘇生措置が救ったようなものです。しかし、意識はいつ戻るか分かりません。

一時的に心臓が停まって脳に血液が流れていない時間がどれだけあったのか、死滅した脳細胞は無かったのか、大規模なものはなくてもCTなどに写らないような場合もあります。しばらく様子をみないとどんな症状が出てくるのか分かりません。

なので、当面ICUからは出られません。

ご家族は一旦帰って頂いて、何かあったらこちらから電話する、という事でもよろしいですよ。

ずっといるとご家族方が先に参ってしまいます。その辺はご相談なさって下さい」

そう言って医師は取り出した銃弾と体内から取り出したと言う骨の破片をトレーに載せて見せてくれた。

「よろしゅうお願い申します」静はそう言って深く頭を下げた。

その目には涙が溢れていた。

結局、先生から「命は大丈夫です」という言葉を聞くことは出来なかった。

家族の控室に戻って、静が

「あんたら一旦帰りなはれ、あてがいるよって、な」

「じゃ、泊まりに必要なもの見繕って持って来るわ。あと飲み物とパンとかおにぎりとか……」

美紗が言う。

「食べもんはよろし、食欲あらしまへんよって飲みものだけにしとくれやす」静が言う。

「ダメダメ、母さん食べて力つけないと父さんを守れないよ。お願いだから食べて……」

泣き声の美紗に静は「わかった」と微笑んで美紗の頭を撫でる。

「あんたも怖い目におうたな。大丈夫かえ?」

静に優しく言われて思い出したのか

「怖かったぁー」今更だが大きな声で泣き出してまた静に「よしよし」と頭を撫でられる。

 

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