第32話 見えない刺客
期限の四日の午後九時の国営放送のニュースを一心一家も注目していた。
他の報道関係者や国民全体が注目している。
どこからもそれに関する情報は漏れていないようだった。
コメンテーターらは無責任に、要求を飲む派と飲まない派に分れ議論しているようだが、何の意味もない茶番だ。
時刻は過ぎニュースをあれこれ取上げ始める。
当然に殺害された議員、官僚についてひととなりなどを細かく、くどく、しつこくアナウンサーが嫌そうな顔に見える表情で喋り続けている。
しかし、発表は何も無かった。
他局では政府が何も発表しないという事が確定するや否や、「当然だ、政府がテロに屈するはずは無い」と言い、「拒否するとはっきり言った方が良い」とも言う。
翌五日は朝から政府の反応を批判する論調が日本を覆い尽くした。
朝八時に記者会見をした官房長官は、テロには屈しない、とごくありきたりな説明をし議員や官僚には、行動に十分注意するよう指示した、と述べるに止まった。
そのニューが流れたすぐあと、東京都副知事の丸内都(まるうち・みやこ)が都庁の玄関前で暗殺された。銃創は同じだ。
報道機関は一斉に政府批判に回った。
政府は何の反応も示さないまま六日になる。
岩手県副知事の岩城森一郎(いわき・しんいちろう)が盛岡市内で暗殺された。自分で車を運転し県庁舎へ向かう途中狙撃され車は川へ転落した。
報道機関は一段と強い表現で政府の対応を批判する。まるで脅迫者を善人、政府を悪人とでもしたいのか?
一心には恐らくどう言う事が一番視聴率を上げられるのか、と言う観点でコメントを付しているんじゃないかとしか思えなかった。
十二月七日、最高裁判事の山口綱紀(やまぐち・つなき)が朝官舎前で暗殺された。
十二月八日、東京都知事の大磯兼良(おおいそ・かねよし)が昼前専用車に乗るところで暗殺された。
十二月九日、総務大臣の影山敏和(かげやま・としかず)が夕方帰宅のため公用車に乗るところを暗殺された。
十二月十日、副総裁の泉川康義(いずみかわ・やすよし)が朝議員会館内の室内で狙撃された。
この事件は、外出は控えるよう言っていた政府を慌てさせたようだ。室内でも狙われる可能性があるということになる。しかし、政府は記者会見を行わず、報道機関は一層厳しく政府を責めた。
止まらない殺人に警察は、犯人像や狙撃の方法について何も分かっていないと発表した。
とうとう政府は午後九時から記者会見を開くと発表した。
同日午後九時、国営放送始め多くの報道関係者が政府の記者会見の模様を生で放送すると発表していて、会場はテレビやラジオの他新聞や雑誌記者までが集まり身動きの取れない状態になった。
会見は被害者に哀悼の意を表するところから始まり、犯人からの要求を受けなかった理由などを長々しく喋り、どうするのかに対して「要求に応じる」と言った。
現金の授受については犯人の指示待ちと発表した。
*
佐田は強盗が本当に盗んだ<かぶと虫>を使ったのかと訝しむ。
「システムをアップするのは素人には無理だと思うんですよね。だから、専門家が絡んでいるんじゃないでしょうか……」
中原博士はそう言ってその先を考えているようだ。
「通信を傍受することは出来そうですか?」と佐田が言う。
「色々やってみたんですが通信形式が同じなんで難しいですね」
中原博士がかぶりを振った。
「警察も、強盗した連中が<かぶと虫>を持っていることを知ってるから追ってるとは思うんだが……」
「北海道にいても東京で殺人事件を起せるんだから、探しようがないですよね……博士、我々とんでもないものを作ってしまったんですね……」
ふたりとも肩を落として考え込んでしまった。
「博士、殺害は議事堂のある辺りですよね。監視カメラを空に向けていたらどうでしょう?」
留市が目をキラキラさせて言う。妙案だと思ったのだろう。
「留市さん、それで見えるといいのですが、上空百メートルまで飛ぶことができるんです。小さすぎて写らないと思うんです」
「それと、その後を追っていかないと基地が分からない。ジェット機並みのスピードが出るんです、<かぶと虫>は……」
「あっ、そうなんですか、じゃだめですねぇ……良いかなって思ったんですけど素人の浅知恵でした」
「いえいえそんなこと無い。そう言う考えをどんどん出してその中から妙案を探すんです。ですから、留市さんどんな案でも出して下さい」
佐田が頭を下げて言うと、留市も笑顔で頷いた。
「そういえば、田口さんの見舞い行きました?」
「昨日、行ってみたんですけど、まだ意識が戻って無くって……」
「そうですか、早く意識戻って欲しいでよね」
佐田は見舞いに行っていないことが気になって仕方がない、心配だ。
「ただ、現場で<かぶと虫>を捕まえるのは良いと思うんですよ。捕まえると言っても捕獲ではなくって、例えばそれ用のレーダーを作ることは出来ないでしょうか?」と、中原博士が言う。
「そうか、スぺシーノ吸入装置には特殊金属を使ってますから、反射波の形状でそれと分かりますね。どういう電波が良いかテストしてみましょう。少し灯りが見えてきましたね。留市さんのお陰ですよ」
留市は佐田と中原博士の会話の意味はまったく分からないみたいだったが、取り敢えず褒められたので大喜びしている。
「……そう言えば、佐田博士……」
「どうしました?」
「いや、後々の話ですが、こんな危険な武器を作ってしまって、何らかのお咎めがあるだろうなって……」
「えぇそれは私も思って、覚悟はしてますよ」佐田は答えた。
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