第24話 身内
一心は田口裕子が持ち込んできた父親の詐欺事件で、美紗に資金の流を追わせていた。
詐欺の実行者である引地アセットマネジメント(株)の社長や役員、また引地建設(株)の役員のほか柴田議員個人の口座や息子の口座に数十万単位の入金はあるようだが、細かい。
多くは引地の愛人で広島でお好み焼き屋をやっている米山沙織(よねやま・さおり)と社長夫人美耶の実家の大桑家が経営する鬼怒川温泉の割烹旅館に夫々四千万円を超える金額が振込まれていた。
一心は広島へ飛んで米山沙織の店へ行って、広島のお好み焼きを食べてみた。
今春建て直したばかりだという店は綺麗で、顔中皺だらけの店主の沙織は笑顔一杯で応対してくれた。
材料を鉄板に置くところから、やって見せる。
生地をのばした上にキャベツや豚肉と焼きそばなどを山盛りにして薄焼き卵を重ねてソースやマヨネーズを掛けて焼き上げるようだ。
焼けたらへらで食べるのが広島流と言う。
食べ終わってから、店が暇そうだったので話を訊いた。
「柴田翔議員と昔からのお付き合いがあると聞きましたが、健治さんとはお付き合いはありました?」
米山はちょっぴり嫌な顔をしたが
「知ってんでしょ、私が愛人だったって」
「えぇまぁ、議員の周囲の方々みなさんご存じだったので隠している訳じゃないんだなと思ってました」
「ふふふ、一応は隠してんだけどさ。まぁ良いわ。健治は娘の愛のお兄ちゃんだったのよ。中学校にはいるまでかな……そう、その後柴田さん東京へ行っちゃったから」
「はぁなるほど。じゃ、健治さんはこちらに随分思い入れがあるって事なんですね」
「それは分かんないけど、時々どうだって声はかけてくれる。議員さんの方がね。健治は愛と連絡とりあってんじゃないかな?」
明るくて何事にも物おじしない善人だなと感じた。
色々話しをする中で、「今柴田は国会議員として力を持っているが、若い頃は市議として走り回ってたけど、若いからバカにされたり先輩議員に虐められて、良く泣いてうちの店に来たのよ。親の代の頃なんだけど、可愛そうになって私が話聞いてあげたの、その頃は忙しかったからね……」
米山がそんな風に昔を懐かしんだ。
「それで愛人にまでなっちゃった? 議員はその時はすでに結婚してたの?」
「私の方が先に付き合ってて、何年かして東京の大きな建設会社の社長令嬢と政略結婚したのよ。だから私の方が愛人になったって訳」
「よく我慢できましたね」
「彼には大きくなって欲しかったし、政治家なんてそういうもんでしょ?」
米山の表情や言い方には見栄やプライドと言ったものは感じられず、言ったままが本当の気持なんだろうなと思わせる。
「そうか、柴田親子にそう言う恩義を感ずるところがあったんだ。だからか……実は、柴田健治が役員を務める投資会社が詐欺事件を起して訴えられてるんですよ」
「えーっ健治くんが?」
小さな事件だからここまでそのニュースは届いていないようだ。
「えぇそうです。親の名前を出して客を信用させたんです。で、言いづらいんですが、そのお金の何割かがこちらに振込まれてて……」
米山は持ってた茶碗を落としてしまった。
割れる音にはっとしたが頭が真っ白になったんだろう。目を見開き口をあんぐりあけて放心状態になった。
ショックから立ち直るのにどれだけ時間が必要なのかわからないが、一心は黙って待った。
結構な時間が経過して、ふと自分を取戻して「そうかい悪いことしたねぇ」
被っていた三角頭巾を取って一心に頭を下げる。
「いや、俺に謝られても困るんだけど、そのもらったお金でここを建て直したのかな?」
「えっ、えぇそうなの、前の店が古くてちょっとした地震でも崩れそうだったから、建て替えないとダメねぇなんて翔と話してたのよ。そしたらたまたま大家が壊してマンション建てるって言い出してさ、一階に店作ってやらせてくれないか訊いてみたんだけど、立派なものを建てようとしてたらしく、お好み焼き屋じゃなぁって断られた。今、流行りのコンビニだかが入ってるわよ」
「あーなるほど、健治がそれ聞いて金を作ろうとして詐欺に走ったんだ」
「私が余計な事言ったばかりに健治にそんなことやらせてしまったのね。健治はどうしてる?」
「自分は知らないって頑張ってるけど、警察に逮捕されるだろうな」
「……」
米山が考え込んでしまった。
「ちょっとごめん」そう言って奥へ引っ込んだ。
三十分ほど待たされ
「ごめんね。娘とその話してたもんだから」
「娘さんは何の仕事してるの?」
「市役所で働いてんのよ」
一心は柴田の関係者ならそう言うとこにも簡単に就職できるよなぁ、半分僻む。
「ちょっと健治にも話訊いてみるから、あんた明日また来れない?」
「えっ……そっか、良いですよ十時頃でも良いかな?」
一心は静にその通りの話をして一泊することにした。
誘惑に負けそうになったが、米山のやろうとしていることが想像できるので、その事を思いかろうじて部屋飲みで我慢した。
翌日、約束の時間に行ってみると、娘だろう女性が一緒に待っていた。
挨拶をすると、一緒に話すと言う。
米山は厳しい顔をしている。
「健治が私には正直に話してくれた。全部で三億近いお金を騙したんだって。……決めたわ。娘とも話した。ここ売ってそのお金全部被害者に返す」
唇を噛んで薄っすら涙を浮かべている。娘も辛そうに可愛い顔を歪めている。
「辛い話を持ち込んでしまって申し訳ない」
「いや、これが一番良いのよ。あの親ならお金は有るかも知れないけど、それじゃ健治のために良くない。しっかり反省して貰って出直すしかないもの……バカよね。きっと父親に自分にもそのくらいの力はあるんだってとこ見せようとしたんじゃないかな」
「警察にそう言っても良いですか? 具体的にどうやるかは弁護士との話になると思うけど」
「そうね、まず売れないとどうにもならないからここ建てた不動産屋と相談するわね」
一心はこの家族を可愛そうにと思うが、詐欺被害にあった人にはもっと可愛そうな人もいる。
もう一軒もこういうひとなら良いんだが、そう思いながら広島を発った。
浅草に帰ると柴田健治からすぐ来るようにと伝言があった。
用件に大方の予想はついていたが、行く前にメモに書いてあった番号に電話を入れてみた。
一心が名乗るのと同時にバカみたいにでかい声で健治が怒鳴り始めた。
スマホをスピーカーにしてテーブルに置いてみんなで話を訊く。当然録音もする。
要は広島まで行ったことを怒ってるようだ。米山親娘に迷惑を掛けてしまったと言ってるようだ。
黙って聞いていると「おい、こらっ聞いてんのか!」と怒鳴る。
「健治くんが詐欺を働いた時点でもう米山さんには迷惑だったんじゃないのか? 店ができなくなっても娘さんとふたり食っていけるのに、あんたが余計なことをしたんだよ」
一心は思いのままを口にした。そして「この後は……」と続けた。
「この後は鬼怒川温泉の大桑割烹旅館に行こうと思ってんですよ」
言った途端に健治は口を閉じた。何かを考えているのか、驚いたのか……そして、
「バカな事すんな。大桑は関係ないだろうがっ!」
また怒鳴る。
「あんたが、数千万円を送った先だから事情を聞きに行くんだ」
「余計な事すんな。なんの権限があってそんなことすんのよ。プライバシーの侵害だ訴えてやる」
声を枯らして怒鳴る健治を無視して
「訴えるならどうぞ、すでに警察にも資金の行った先は話してあるんで、いずれ警察も行くと思うよ。今はお前たちが犯罪を犯したと言う証拠集めをしてるんだ」
「何っ! 俺の親父を誰だと思ってんだ! 警察でも何でもそいつらをぶっ潰してやる!」
「はははっ、あんた自分が何様だと思ってんだ。結局親に頼らないと何にもできないお坊ちゃまじゃないか、ははははは……」
ピッと電話が切れた。
「と、いう事で、明日鬼怒川温泉へ行ってくるから、支度頼む」
一心がそう言って静の方を向くと口を尖らせて、眉毛を吊り上げている。ほかの奴らも……。
「えっどうした? 行く理由は今聞いたろ?」
何か悪い事でもしたかと弱気になる。
「あんたはん、あっちだこっちだと、あてと美紗はハッキングでこのひと月外出もしてまへんのやで。それに、数馬だって一助だって、被害者の為に必死に走り回ってやっと、やっと少し時間ができたとこやおまへんか?」一息で喋り切る静。
「あぁ分かった。お前たち、連れてけって言うんだな。ははは、はぁ……」
笑って誤魔化そうとしたが、全員、目が真剣だ! ため息しかでない。
「一心、一泊二日くらい仕事休んだって良いだろうがっ! どうしてもダメだっちゅうんだったら、静のパンチをお見舞いするぞ!」
美紗の脅しはホント迫力がある。娘ながら思わずびびる。それに静の目が……ボクサー色になりかけてる
……やばい、ここは言う通りにするしか助かる道は無い……
「分かった。みんな支度して明日朝一の電車で鬼怒川温泉行くぞ。あっ予約変更しなくっちゃ」
一心は慌てて大桑旅館に電話を入れた。
一心を除いて旅館に着いた途端に温泉だとかお土産だとか散歩するだとか、遊びに来てんのか! と怒りたいのだが、一心以外は本当に遊びに来てるから悔しい……。
夕食がひと段落して女将が部屋に来てくれた。
当然、一心以外は何処かへ行ってる。
柴田健治のやったことを正直にすべて話した。そしてもう一軒の広島の愛人の話もした。
七十半ばを過ぎているという女将は厳しい人だった。
「投資って言うのは自己責任じゃないの? 投資先の信用、見通し、勿論、私的な中小の投資会社ならその信用だって投資家が自己責任で可否を判断するんじゃないの? 違う?」
そう言われて、投資の経験も知識もない一心には、女将の言う事が正しいのかさえ分からないのだ。
返事に困った。
「……でも、女将さん、議員の名前を使って押し売りのように組合の会合にやってきて、さあ決めろって言われたら、その組合長もやってるって言われたら、人情として一口入ってあげようとするんじゃないかな?」
「だから、そんな人は投資したのが間違いなのよ。結局、投資したけどその先が倒産しましたってのと同じでしょう?」
「俺は投資がああだこうだって分かんないけど、このままだと健治は詐欺罪で捕まるって話で、議員の名前を出してるから共犯、あるいは教唆とか、何らかの罪に問われるかも知れませんって話です。俺はそんなことどっちでも良いんだけど、被害者には長年溜めた老後資金をごっそり盗られた人もいるんだ。俺はそう言う人の味方でいたいんだ。それだけだ」一心も女将に負けじと勢いよく喋った。
「私も柴田翔がどうなろうと関係ありません。この旅館を守りたいだけです。私は共犯じゃありませんから第三者ということになりますよね。私に罪を問うのかしら?」
揉めてるとぞろぞろ家族が戻ってきた。こっそり襖の向こうで話を聞いてたようだ。
「俺、世界中にネットでこの旅館と柴田の関係と詐欺の話ぶちまけてやる。そしたら一件も予約こなくなるだろうな。へへんだ」美紗が腹立ち紛れにとんでもないことを口にした。
女将が何かを言おうとする前に一心が思いっきり怒鳴りつける。
「バカやろ。この旅館と詐欺と何の関係があんのよ。腹立つからって何をしても良いってもんじゃないんだ。俺はお前をそんなことする娘に育てた積りは無いぞ!」
「そうや、美紗、今言った事は取り消さなあかんえ。議論はしても興奮して常軌を逸してはあきまへん」
静も怒ったので美紗は「ごめんなさい」と小さく謝った。
「で、女将、……何だっけ? 忘れちゃった……」怒った顔のままぼけたことを言ってしまい頭を掻いたら
「あははは……」大声で女将が笑い出した。
つられてみんなで大笑いした。
「岡引さん、来るって言った時から用件はわかってたわよ。でも、ちょっと悔しいからどんな人かと思って色々言ってみたのさ。あんた本当に被害者の為に動いてんだね。それって探偵の仕事じゃないでしょうに」
そこまで言って深呼吸をし話を続ける。
「分かったよ。広島の母さんと気持ちは同じよ。日本のあちこちで起きる災害とか何だとかってあったでしょう、それですっかり客足遠のいてどうしようか悩んで、歳だしね。そんな話を言わなきゃいいのについつい娘婿に言ってしまったのよ。それで健治が良いとこ見せようとしたんじゃないかな。金作ろうとして詐欺に走ったんでしょ。あんたが来て決心着いた。ここ辞める。売って被害者救済に資金をあげるわ。で、良いんでしょう探偵さん」
女将は微笑んでそう言ってくれた。
「申し訳ない。助かります。あのー、失礼だけどここ売ったらいくら位に?」
「そうねぇ、五億って言いたいとこだけど、その半分かな女将と一緒で色々古くなってるし、ははは」
「ありがとう。それだけあったら被害額カバーできそうです」
「そう、良かったわね。……ね、明日もう一晩泊って行って、お金は要らないわよ、女将の私の気持ち。どう?」
全員もちろん「賛成!」。
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