第19話 トリック
中原隼が自殺ではなく、依頼者の言うような他殺と仮定した場合、マンションに出入りした人間が必ずいるはず。
となれば、我が探偵事務所の得意技、監視カメラのハッキングの登場となる。
まぁそれはすでに始めていてそれが誰なのかは時間が解決してくれるはずだ。
もう一つ、その場合ドアの鍵が寝室の机にあったということで、ドアの閉まっている寝室にどうやって鍵を置くことができたのか?
これが解決できなければいくら被疑者が出たと言っても犯人にはなり得ない。
一応一心の頭の中では解決済みであるが、被疑者が浮き上がり警察が「だって密室じゃないか」と言った時に、「違う。そこにはトリックがあるのだ」と言って、実験をしてみて上手くいったら逮捕、という段取りを考えているのだ。
六月も後半に入って静が該当者を二名発見した。
地温悟(ちおん・さとる)と杉藤悠真(すぎとう・ゆうま)という渋谷のアパートに住む男だ。
柴田翔の秘書が、事件の二週間前にふたりを連れて議員会館近くのカフェに入るところを監視カメラに捉えられていたのだ。
一心はその映像をその秘書に見せて名前を訊いた。
言い渋っていたが「自分が連れて歩いた人間を知らないなんてあり得ないだろう! 何か秘密があるってことか?」
きつく迫るとその名前を白状したのだった。
一心は間髪を入れず金の流れを追求させた。
柴田親子と事務所の金の何れかが動いているはずだと考えたのだが、しかし出金側は見つからなかった。
ふたりの口座には五百万ずつ振込まれていた。
その為替電文をハッキングして振込した銀行のATMを特定した。
銀行の振込人の登録住所にあるはずのアパートはすでに解体されたと近所の人が教えてくれ、振込人を探すのを断念せざるを得なかった。
それでそこに設置されている監視カメラの映像から時間を特定して見てゆくと、有須磨北斗(ありすま・ほくと)という柴田の秘書に行き当たった。
何のことは無い、そのふたりをカフェに連れて行った秘書だった。
――ふたりの名前を訊いたときには知らんぷりしやがって、どこまでも面倒な奴だ ぷん!……
現金を一旦第三者名義の口座に入金しそこから振込連動出金したのだった。
その現金をどうしたのかは本人に聞くしかない。
柴田議員の事務所の口座から、振込みの二日前その額を超える現金出金はあるが、それを振込に使ったのかも聞き取りするしかない。
一心は静を連れて地温のアパートを訪れる。
先ずは実行犯だろう奴らを落してから秘書に迫ろうと考えたのだった。
名刺を出して名乗り、話を聞かせて欲しいと言うと室内に案内される。
別々に話を聞いても良いが面倒なのでこう切り出した。
「おたく、杉藤悠真って知ってる?」
地温は平然と「ああ」とだけ答える。
「あんたとその彼に同じ事訊きたいんで、ここへ呼んでもらうか一緒に杉藤のアパートへ行くかどっちが良い?」
途端にごろつきの目になって「なんでそんな面倒な事せんならんのよ!」と怒鳴る。
「にいさん、そんなでかい声出さんくても聞こえるから。で、どうなんだ!」
一心も負けじと怒鳴る。
その様子を見ていた静がにやりとする。
「何おかしいんだこの婆ぁ!」
刹那、静の優しそうな目付きがボクサーのそれに変わって地温を睨みつける。
えっと言う顔をして地温が「じゃ、ここへ呼びます」
急に丁寧な話しぶりに変わった。
静の殺気を感じたのだろう。お茶を淹れた。
「おぶを淹れてくれはっておおきにな」
静が少し大きめの声で礼をいうと地温はビクッとして「どうぞ」
程無く杉藤が来た。
「早速だけど、五月の二十八日におふたりは何処で何をしてました?」一心が問いかける。
「何時頃よ?」
「朝から夕方五時頃までの間」
「俺、パチンコ」
そう言ったのは地温。
「俺は、府中かな」
「その日は休業日だった。競馬はやってないよ」
一心が言うと「じゃ、パチンコ」と杉藤は言い直す。
両方ともでたらめなのは監視カメラに写ってるんだからはっきりしている。
「パチンコなら監視カメラがついてるから、何処のパチンコ屋か言って、すぐ確認するから」
そう言うと二人そろって
「いや、家に居た」と言い直した。
今時どこへ出かけたと言ってもそこら中に監視カメラあるから写っていないわけはない、ということに気付いたんだろう。
「ほーあるマンション近くの監視カメラにあんた方ふたり、写ってたよ」
杉藤が「なにっ!」振り上げようとする拳を地温が両手で掴んで止めた。
「止めろ、やばいからダメだ」そう言って顎で静を指し示す。
それで杉藤が静の表情に気付いて拳を下ろした。
「ところであんたその筋の?」
杉藤が一心に向かって訊く。
挨拶をする前に話し出してしまったのだった。
「あぁごめんごめん、俺岡引一心っていう探偵で、こっちは妻の静。一緒に探偵もやってる」
「探偵も? って何?」杉藤が訊く。
「分かんなかったら大人しくしていて、危害は加えないから」
一心がそういうと「ふふふ、あてを凶暴な野獣のように言わんでくれよし」
優しい声音で言う。
杉藤がおふざけのふたりに目くじらを立ててテーブル越しに静に掴みかかろうと中腰になった瞬間、ピシッと音がして杉藤が自分の顔を探っている。
「どうした杉?」と地温。
「いや、眼鏡が消えた……」
――ふふ、こいつらには何も見えなかったようだ。勿論、一心にも見えてないが……
地温が辺りを見回していると、ばらばらになった眼鏡がパラパラっと杉藤の頭に降りかかる。
「なんだ?」
そう言って掌でそれを受けて見るとフレームの破片だった。
「良かったな。杉藤さんあんたの顔にパンチ当たらなくって」
一心がそう言うと杉藤は腰を抜かしてしまったようだ。
尻もちをついて唖然として言葉もでない。
「しょうがないから浅草署に連れて行ってあとは警察に任せるか?」
「へぇそうしまひょ」
ふたりは言葉もなく従う。
一心はふたりを後部座席に乗せて車を出した。
少し後からワンボックスが続いて走り出したのを一心は気付かなかった。
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