第21話 不信

 七月二日午後七時過ぎ、佐田を始めとするチーム全員で<かぶと虫>の性能の検証を二階の会議室で行っていた。

「えーと、エネルギーを満杯にすると、旅客機並みの千キロ毎時だと四十四時間連続飛行可能だから地球一周できる計算になる。また十センチのコンクリートを破壊でき得る程度の強さで一回レーザー照射を行うと、それで使うエネルギーは飛行時間に換算すると約十分程度だね……」

佐田博士が二機の<かぶと虫>の飛行時間とエネルギーの使用料などをもとにした計算結果を報告した。

「<かぶと虫>の最高速度は観測できませんね、理論上は超光速が可能だけど、本体を構成するアルミニウム合金や接続部分がGに耐えられず空中分解してしまいますから、速度上限設定が必要になるんですが、当初ジェット機並みの時速千キロにしていたんですがこのままの設定で良いですかね?」中原博士が佐田に訊く。

「そうだね、そこまで速度を上げることは当面ないだろうから良いんじゃないでしょうか。操縦士のおふたりは速度に関してどうです? 何かあります?」と佐田。

「私は今まで時速五百キロまでしか出したことないので良いと思いますけど、裕子はどう思う?」

「えぇ私もそんなにスピード出したら対応できなくなるから良いと思います」

裕子がそう答えて「じゃその設定で行きましょう。それで加速度の上限も10Gにしておきますね」と中原博士。

そして、

「まぁ今後の課題は、超光速へ加速するときに発生するGに耐応できる素材の研究で、それに関し……」

中原博士がそこまで話した時、突然、激しく一階のシャッターが破られる音が響いた。

続いて、守衛の怒鳴り声が聞こえた。

「なんだ、あんたらここは関係者以外立ち入り禁止だぞ!」

対する声は聞こえず、銃声が複数聞こえる。

「博士やばいんじゃないか?」

佐田の問いかけに

「強盗だ。何でこんな所へ……」

中原博士が叫ぶ。

「みんな、四階へ持てる資料だけ持って、急いで!」

階段を駆け上がり、倉庫の鍵を回してレンズに目を近づける。

虹彩認証が取り入れられているのだ。

全員が入ってドアを閉める。

ほぼ同時に賊がどたどたと四階まで上がってきた。

声は聞こえない。

この部屋は防音ではないが、防水、防火、防煙になっているので音も聞こえないのだ。

ただ壁を叩いているのか何かを破壊しているのか? 地響きのような轟音が壁や床を振動させていると感じる。

「ここにいる限り大丈夫だから、留市さんと田口さん大丈夫かい?」

佐田の問いに、恐怖で声を出せないようだ。

ふたりは震えながら頷き顔色を失って抱き合っている。

しばらく地響きが続いた。

……

「佐田博士、静になりましたね」

「ちょっと待って……」佐田はネットで室内の様子を窺う。

一階を見ると守衛がふたりとも倒れて床が赤く血に染められている。

そしてシャッターが内側に破れて外が丸見えになっている。

「急がないと守衛さんたちが……」

中原博士がそう言った時、爆発音が響いた。

物凄い地震が来たのかとさえ思えるほど揺れた。

一階のマシン室内で爆発があったようだ。カメラが壊れたのだろう砂の嵐になってしまった。

少し遅れてスプリンクラーから消火剤が噴き出した。

留市と田口は悲鳴を上げて資料を頭に乗せて濡れるのを防ぐ。

佐田は濡れながら急いで、二階、三階、四階と映像を切り替える。

「建物内にはいないようだね。外を見てみるか」

屋上から四方向にカメラは備えられているが、どこにも賊の車は見えない。

佐田は急いで開錠してドアをゆっくり開けて室内を見回す。

「大丈夫だ誰もいない」

急ぎながらも慎重に各階に賊が居ないことを確認してゆく。

一階まで降りて守衛の様子をみるとまだ呼吸もあり脈もある。

マシン室内はもうもうとした黒煙が充満しているものの火は消えていた。窓を全開放する。

中原博士が救急車を呼び、佐田が警察へ通報した。

佐田は守衛室へ行ってスプリンクラーを止め、カメラの映像を別媒体に吐き出す。賊逮捕の為にそれを警察へ提供するためだ。

「佐田博士、遅いねぇ何やってんだろう?」

「中原博士、そっちの守衛さんの傷口強く押さえて」

佐田は守衛の首のつけ根の銃創を力一杯押さえている。

タオルはみるみる真っ赤になってゆく。

「おっちゃん、しっかりして! すぐ救急車来るから! な」

耳傍で大声で声をかけるが、唸り声をあげて苦しんでいる。

「そっちはどうです?」

「こっちは、答えてくれます。大丈夫そうです!」

中原博士が叫ぶ。

留市と田口のふたりも声をかけたり、タオルをどこからか持ってきたり毛布をずぶ濡れの守衛の身体にかけてあげたりする。佐田と中原博士の着替えを持って来てくれた。

佐田が礼を言って、ふたりを見るとすでに着替えを済ませている。

 

 救急車には中原博士と田口が同乗して行った。

警官が何台で来たのか大勢所内に入ってくる。鑑識という名前を胸に掲げた人もいる。

佐田と留市で警官に事の一切を話す。

そして監視カメラに賊が写ってますと言ってメモリーを渡す。

「盗まれたものは?」

訊かれてドキッとした。調べてなかった。

警官にそう言って留市と一階から調べ始める。

盗まれたのは<かぶと虫>十五機、コントローラー十台、スペシーノ吸入装置、相転移装置、スペシオン保管装置、スぺシオン注入装置、電源装置およびそれらに接続しているパソコン五台とサーバー二台にバッテリー三台だった。

それに爆発で予備機とかレーダーなどのほかコピー機までもが修理不能なほど壊されていた。

被害額は建物被害も含めて十億円近いだろうと伝えた。

 

佐田の頭は真っ白だ。

建物のほか一部の機械にしか保険は加入していない。

再度業者に発注し直しするしかないだろうが、莫大な追加費用がかかる。庵氏にばかり負担を掛ける訳にもいかないから大学に相談して国に資金援助を頼むしかないだろう……そんな風にしか考えられない。

仮にそうなったとしても数年は必要だ。

これから目指していたのは、ひとが乗れる程度の大きさの<空飛ぶ車>の開発だったが、すっかり遠のいてしまった。

強盗犯を捕まえたところでこの被害は復旧されないのだ。

絶望の淵に立たされてしまった。

ただ、唯一救いは渋谷の庵別宅の火災で別棟には火が及んでおらず、庵氏の提案でそこに用意した五機の<かぶと虫>と関係機器一式が残された事だった。

夜遅くなって中原博士と田口が帰ってきた。苫小牧市の総合病院でふたり同時に手術が行われ、ふたりとも無事危機を脱したという事だった。

ほっとして後は翌日考えようと佐田が言って中原博士も頷いた。

 

 

 田口裕子は、まさかと思った。が、口には出せない。

後片付けに三日かかった。食事はすべて仕出し屋に頼んだ。

「この研究所は数年は使えないだろう、だから全員渋谷へ行って研究を続けよう」佐田博士は言う。

そして続けて裕子と留市に向かって言った。

「飛行実験は東京なら公園や河川敷があるから行ってから適当な場所を探そう。どうかな?」

「そうだなぁ、ここじゃ何もできないもんな……留市さん、田口さん、住み慣れた札幌を離れなきゃならんが良いかな?」

中原博士が悔しさいっぱいに言う。

裕子も「そうねぇ……仕事を続けなきゃ生活を一からやり直しだし、この年で今みたいに働くことは難しいわ。だから私は行こうかな。留市さんどうする?」

「私も行く。しょうないもん、息子も亡くなっちゃったし仕事頑張るしかないから」

留市も了解してくれた。

「じゃ、佐田博士全員で行きましょう。協力してもらっていた北道大学の助手とか生徒は希望をとって浅草の分校に転校または移動という形でどうでしょう? ……学校と相談してみますね」と中原博士。

「はい、相談に行くとき、私も一緒に行った方が良いと思うので……それと、我々はどうしましょう? 博士も講義を持ってますよね?」と佐田博士が難しい顔をして言う。

「えぇ週に八時間講義があります。リモート講義と宿題とかリポートとかで当面は凌ぐしか無いんじゃないでしょうか?」

中原博士が答え、佐田博士も「そうだねぇ、当面の対応で行くしかないか……」

 

 

 一週間後、四人揃って渋谷の庵宅を訪れていた。

「電話で言った通り、白老の研究所が強盗にあい、<かぶと虫>を全機と関係する機械類が盗まれ残った機器類を爆破され使い物にならなくなりました。まったく腹立たしく、悔しいかぎりなんですが、庵さんの提案でここに予備機を置かせていただいたことで研究を進めることができます。多額の資金援助を受けながらこんな結果になって申し訳ないです」

佐田博士をはじめみんなで頭を下げた。

「いやいや、博士らのせいじゃ無い訳ですから、怪我人が出たと聞いたんですが?」

「はい、守衛が二名銃で撃たれました。

命に別状はないのですが、今はまだ入院して治療を受けてます」

「そうですか、……別棟は自由に使って下さい。鍵はお持ち……」

「えぇ機械を搬入したときに頂きましたので大丈夫です」

「二階は居住可能です。昔、内弟子が住んでたんで、バストイレ付きで古いですがホテル並みですよ」

「わぁそうなんだ。良かったぁ、心配だったんです。ねぇ」

留市はそう言って裕子に視線を走らせる。

 

 別棟を一通り見て回って部屋割りをし、機器類を確認する。

元々広い和室を襖で茶室の大きさに仕切っていたものを、畳をコンクリートの床に変え基礎に鉄骨を入れて機械の重さに耐えられるように改造し、そこをマシン室としていた。

コントローラーもモニターもすべてそこに用意してある。

 そのマシン室の隣にある内弟子たちが集まって、雑談したり飲み会をやったりしたのだろう広めのリビングに適当に座り食事をどうするのか話合った。

テーブルを囲んでいるソファは十人以上座れそうなくらい大きい。

留市がキッチンを見に行って

「裕子、キッチンに普通の家庭にあるような電化製品は全部揃ってるから、朝食はパンと牛乳とか玉子ご飯とみそ汁とか簡単なものにして、夕食も作ろっか?」

「えぇ良いわよ、代わりばんこにする? 日替わりか週替わりか?」と裕子が訊く。

「月曜から金曜までにして、土日は休もうよ」

「そうねぇ、休み無しじゃきついもんね」

「おほん、おふたりさん、決まったかな?」咳払いをして佐田博士が口を出す。

「じゃ月から金の朝夕は作ってもらって昼飯と土日は各自が自由に食べる、で良いかな?」

そう言われてふたりは声をそろえて「はーい」元気な返事をする。

「食費は男二人で出しましょう。そうしないと調理人に日当ださないとダメになる」

佐田博士が笑いながら言うと中原博士も

「一日ひとり千円で月二十五日ほどあるから二人分で五万円ですね。佐田博士と五万円ずつ先払いでお姉さん方に渡すことにしましょうか?」

「どうです。できますか?」佐田博士がふたりに問いかける。

「ってことは月十万円で四人の食費二十五日分ね。大丈夫だよね裕子」

「オッケー、ただ、博士、美味い不味いは無しで残さず食べて下さいね」

留市がそう言ってふたりの博士に視線を送り笑う。

つられて裕子も笑った。

佐田博士も中原博士も、久しぶりにみんなで笑った。

それから機器と<かぶと虫>の立ち上げを確認し飛行テストの場所を探しに公園や河川敷を四人で回った。

そして、滑空テストは代々木公園でバトルは荒川の埼玉県に入った河川敷公園で行うことにした。

 

 

 日曜日、裕子は根島を横浜の臨海公園に呼び出した。

「ねぇ根島さん、私から白老の研究所の話を聞き出して、まさかと思うけど強盗に入った訳じゃないですよね?」

裕子の気持ちはすっかり冷え切っていて、事務的な口調で言った。

「はぁ、なんで俺が強盗すんのよ。ふざけたこと言うんじゃねぇよ」

裕子はドキッとした。裕子の言い方で気持が冷めていることを察したのだろう、あの優しい言い方や仕草の根島の人が変わってしまい、ヤクザのような尖った言いよう、これが本性なんだと思う。

ちょっと怖い気もするが、しかし、はっきりさせなければいけないと思い、

「でも、じゃなきゃあんな山の中にあんな研究施設あるなんて誰も知らないもの」

「だからって、ひとを盗人呼ばわりすんな。証拠でもあんのかよ!」

噛みつきそうなくらい怖い顔をする根島を見て裕子は確信する。

「私から話を聞きだすために近づいて、食事に誘って、ホテル行って……よく考えたら私にそんな魅力ないもん」

「ふふふ、だったら何だよ。警察にでも行くか? 私、この男に弄ばれましたって、四十婆ぁが? いや五十婆ぁだ! ははは」

根島の言い草に腹が立つ。が、それ以上に自分がこんな男のいいなりになってしまったことが許せなくて、自分自身が情けなく、怒りが脳内でほとばしる。

「バカにすんのもいい加減にして! 調べてあんたを逮捕してもらうから覚悟してね」

裕子は根島の返事も待たずに踵を返して小走りにその場から離れた。

 悔しくて、悔しくて涙が溢れる。なんて博士に話したら良いんだろう? 

もう、来なくて良いって言われるかもしれない。

守衛さんをあんな目に合わせてしまった。

警察に共犯だって言われて逮捕されるかもしれない……。

裕子は悔恨の思いで渋谷へ向かう。

 

「ちょっと待ちな!」

公園の出口近くで呼び止められ、裕子が涙を拭って振返ると、同年代の女性が立っていた。

派手な化粧にミニスカートに、全然似合わないハイヒール履いて眉間に皺を寄せ裕子を睨んでいる。

「何か?」動揺していた心を落ち着かせるように静かに言った。

「何すましてんのよ。ちょっと顔かしてくんない」

その女はその昔映画で見たような台詞を吐いた。

「どちらへ?」

「キモイ言い方すんな。あれっ」と指を差す。「公園出たとこにあるカフェだ」腹立たしい言い方だ。

大人しくしてると調子に乗って、叩いてやろうかと苛立つ心が言う。が、もう一人の裕子はそんな大人げないと宥める。

怖いので女から三メートル離れて後をついて行く。

女は本当にカフェに入るようだ、ドアを開け片手で来いと言っている。

店内に入ると、女はどんどん奥へ行って窓際の席に着くと勝手に「コーヒーふたつ」と頼んでしまう。

またムカッとするが押さえた。

「あんた田口裕子ってんでしょ?」いきなりつっけんどんな言い方をする。

「そうだけど、あんたは?」裕子も負けずにつっけんどんに言う。

「あて、青池あかり(あおいけ・あかり)。根島幸祐と同棲してんだ」

そう言ってギロリと裕子に目を剝く。そしてふたりが裸で抱き合っている写真をポンとテーブルに置いた。

えっと思った。顔にその気持が出てないか心配だったが、平静を装って「それがどうかしました?」

訊き返した。

「お前、根島と寝たろ」恥ずかしくなるような大きな声で女が言う。

「あなたに関係ありません」周りを気にしながら言った。

「関係あるから言ってんじゃん。別れろ!」女は見境なく大きな声で怒鳴る。恥じらいなどどっかに忘れてきたのか? そんな言いぶりに腹が立ってくる。

「はぁっあんたに何関係あんの?」裕子はさすがに爆発しそうな気持を頑張って飲み込んで言う。

「だから、一緒に住んで、結婚するんだって言ってんだろうが! ぼけっ!」

さすがに「ぼけ」と言われて切れた。

「あら、大学の教授だとかって言って私に近づいてきたのは根島よ。そっちに言って!」

裕子は思いっきりぷいっと横を向く。

「なんだとう、この野郎。殴られたいのか」ヤクザの女って感じで怒鳴る。

周りのひとがこっちを気にしているのが分かる。

「あーやだやだ、知能低いとすぐ暴力なのね。あーやだやだ、ははは」蔑んだ目を向けて大声で言ってやった。

女が席を立って裕子の胸倉を掴もうとする。

とっさに、裕子はコーヒーを女の顔めがけてぶっかける。

「あちゃー、何すんだ!」

いい気味だと裕子が思い「ふふふ」と笑った瞬間。

ばしゃっとコップの水を掛けられた。

「きゃー何すんの!」負けずにコップの水を掛ける。

店員が割り込んできて両手でふたりを分ける。

その手が裕子とあかりの乳房を掴む格好になって「きゃー」

ふたりとも悲鳴をあげて、揃って「痴漢!」

店員を突き飛ばした。

その後は髪を掴んで引っ張たり腕かじったり、ぐーで殴られ、ぱーで叩き返したり、訳が分からなくなった。

……

 

 警察が呼ばれ、散々に絞られた。でも、店の物は壊さなかった。

すっかり落ち込んで渋谷へと向かった。濡れた髪にも服にも気付かずに……。

 

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