第3話 樽前山
白老へ行った翌月の末でふたりは現職を辞めて、次月初から白老の佐田研究所勤務となった。
月曜日の朝、白老に出勤して金曜日の夕方札幌へ帰る生活が始まる。
ふたり一緒なので移動時間がお喋りタイムになって楽しそうに通っているように見える。
初めのひと月はテストで使用したテーブルから飛び立ってそこへ着陸するだけの訓練を続けた。
何回も墜落したりテーブルに激突したりしたがひと月過ぎるころには中原博士が見て「許容範囲だな」と言わしめるほどになった。
次は使用する<かぶと虫>だけ高度設定を外して樽前山頂上までの片道直線十キロほどの距離を飛行し溶岩ドームを一周して戻るという訓練を始めた。地上三十メートルを維持して飛行するという条件をつけたが、「楽勝」と笑顔で言ったが以外に難しい。
高木に衝突したり山腹に激突したりトラブルは続いた。墜落後自力で飛び立てない場合は、山中は深い森で熊も生息していて捜索は困難なので、GPSで位置確認してドローンを飛ばして磁力で吸着して<かぶと虫>を回収した。
その回収もふたりにやらせる。
始めは数十キロ毎時の速度しか出せなかったふたりだが、半月もすると百キロ毎時を超え、ひと月後には五百キロ毎時に近い速度を出せるようになってきた。
安心して通常飛行を見ていられるようになるまでに三カ月を要した。
ここからは細かな動きの訓練と、<かぶと虫>の性能を検証する作業に入った。
木々の間を縫うように飛行したり、森の中にいる人を探したりした。
そして毎日飛行時間、エネルギーの使用料、飛行距離などを記録してゆく。
搭載しているレーザー光の出力を落して照射で使われるエネルギー量の測定も行った。
静止た状態で厚さ五センチのコンクリ―トならレーザーパワーを五十パーセント程度に絞っても貫通出来ることを確認した。
半年が過ぎて、佐田は中原博士と相談して、性能確認と操縦技術の向上の為ふたりにバトルをしてもらう事にした。
<かぶと虫>の尻に紙の尻尾を付けてそれをレーザーで撃つバトル。勝者には豪華な食事が待っていると伝えた。
「ただし、尻尾でなくて<かぶと虫>に照射して破壊した場合は弁償だな」と中原博士が冗談半分に言う。
「えーっ、一機幾らするんですか?」と田口。
「そうねぇ、八千万円くらいだったかな」と佐田が言う。
「できません。そんな高価なものを……」留市が青ざめて言う。
「ははは、冗談です。当たっても破壊できないようにレーザーパワーを落としてますから気にすることはありませんよ。安心して戦って下さい」
中原博士が言うと「もう、博士ったら、脅かすんだから、ねぇかなめ」田口が笑顔で怒る。
「ほんと、じゃ思いっきり撃ち落としてやる」と留市が言う。
「いやいや、機体ばっかり狙ってたらダメですよ。テストなんですから」佐田が慌てる。
「冗談です。へへっ」と留市が笑う。
「やられた」佐田と中原博士も顔を見合わせて笑う。
「じゃ始めましょうか」佐田の掛け声で操縦士のふたりが真顔に戻る。
「裕子、手加減はしないわよ」
「えぇ勿論。豪華な食事は私が頂く」と田口が返す。
ふたりは笑顔で、しかし真剣に言葉を交わして競技に入った。
「一回戦は十分だからね。合計五回戦やって三回勝った方が勝者だよ」
中原博士が言ってふたりが頷き、博士の吹く笛の音で競技スタートだ。
すばやく二機の<かぶと虫>が飛び立つ。
旋回して敵の後方に付こうとするふたり。それを避けるために宙返りしたり急上昇したり、速度を急激に落して敵を先に行かせて後ろをとろうとしたり、動きは激しい。
見ている佐田も中原博士も外へ出て拳を振り上げて「右だ!」、「左だ!」、……と大声で叫ぶ。
守衛のおじさん達も両者に声援を送っている。
一回戦は無理に宙返りした田口機が地面に激突し立ち上がるところを狙撃され尻尾を切られて負けた。
レーザー光は照射ボタンを押すと同時に命中するので、一応敵機をロックオンする機能もあるのだが、撃ったほうが早いし連打出来るのでふたりとも使っていないようだ。
「くっそー、今度は負けないからね!」田口の気迫が佐田までビリビリと伝わってくる。
二回戦は田口機が三回戦は留市機が勝ってご馳走に王手を掛ける。
しかし四回戦を田口機が勝って二勝二敗、最終五回戦の勝者がご馳走にありつけることになった。
「裕子、絶対に私がご馳走食べるからね!」留市が田口を厳しい目で睨むと「いや、絶対私が食べる!」と田口も負けてはいない。
最終回の笛が鳴って両機が飛び立つ、一段と素早い動きの両機が森の木々の中へ入って行った。
外で見ていた佐田らも守衛のおじさん達も視界から消えた戦いに居ても立ってもいられず、マシン室へ向かう。
ふたりのモニターには木々を器用に避けながら敵の後ろへ回ろうとする様子が写されている。
一瞬の油断は樹木との激突を招き敵に撃たれる。
後ろを取られた留市機が急上昇して森の上を高速で上昇する。すぐ後を追って田口機も上昇する。
田口機が森を抜けた瞬間、留市機が出力を止めぐるりと<かぶと虫>を下向きにして急降下する。
互いに尻尾は見えない状態で急接近する。
「あーぶつかるーっ」観客全員が叫んだ時二機が同時に僅かに機体を揺らしてレーザー照射した。
両機とも尻尾が機体から僅かにずれたところを照射され千切れた。
目視ではどちらが早かったかは分からなかった。
「やったぁー」ガッツポーズをしたのは田口だった。
「ふふふ、勝ったのは私ね」留市は冷静に右手を突きあげた。
「えーっ何言ってんの? 勝ったのは私よ!」と田口。
「冗談! 見てたら分かったでしょう。勝ったのは私よ!」と、留市。
ふたりは離陸地点のテーブルにほぼ同時に着陸した。
そこで十分が経過した。
ふたりに睨まれて中原博士が佐田に救いを求める様な目を向ける。
「佐田さん、どっち勝った?」
「えっそれ決めるの中原さんでしょ」
「博士! どっち?」留市と田口は一緒に中原博士の前に仁王立ちし睨みつける。
「えぇ……」中原が困っていると「同時だよ。なぁ」守衛のおじさんが言った。
もうひとりのおじさんも「そうそう、同時だった。だから引き分けだよ」と、言う。
「えーっ、じゃご馳走はどうなるのよ!」留市が口を尖らせて中原博士に迫る。
「ひとつのご馳走をふたりで食べるなんて嫌よ、私」田口も迫る。
中原博士は後ずさりしながら、「じゃ、佐田博士、頑張ったふたりにご馳走しますか?」
言い終わるか終わらないかのタイミングで「決まりっ。で、どこで何ご馳走してくれるんですかぁ」
留市と田口は佐田の返事も聞かずに佐田に迫ってくる。
「……わ、わかった。土曜日に札幌のレストランで好きなもの食べていいから……」
佐田が苦し紛れに言うと「じゃ、蟹レストランへ行ってタラバと毛ガニコースにしよう。ねっ裕子どう?」
「良いわねぇ。私カニさん大好き」
「じゃ、すすきのの<カニ放題>が良いわよ。友達があそこ美味しいって言ってた」
「うん、そこにしましょう。ね、博士! じゃ土曜日の午後六時に<カニ放題>で待ち合わせで良いですね!」
留市の有無を言わせぬ物言いに負けて佐田は頷いてしまった。
「じゃ博士、予約お願いします。嬉しい、ありがとうございます。佐田博士、中原博士!」
佐田は中原博士と目を合わせて苦笑いするしかなかった。
「それにしても君たちの操縦技術はすごいね。感心する」中原博士が言う。
「そりゃ、ご馳走が懸かればこんなもんです」笑顔の留市。
「おばさんの力を舐めちゃあかんぜよ!」田口も笑顔一杯に言った。
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