第31話 疑惑

 五月の連休から七カ月が過ぎようとしていた。

一心は何故龍生が柴田の車を借りたのか? 運転したのか? 周辺を聞き取りしながら探っていた。

柴田議員の性格を考えれば親切に他人に車を貸すなど考えられない。遠距離を走ったなら理由になるかもだが、都内もわずかに十キロ走ったかどうかだ。休みを取った訳でもなく夜の九時から遠出するなど、考える価値もない。

……

「とすればだ、……」と一心は家族を前に自分の考えを喋る。

「とすればだ、安いドラマの筋からすれば、翔が運転してひとを撥ねる。逃げる。死んだかもしれないが確認する度胸も無い。そこでなまずるい翔は身代わりを考える……」

「せやなぁ、考えられん筋ではおまへんな」

静が頷いてくれた。

「ただよ。それだけで何で龍生を殺す必要あるんだ? 説明がつかんぞ」

例によって男みたいな美紗の鋭い指摘だ。

「それはな、美紗、助手席に知られたくない人物が乗っていたとしたらどうだ。龍生が翔のところへ駆け付けた時そいつがまだ傍にいて顔を見られたとしたら?」

数馬が妙案を思いついてくれた。

「なる、それ当たっちょるで」変な喋りは一助の得意技だ。静には直せと怒られているが、もう二十五歳、今更といって直そうとはしない。もういい歳だから大人として意識を変えるのが一般人だが我が家に普通人は一心だけだと一心は思っている。

「じゃ、そういう前提で今週一週間特化して当たってくれないか? 美紗は監視カメラをもう一度当たってくれ」

「せや、庵さんとこにいる田口裕子はんな、撃たれてまだ意識もどらへんやて、心配やわ」

「そうか、しかし、昼間のひとも多いとこで撃つなんて考えられんな。また、様子見に行ってくれな」

「へぇそん積りどす」

 

 数日して数百台にも及ぶ監視カメラの映像を、美紗はハッキングしてその車を探し出したと言って自慢気に結果を報告してきた。

「何日も掛かったが都道四三三号線沿いの監視カメラの映像に発見した。新宿から中野方面へ向かう道だ。

しかも、運転しているのは柴田翔で助手席に若い女性を乗せていた。勿論、時刻は九時十分前だから事故直前と言って良い」と美紗。

「おし、俺がその女誰だか突き止めてやる」数馬がえらい力を入れて言ったのだが、

「待て、俺この若い娘、どっかで見た……そう、翔の愛人米山沙織の娘で愛って娘だ。広島で会った」

一心は思い出して言った。

「あら、あんたはん、広島行って来はったのは聞いておましたけど、そないな若い娘におうてきたなんて、全然、まったく、一言も聞いておまへんで。どういうこっちゃ? 一心!」

眉を吊り上げ迫る静に一心は何も言えずにおろおろしていると、

「まぁまぁ、母さん落ち着け、一心は翔の愛人に会いに行ったらそこに娘がいた。そう言う事だろう」

言葉は可笑しいが美紗のその言葉に静の眉が普通に戻った。

「お、おう、そういう事だ」一心はやっとそれだけ言えた。

「偉そうに言うな、危なく母さんにパンチ食らうとこだったくせに」まぁうちのガキどもは口が悪い。

「おほん、翔は愛人のいることが報道されると、やばいと思ったんじゃないか?」

一心は咳払いをして、話を進める。

「この動画持ってくんでしょう」

美紗がそう言ってメディアをテーブルに置いて一心を見る。

「あぁこれで身代わりが証明できる。翔は死んだが龍生の無罪は確定だな。渋谷署の磯垣警部に渡して母親に報告してくるな」

 一心から情報提供を受けた渋谷警察が、柴田翔をひき逃げと死亡事故を起したとして被疑者死亡のまま起訴したことは言うまでもない。


 しかし、数日後渋谷署の磯垣警部から電話が来た。

「岡引さん、広島県警に捜査協力を依頼したら、助手席の人物は米山愛でない事がわりました」

「えーっだって写真に写ってたろ」

一心は警部の言うことがまったく理解できなかった。

「本人がそれは自分ではなく妹だと言ったらしくて、姉妹で撮った写真を出したんですよ。今それを転送したんで見てください」

一心は受信した写真を見て驚いた。

そこには、同じ顔をした女性がふたり写っていた。

「これ同じ人物じゃないのか?」

思わず訊いた。

「いえ、片方は米山愛で隣は腹違いの妹の土村環奈(つちむら・かんな)という柴田翔の贈収賄事件で取沙汰された土村建設の社長で愛人の土村楓の娘でした」

「確認したのか?」

「はい、私が本人に確かめたら自分だと認めました。父親が女性を撥ねて身代わりを立てたことも認めました。そして、警察へ行こうか迷ったようですが、父親に議員生命が掛かってる余計なことはするなときつく言われそのままにしてしまったそうです。しきりに済みませんでしたと言って泣き崩れてました」

「そうか、親のせいで可哀想にな」

「えぇ私もそう思います。それで環奈はまだ十九歳の学生なので罪を問えませんから、母親に事情を話して厳重注意しますと言って収めました」

「ほー気の利いたことやるじゃないか」

「ははは、ありがとうございます。でも、それ署長の指示なんで……」

 一心は家族とその写真を改めて見たが「同一人物にしか見えない」と意見は一致した。

そのくらいそっくりだった。

柴田翔が龍生を殺した理由がやっと腑に落ちた。

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