第40話 真相

 連続殺人事件と政府への脅迫などの罪を重ねた犯人十八名を逮捕した。

万十川が逮捕者の写真を見ていると、記憶にある顔があった。

急いでパソコンを開いて事件の容疑者の顔を見てゆくと、……有った。

名前は根島幸祐だ。佐田チームの操縦士田口裕子を撃った人間だった。殺人未遂事件として登録されていた。

万十川は市森刑事を呼んで根島を殺人未遂でも起訴するように指示した。

併せて、病室で田口裕子を殺しに来た男と根島の関係を吐かせろと命じた。

そして、佐田博士に電話を入れ根島を逮捕した旨を伝えた。

 

 翌日、万十川課長は取調室でその首謀者棚田理人物理学博士を前に尋問を始めようとしていた。

「先ず聞かせてくれ、そもそもの犯行の動機は何だ?」

「あいつだ、あいつが俺をバカにしやがって……」棚田は悔しそうに唇を噛んでぽつりぽつりと話す。

「あいつって?」

「……佐田、北道大学の佐田教授だ」

「ほー彼がお前に何をしたと言うんだ?」

「あんな理論を中原と一緒になって発表しやがって、……」棚田はそこから一層力を込めて「あれは……」と話を続ける。

「あれは俺の研究テーマだったんだ。お前に言っても分からんだろうが、俺が発表していたらノーベル賞を間違いなく取れるはずだった」

「ふむ、あんたの研究も完成してたってことなのか?」万十川が訊く。

「いや、今一歩のところだった。空間の成り立ちはまったく同じだったが、そこからビックバンへの道筋が今一つ解明できなかった」悔しそうな棚田が力を込めてそう言って拳で机を叩く。

「じゃしょうがないじゃないか。向こうが早かっていうだけなんだろう?」

万十川は軽く笑みを浮かべて言った。

棚田はプイと顔を逸らし「奴が、奴が俺の研究を盗んで、それに肉付けしたんだ。そうに決まってる。奴に俺と同じことを考えるだけの力はないんだから」

「どうしてそう言えるんだ?」

「大学時代から俺の方が成績はいつも上だったんだ。卒論だって俺は一発で通ったが、あいつは教授に二度、三度と直されてやっとだったんだ」棚田が自慢気に言う。

間違いなく棚田は佐田博士に対する僻み、妬みが動機ってとこだなと万十川の考えは行きついた。

次の質問に入る。

「ふーむ、動機は分かった。白老の研究所に強盗に入ったのは何故? 佐田博士への嫌がらせか?」

「ははは、嫌がらせで守衛殺してまでやるか」と棚田。

「いや、死んじゃいないよ、重傷だが一命は取り留めた」

棚田は無言で天井を向いている。

「じゃ、何故? はーん、あれを盗んで売ろうとした? お前なら<かぶと虫>の価値はわかるはずだからな。誰に売ろうとしたんだ?」

「まぁ当たらずとも遠からずってとこだな」

「相手は誰だ? 今更庇ってもしょうがないぞ」

「始めは柴田って議員のはずだった」棚田はやおら万十川に顔を向けパイプ椅子の背もたれに身体を預けて腕組みをし吐き出すように答える。

「えっ柴田って暗殺された財務副大臣か?」

何の脈絡もなく突然出た名前に少々驚いた。

「あぁだが途中で変更になった」

「はっ?暗殺したのはお前だろう。自分で殺しといて、死んだから変更ってか?」

「バカかお前は! 売るなら殺すはずないだろうが! 奴が要らないと言い出したから殺ったんだ」

「どういうことだ?」

「昔、何かの学会に柴田が顔を出したことがあったんだ。その時は文科省の政務官とかだったかな。その時、学力と武力は両輪みたいに論じてて、核はすでに抑止力を失っていて代わる武力が必要だって口から泡飛ばして熱弁してたから、こいつ防衛省へ行った方が良いんじゃないかって思ってたんだ。それで佐田の研究所でやってた空中戦を動画で見て、新エネルギーに新兵器、これは抑止力になり得ると思って連絡してみたら乗ってきたんだ。動画も編集して送ったら感激して、欲しがったんだ」

「だから強盗を?」

「そうだ。だが、強盗のニュースが流れると、態度を急変させやがって要らないと言い出したんだ。理由は強盗したものを総理に何て説明するんだと勝手なことを言いやがって」

棚田は思い出して腹が立ってきたのか机を叩く。

「そりゃそうだろう。強盗で盗んだものを国が公に使う訳にはいかないなんて子供でもわかるぞ」

万十川はそんな事にも気付かないこいつ、本当に大学の教授なのか? と訝しく思う。

言われて棚田がぎろりと鋭い目を万十川に向ける。

「だから、要人を暗殺して政府から金取ってやろうと思ったのさ。そして最初のターゲットに裏切り者を選んだのさ」

「二人目の外務次官の一条信はどうして狙った?」

「ははは、だから政府から金をとるために脅迫する必要があるだろう。それが理由さ」

「何っ! じゃ一条信に恨みとかあった訳じゃないのか?」

万十川は腹が立って立ち上がって両手で机を思いっきり叩いて棚田に顔を近づけて怒鳴る。

棚田は顔を背け

「誰でも良かった。議事堂とか議員会館とかから出てくるのは議員か官僚が多いだろう、まぁ見たらそれと分かるしな、一般人を殺すなら数十人とか数百人殺らないと国は動かないだろうが、議員とかなら十人も殺せば言う事は聞くなと踏んでたんだ」

「岩手県副知事の岩城森一郎さんは?」

「あぁ殺害が一か所に集中したら地方の奴らの緊張感がなくなるし、議員らが地元へ逃げたら困るからたまたま見てたテレビに写ってた奴を殺ったまでだ」

万十川は頭にきたが「お前でなくて良かったよ」と静かに言った。

「はぁ?」

「佐田博士じゃなく、お前が先に研究を完成させてたら、日本が軍事大国というか軍事政権ができたかもな。そう思うと冷や汗がでるし、佐田博士に拍手を送りたいよ」

棚田は口を尖らせ天井を仰ぎ見ている。

「じゃ、次、仲間はどうやって集めたんだ?」

「<かぶと虫>の操縦士はゲーセンとネットで対戦した相手から強い奴を聞き出したりして誘った。銃を持たせた奴らはサバイバルゲームの対戦相手に強い奴を紹介して貰って、……両方ともネットでも高額バイトと言って募集した。だが、空中戦では佐田のとこの女に負けるし、サバイバル大会で優勝したって言うから頼りにしてたら、探偵のとこの女にあっさり叩きのめされて鼻と頬の骨折られたとかって聞かされがっくりした。それに機動隊のあんだけごちゃごちゃいた隊員の誰一人撃ち殺せなかったんだぜ、呆れた」

万十川は、こいつに言わせたら悪いのは全部相手で自分だけは完璧だと思い込んでんだろうなと思い、あえて棚田をバカにしてやろうと考えた。

「ははは、お前そんなちゃちいことやってたんだ。ははは、それじゃ勝てるわけないじゃん。ははは」

万十川は心底から笑った。

「うっせー何が悪い!」

怒鳴る棚田に「探偵の女って、奥さんはプロボクサーだぜ、それに機動隊を舐め切ってるな。銃撃戦とか人質取られて立てこもってる奴とかを想定して何回、否、何十回も訓練してるし、銃撃戦の場合はどうするのかも研究してるんだ。それは隊員の命を守るためにな。あんたらみたいな寄せ集めの集団に負ける訳もない。だから怪我人ひとり出さずに逮捕できたんだよ!」

言い終わって、もう一度棚田の馬鹿さ加減を力一杯笑ってやった。

「で、奴らの報酬は?」万十川が一呼吸おいて訊く。

「ひとり一億、残りで研究所を建てる積りだった」

これまでバカにされたことは無かったのだろう、少なからず万十川に言われたことがショックで気持が沈んできたように見える。

「ほー良い稼ぎだ」

「だが、どうしてあの場所が分かったんだ?」棚田が初めて質問した。

「ふふふ、お前の見たことも無い様なGPS発信器が世の中にはあるんだよ。それだけ言っとく」

「くっそー。全部確認したはずだったのに……」

「ところで島から現金をどうやって運んだ?」

万十川の未だに分からない点だった。

「ふふふ、報道のヘリが墜落しただろう」

「あぁだが、どさくさに紛れて逃げるヘリも船もいなかった」

「その後どうなった?」

「確か、報道ヘリの操縦士が撃たれたって情報が流て、各報道ヘリが慌てて東京へ帰って行った」

「その中にいたんだよ。俺らのヘリが」

「ほー、それはよく考えたな。くっそーやられたのか……そして時間稼ぎでモーターボートにジュラルミンのケース積んで走らせたのか、なるほどな。ようやくわかった。危なく逃げられるとこだった訳か……流石だなぁ彼ら……」

改めて岡引探偵一家の実力を見せつけられた気がして、万十川は頭の下がる思いをした。

「えっ何だ彼らって?」

「ふふふ、こっちの話だ。でだ、佐田博士の話だと、<かぶと虫>が一機、スペシーノ吸入装置、相転移装置、スペシオン保管装置に<かぶと虫>への注入装置とかって言う機械が隠れ家には無かった。何処に隠してるんだ? もう隠してもしょうがないだろう? 言っちゃえ!」

「……さぁな、どうだったか、あそこに全部あったはずだぞ」

棚田の様子を窺って「あんた、嘘つくの下手だな。顔に全部知ってるって書いてあるぞ」

万十川はそう言って反応を確かめる。

案の定、一瞬だけ眉をピクリと動かし目が彷徨った。

万十川はどう吐かせるか考える。

 ――何故、そこだけ言わない? 理由があるはずだ。……

分からない……仕方なく話を変える。

「お前岡引探偵知ってるよな」

「あぁ直接会ったことはないが、根島とかの周りを嗅ぎまわってた奴だな」と棚田。

「そう、彼が隠れ家へ侵入を試みてお前らに見つかり撃たれた。助からないかもしれない」

万十川が憎しみを込めて棚田を睨みつける。

「彼とは昔誘拐殺人事件で知合って……迷宮入りするところを犯人を特定してくれて事件は解決した。世話になった。ほかの署にも沢山いるんだ世話になった刑事が、もし彼が死んだらその中の誰かに、お前殺られるかもしれないぞ。俺かも、お前の横にいる刑事かも……ふふふ、覚悟しとけ」

万十川は意識して薄笑いを浮かべた。

「今日は、ここまでにしよう。ただ、棚田、お前、自分の後ろには気を付けろ」

と言ってやった。

万十川の小さな仇討ちだった。

 

 次の日、棚田を取調室に入れて、尋問を始めようとしたとき部下の刑事に呼び止められた。

「課長、海上保安庁からの知らせで、東京湾から十キロほど南の太平洋上で某国の貨物船が爆発炎上し救助に向かったもようです」

「それが警察と何か関係があるのか?」

海上保安庁との連携は今回の事件でもあったが、船舶の海上火災で、と言うのは経験がない。

「船員が自力で消火したとのことですが、航行不能となり曳航して横浜港に入る予定だと言うことです。死人は出ていないが火傷をした乗員のなかに科学者がいて、実験最中に爆発したと言ってるようなんです。それでその状況の写真を送ってきたのですが、これをみて下さい」

刑事はそう言って万十川に数枚の写真を差し出した。

万十川がその写真を見て驚いた。なんと佐田博士の作った<かぶと虫>が写っていたのだ。

「間違いない。これは<かぶと虫>だ。するとこの機械類は佐田博士が無いと言ってた機械かもしれない、すぐ佐田博士にこの写真を送って、俺に連絡するように言ってくれ」

万十川はそう言って取調室に入った。

棚田はふてった顔して貧乏ゆすりをしていた。

万十川は何も言わずに対座し黙って棚田を睨み続けた。

そして勿体をつけるように一枚のレシートを机に置いた。

棚田は知らんぷりをしている。

おもむろに万十川は立ち上がって、棚田を後ろへ回った。

「あんたの部屋の家宅捜索で見つかったこのレシートの意味がやっと分かりそうだよ」

万十川が棚田の耳元で囁くと始めて棚田が机に置かれたレシートに目をやる。

そして眉をぴくりと動かした。

万十川はレシートを掴んで、棚田の目の高さにかざして、

「このレーシーから外務省を通じて某国の金融機関に問合せしたら、あんたの名義で日本円にして百億円を超える残高が昨日時点ではあったそうだ。

だが、それはあんたが某国へ行って預金したとかじゃない、売買代金だ。そうだろう? 言わなくても間も無く連絡が来る。それではっきりする」

万十川には自信があった。

棚田は無言だ。

そうこうしているうちに刑事が入ってきた。そして万十川に耳打ちする。

聞き終わって、万十川はにたりとして

「どうやら俺の考えた通りだったようだ。今朝、某国の貨物船が東京湾を出てすぐに火災を起し航行不能になったんだ。現在横浜港へ曳航中なんだが、佐田博士に確認して貰ったら、間違いなく<かぶと虫>と関係する機器システムを積んでいたようだ。実験をしていた乗員は某国の科学者で、何とかと言うエネルギーを吸入して相転移をさせようとして失敗したらしい。それで爆発したようだ」

棚田が初めて呆然とした表情で立ち上がり両手を机について、

「だから、だから俺が行くまで待ってろと言ったのに……」

そう悔しそうに呟く棚田に

「あんたが某国へ行くどころか務所以外のどこへも行けないぜ」止めを刺す。

「それで、今日その口座は閉鎖されたと報告があった。残念だったな」

「なにっ、閉鎖? どうしてだ?」

棚田は万十川の意表を突いた言葉に眉を吊り上げて言った。

「それは機械が壊れて使い物にならなくなったし、密輸が国税にばれたから少なくとも没収されて修理するチャンスも無くなったからじゃないか?」

「えっ、契約書は港での引き渡しで取引は完了する、となっているはずなのにそれじゃ契約違反じゃないか!」怒鳴る棚田。

「あんた相手を見て言え。某国がそんな約束守るはずがないだろうが」

棚田は万十川の話を聞いちゃいない、百億がふいになったショックを隠せないでいる。

棚田は火のような怒りの色を顔に漲らせ

「くそーっ、あいつだ、佐田のやろうが俺の人生を滅茶苦茶にしやがったんだっ!」

そう叫んで慟哭する。

「ばかやろっ! お前が自分の実力を顧みないで僻み、妬んでこの犯罪を起したんだ。地獄へいきやがれっ!」

ありったけの力を振り絞って怒鳴りつけ、万十川は取調室を後にした。

 

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