第2話 始動

 あっという間に一年が過ぎて、佐田研究所に大型機械が続々と搬入される。

同時に庵の提案で渋谷の別宅の裏にあったアパートを改築しサブの研究所として同型の機械を予備機として搬入した。掌サイズの実験機も佐田研究所に十五機、渋谷の別宅に五機用意した。

二カ月ほどで機器設置が完了した。

 しかし、大きな問題があった。

飛行テストに使う実験機だが、具体的には楕円形の本体にAIコンピューターの他にエネルギー格納容器と噴射装置にカメラとレーザー光照射装置などが組み込まれていて手の平サイズの大きさで重量は五キロ弱ある。

ドローンと違って四カ所から空気(実際はフェルミ粒子)を噴出する反動で飛行する設計で、その各所の噴出力の強さで旋回や上昇、降下、空中静止を可能としているため、オペレーターはカメラの映像をコピー用紙サイズのモニターを見て専用コントローラーでそれらを操作しなければならず、相当の技術訓練が必要なのだ。

一見するとカブトムシのように見えるので、佐田と中原博士はそれを通称<かぶと虫>と呼ぶことにした。

その操縦をこれまで中原博士が行ってきたが専門の操縦士がいなければ実用化できない。

 それでふたりは東京都内のゲームセンターを回った。

そこで遊ぶ人の大半は十代らしい若者でギャーギャー騒いでいて、職業として雇うのは無理だと感じる。

それにひと頃より客数は減っているようだ。もっと手軽に遊べるツールが増えているせいだろう。

今の時代人気のゲームは、クレーンゲームやメダルゲームらしい、殆どのゲームセンターでバトルをやっている人は見かけないしそういうゲーム機自体が無いところも多いのに驚いた。

結局一週間回ったがこれと思う人には出会えず、札幌へ戻って休みの日に探し歩くことにした。

 

 数週間後、空中戦を楽しんでいる女性ふたりに目を付けた。夫々宇宙船を操り相手を光線銃で撃破するゲームだが、互いの攻撃から身をかわすテクニックに目を奪われる。

周囲にいた人達の話を聞くと、ふたりともバツイチでどちらかに二十歳を過ぎる子供がいるらしい。それに他に敵なしと言われるほどの腕前だと言う。

 バトルの終了を待って佐田は名刺を出して自己紹介し騒音のないカフェにふたりを招待する。

そのふたりは留市かなめ(とめいち・かなめ)と田口裕子(たぐち・ゆうこ)と言う北道大学札幌校の家政学部の同級生で、田口は独身を通しているが留市は子育てを終えて、今はふたりでバトルゲームに夢中になっていると言う。

「ゲーム感覚でコントローラーでこういう物体の飛行実験の操縦士として働いてもらえないですか?」

<かぶと虫>とコントローラーの写真を見せながら説明して、単なる遊びではなく白老の佐田研究所で仕事としてやって欲しいと話した。

「私は運送会社で働いているから無理ねぇ」と留市が言う。

「私はある料理研究家のところで助手をしているのよねぇ、面白そうだけど無理かなぁ」田口も否定的だ。

佐田はこの人達しかいないだろうと思って粘る。

 ――なんとか頼めないかなぁ……俺あんまり喋り得意じゃないからなぁ……

「研究所で働くけど、一応北道大学の助手と言う形でそれなりの給与やボーナスがでるんで、恐らく今より収入はアップすると思うんだ」そこまで言って相手の顔色を窺いながら「……良かったら今の年収とか訊いてもいいですか?」

ふたりは顔を見合わせてから、留市が「うちら大体二百ちょっとだよね」

田口に打診するように顔をみてから案外あっさりと教えてくれた。

頷く田口。

 ――おっ脈あるかも……

「そう、助手の給与は年収三百五十万くらいなんだけど……」

佐田がふたりを見ると目がキラリと光ったように感じたので更に追い打ちを掛ける。

「年休もきちんとあるし、残業手当や通勤手当、宿泊手当なんか公務員に準じて用意されてるよ」

すると留市の触手が動いたようだ。

「残業は多いの?」と訊いて来る。

「そうねぇ、でも月五十時間もあるかないかかな。白老の山中に研究所があるので月曜に行って金曜か土曜に帰ることになるから週四泊にはなるかな。勿論通いでも良いんだけど、一泊は八千円と決められてるし研究所内にホテル並みの設備を用意していて食事も提供される。車で十分も走れば白老の温泉にも入れるよ。良いでしょう」

佐田が自慢気に言うと田口も背もたれから身体を起して前かがみになっている。

 ――よし、乗ってきた。……

「契約期間は?」

「大学教授の助手だから定年までだよ。中途採用ということになるんだ」

「ねぇ裕子、悪くない話しみたいだね……」

「でもねぇ、上手い話には気を付けろってね」田口は佐田を横目でチラリと見た。

佐田は田口が今一信用していないようだと感じて

「じゃ一回白老に行ってみますか?」佐田が誘うと二人は瞬刻頷いた。

 

 日曜日に佐田は留市と田口を中原博士に紹介し一緒に白老の佐田研究所へ向かう。

札幌駅から特急北斗に乗って一時間ちょいで白老駅に到着、そこからタクシーで十分ほどの距離に目的の研究所はある。

周囲を金網で囲われた広大な敷地に四階建てのビルが一棟建っている。

守衛を二名置いていて、彼らには本業の他にも弁当などの買い物をお願いしていて白老町の中心部まで行って貰っている。

そんな話をしながら建物に入る。

玄関を入るとロビーがあって階段のほかエレベーターも備えられている。

一階の奥半分がマシン室になっている。そのドアを開ける。

「おふたりにはここで操縦をしてもらう事になるんです」

大型の機械が部屋の中央部に並んでいて、壁に向かってパソコンがずらりと並んでいる。

「コントローラーは?」

留市に訊かれて右壁に向かっているパソコンのところへ案内する。

机の隣のキャビネットを開けると<かぶと虫>がずらりと並んでいて、下段の引き出しにコントローラーが五台収納されている。

それを二つ出してふたりに持たせる。

「わぁ結構重たい」

「ははは、通常机に置いて操縦するんですよ。モニターを見ないとどこを飛んでいるのか分からないですからね」

「あっそっかぁ。ふふふ」田口も興奮しているのか顔を染め明るく言う。

「飛ばしてみたいなぁ」と留市。少女のように瞳をキラキラさせてコントローラーを抱きしめる。

「一応所内を案内してから操縦してもらおうかと思ってますが、良いですか?」

中原博士は嬉しそうに微笑みながら言う。

ふたりは頷いて部屋を出た。

エレベーターで二階へ上がる。

ここは主に会議をする場所なので、中央に会議テーブルがあって周囲にはびっしりと書棚が並ぶ。

三階は休憩室と個室がある。食事と宿泊の為に用意した階だ。

そして最上階の四階には金庫室風な倉庫がある。

「この倉庫におふたりが入ることはないと思います。機器類の設計図と部品を格納していて、入るには瞳認証と鍵が必要です。防火、防煙になってます」

「販売機とかは無いの?」と留市。

「ドリンクのほか食事も一階の販売機で売ってます。我々も夜食はそこで買います」

玄関ドアは二重になっていて内側は鍵を掛けても業者がドリンク等の補充ができるよう外側のドアは鍵を掛けていない。その間に自動販売機が五台ほど並んでいる。

「そんなのあった? 気付かなかったわ」

留市が言うと「私見てた。美味しそうなおにぎりとかカップメンもあったわよ」

「じゃ、テスト操縦してみますか?」中原博士が声を掛ける。

準備をしてマシン室内の指定席にふたりを座らせてモニターを起動する。

「わぁーなんかドキドキするわ」と留市。

「うん、もう発進して良いのかしら?」と裕子。

「はい、先程説明した手順で<かぶと虫>を起動してから発進して下さい。周囲の状況に注意して」

建物から五十メートル離れた草地にテーブルを置いてその上に<かぶと虫>を載せてある。

守衛にはそのテーブルの近くに居て墜落したら拾ってテーブルに置き直すように頼んであった。

留市が<かぶと虫>を発進しようとしている。

「じゃ、発進します」

留市が声を上げた瞬間、<かぶと虫>が急上昇して高度百メートルに達すると高度制限に引っ掛かり噴出が停止、墜落する。

「えーなんでぇ」叫びながら制御しようとするが間に合わず地面に激突した。

「ぎゃー、ごめんなさい……」留市が涙を浮かべて頭を下げる。

「ははは、大丈夫、そのくらいでは<かぶと虫>は壊れません。もう一度起動してみて下さい」

<かぶと虫>はひっくり返っていなければ飛べるはずだが……。

「ダメです。映像が逆さま」

中原博士は無線で守衛にセットし直しを指示する。

それを見て田口が「じゃ、私も発進します」

噴射力を押さえてゆっくり上げる。

モニターの映像がテーブルから離れて行く。

「はぁこのくらいな感じなんだ」

そう言いながら前進させようとした瞬間、大きく宙返りして地面に激突した。

「あれーっ、助けて―っ」悲鳴をあげて田口は自分も<かぶと虫>に合わせてのけぞり椅子ごと後ろにひっくり返り危うく後頭部を強打するところを佐田が手を差し出して頭を保護する。

「ごめんなさーい。やっちゃった……でも、面白いわ」

起き上がりながら満面の笑顔で田口が留市に向かって言うと、留市も笑いながら「はまっちゃいそ」と言う。

「どうです。この仕事やりませんか?」佐田が訊くと、「勿論」とふたりは笑顔で答え操縦士が確保できた。

佐田と中原博士はしてやったりと目を合わせ親指を立てる。

 

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