バトルの行方
きよのしひろ
プロローグ
大通り公園に面する文化会館の正面玄関からスーツやワンピース姿の中高年の紳士淑女が次々と吐き出されてくる。
札幌市の中心部にある大通公園は毎冬<札幌雪まつり>の会場になっているなど全国レベルで有名な公園で、東西に一キロ半ほどありその東端には百四十七メートルのテレビ塔がある。
テレビ塔の地上九十メートルほどのところには市内を眺望する展望台が設けられていて、西にはその昔冬季オリンピック札幌大会でも使用された大倉山シャンツェ、東には石狩平野や遠くの日本海まで見渡すことも出来る。
公園には多種の花が咲き、子供連れの家族のはしゃぐ声や暑すぎる太陽光を凌ごうと手をかざすサラリーマン、ベンチで飲み物を誰にも奪い取らせまいとするかのように確りと握り締めて話し込んでいる女性などで賑わっている。
それらを横目に額に汗を浮かばせ少し皺の目立つスーツを着た棚田理人(たなだ・りひと)も会館から吐き出された人々のひとりだ。
痩せぎすで色黒、目をぎらつかせ長髪なのに櫛を通したことが無い様な無造作に伸びた髪の毛で顔を半分近く隠している。
「あんな理論なんて理論じゃねぇじゃん。宇宙空間はすでに何十年も前から解き明かされてるんだっちゅうの……」
誰に聞かせる訳でもないのに過行く通行人が振返るほどの音量で喋り続けている。
「今に俺が、俺の理論で佐田の野郎をぶっ潰してやる……聞きに来るんじゃなかったじゃ、ふん! ……」
呟きを続けたままビル群の狭間を歩く人々に紛れ姿を隠して行った。
会館から排出される人が途絶えてから少し時間を置いて、今日の講演の主役である佐田竹郎(さだ・たけろう)と中原洋(なかはら・ひろし)が安堵感を一杯にした笑顔で談笑しながら階段を降りてきた。
「盛況だったなぁ」
物理学博士で北道大学物理学部の教授である佐田は男にしてはやや低めの背丈で小太り丸顔で童顔である。笑うとその童顔が一層童顔に見える。
十年以上かけて研究に研究を重ねてようやくたどり着いた新たな素粒子の存在を報告したのである。
その講演に続いて宇宙物理学博士で航空工学博士でもある中原洋は佐田と同じ北道大学の物理学部教授で、その新素粒子の相転移(*1)により得られるエネルギーを活用した小型模型飛行機の飛行実験の結果を映像を交えて行ったのだった。
中原博士は中肉中背だが筋肉質で髪をいつも五分刈りにしていて、トレードマークになっている。学生時代に野球部に属していたことがきっかけで以来ずっとそれを通している少々頑固者だ。
「まぁこれから主力なるだろうエネルギーだからあらゆる業界からお声が掛かるんじゃないか?」
佐田は中原博士を共同研究者に選んだことがこの結果をもたらしたと心から信じている。
「我々は純粋にこうやって発表するけど、軍事産業にもろに結びつく技術だしエネルギーだから……心配し過ぎは科学の進歩を停滞させちゃうけど、心配だよな」
中原博士は身体は頑丈だが心は繊細で心配性なのだ。
「たまたま俺たちが発見をし活用法のサンプルを提示したが、いずれは誰かが同じ道を歩んでくるんだから仕方ないのさ。後は使う側の問題と割り切らないとな」
中原博士の心配は分かるが、そこに重きを置くと科学技術の進歩はあり得ないというのが佐田の信念だ。
「そりゃそうだ! まぁ軽く祝杯でも上げに行くか?」
「おぅ重くても良いけどな。ははは」
ふたりは札幌の歓楽街すすきのへ向かった。
数週間後、学会での発表内容が<佐田・中原理論>として専門誌に載ると、棚田博士を始め海外の学会からもその真偽を問う内容の論文が多く発表された。
ふたりは、現行の理論で宇宙に存在は証明されているものの、その正体は不明とされているダークマターとダークエネルギー(*2)の正体を明らかにしようとしたところから出発していて、時代が新理論に反発するのは致し方のないところだと思ってはいたが、これほど厳しく反論されるとは想定していなかった。
つまり<佐田・中原理論>は偽造された実験等に基づく空想だ、という論調で評されたのだ。
その先頭に立つのが佐田の同級生でもあった棚田博士だ。
ふたりは実験で新理論を証明した以上、時間を要してもいずれは理解されるだろうと思い静かに動静を見守っていた。が、その傾向は止むことは無かった。
そして数年が過ぎて行った。
(*1)
この世界の素粒子は十八種類と考えられてきたが、佐田博士が新たにそれらの土台となる新素粒子を発見し十九種類となった。
この十九種類の素粒子はボース粒子とフェルミ粒子という二つの状態で存在することが証明されている。
ボース粒子とは同じ場所、同じ時間にいくらでも重複可能な、光のような状態のものを言う。
フェルミ粒子とはその重複を許さない状態のものを言う。
このふたつの状態が変化する(ボース粒子からフェルミ粒子へ、またはフェルミ粒子からボース粒子へ)ことを相転移と呼ぶ。
(*2)
ダークマターは、暗黒物質と呼ばれ宇宙の所々に存在し見えないのに重力を持つ物質。
ダークエネルギーは、宇宙全体に均等に分布していて宇宙の膨張スピードを加速する力を持っている。
この二つで宇宙全体の九割以上を占めることが分かっているがその正体は不明。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます