第18話 義理と人情
一心は留市かなめの息子龍生の自殺の真相を探るために動き出した。
まず飛び降りの目撃者山向楊樹に会う。
その後の尾行とか急襲されたりとかがないかを訊いた。
「えぇ警察が自殺だと見解を発表するまでの間、刑事が警護に当たってくれていたので何もありませんでした」と言う。
ただ、山向が言うには、死んだ男が落ちてる間に悲鳴を上げたらしい。
覚悟の自殺ならそれは無い。
警察の反応も同じだったが、結局は上からの圧力でその証言は無視されたのだ。
やはり美紗のマッチング待ちしかないようだ。
柴田の事務所にも顔を出して手当たり次第に三人の被害者の話をして相手の反応を細かくメモしていった。
こういう地道な調べが後々調査を一気に進める材料になることを一心は身を持って経験している。
そうこうしているうちに美紗から朗報が入った。
「外務省の玄関の監視カメラの映像と飛び降り時刻の前後の同所の映像をマッチングした結果ひとり浮かんだ。外務省勤務の白石拓磨(しろいし・たくま)という人物だ」
と自慢気に言う。
そして「次、誰だ?」いつもの美紗の男言葉が飛び出した。
「んーと、恵子。佐田恵子な、隅田川で浮かんでたって言う」
一心が答える。
「おー」何処までも男言葉だ。
「少し休んで良いんだぞ」一心が少し優しいところを見せようとして言う。
美紗の返事は「おめぇと違って若いから大丈夫だ! へへっ」だと。
――このぉ胸くそ悪い奴め。……だがハッキング作業はまだまだあるから頑張ってもらわないと……
白石の勤務する課は龍生とは異なるし、その課へ行って訊いたが龍生と仕事をすることは絶対に無いとまで言い切られた。
それが証拠に白石の課の人間で龍生を知って者はひとりもいなかった。
そうなると白石の誕生以降に留市龍生との接点がなかったかを調べるしかない。
白石は生まれてから高校卒業までは広島だった。大学へ進学するため東京に出てきた。現在二十五歳。
一方の留市龍生は、母親のかなめこそ広島出身だが誕生から高校まで札幌に住んでいて、大学に入って東京に出てきた。現在二十七歳。
ふたりは二歳違いで同じ日邦大学に二年間の被りがある。
しかし、その東京でも住んでる区が違うし乗る電車も被らない。
あるとすれば学内だが、龍生は法学部で白石は政治経済学部だから授業以外で交流があったのか、という事になる。
夫々の大学時代の友人に聞き取りしたが交流を裏付けるような話は聞けなかった。
さらに、同時期に旅行したとか出張したとか、調べられる限りで本人や親をはじめ周囲の人物に訊いたのだが、無かった。
パスポートの渡航暦にもダブりは無い。
白石のスマホにハッキングして貰ったが龍生との繋がりは無かった。
ふたりに直接的な関りは無いと判断せざるを得なくなった。
それで直接外務省に白石を訪ねる。
その組織はかなり複雑なようだ。国内だけでも大臣官房と十の局があってさらに細分化されているようだ。
白石は大臣官房というところにいて在外公館との窓口の仕事をしているらしい。
留市龍生は国際法局というところに籍を置いてた。
夕方六時に待ち合わせのレストランに白石が姿を表す。
一心は立ち上がって片手を上げ白石を招く。
型通りの挨拶をし食事を注文してからおもむろに質問を投げかける。
「お電話でも訊きましたが、外務省国際法局の留市龍生を知らないんですね?」
「えぇ岡引さん、外務省には二千八百人以上の職員がいるんですよ。とても全員なんて覚えられないし同期でも無ければ顔を合わせることもないんです」
「えぇそう仰ってました。五月の連休明けの九日の夜はどこで何をなさってたでしょう?」
「ひと月以上前の話ですね。……んー正確には覚えていませんが、六時から七時には省をでてマンションに帰ってますよ」
「マンションはどちらです?」
「渋谷の西原三丁目のマンションでひとり暮らししてます」
「ほーそうすると通勤は駅まで五、六分で電車十五分。降りてからまた五分、六分といったところですね?」
「えぇまぁ大体そんなところでしょう」
「家に帰ってから外出されることはあります?」
「飲み会でもあればでますが……」
「留市龍生が亡くなったのは午後九時過ぎ、あなたは現場にいたんじゃないの?」
一瞬白石の目が震えた。探偵はこういう一瞬の動きを見逃さないのだ。
「い、いや、夜に省へ戻ってくるなんて無い!」
自身の怯えを隠そうとすると不自然に強い口調になるものだ。まさに今の白石がそれだ。
「あなた、一番恩があるとか、義理があるとか、その人の言う事は何があっても聞いてあげなきゃなんないってな人居ませんか?」
「なんで、そんな事聞くんだ?」
「まぁ食事が来たから食べながら話しましょう」
白石の食べ方を見ているとハンバーグの載っている皿をガチガチと叩くようにして、わき目もふらずに乱暴な食い方をしている。
心に動揺があって必死にそれから逃げようとしている証。
「白石さん、随分と腹減ってたんですね」
笑っていうと白石は辺りを見回して恥ずかしそうにナイフを置いた。
「あなたのその態度で、あなたが現場に居たってことわかりました」
「いえ、行ってません。証拠もないのにいい加減な事言わないで欲しい」
白石の口から言わせたい言葉が出た。
「証拠? 証拠ならありますよ」
目を見開く白石、言葉がでないようだ。
「外務省近くのビルの監視カメラにあなたが写ってました。それを見て俺があなたを呼び出したんですよ」
返す言葉を失ってただ呆然と一心を見詰める白石に
「恐らく柴田ですね?」
「失礼します……」
白石は返事をしないまま立ち上がった。
「あんたに頼みがある」と、一心は白石の背中に話しかける。
一瞬立ち止まる白石に「自殺はすんなよ! 殺人が自殺になって真実が闇に葬られ真犯人が野放しになる!」
白石はそのまま立ち去った。
翌日から一心は白石と柴田翔との関りを調べ始めた。
外務省の白石の同僚の女性二人を呼んで美紗に聞いた渋谷の飲食ビルの五階にある甘味処へ連れて行った。
そこは若い女性を中心に人気があるというだけあって店内は女性ばかりでほぼ満席。
店員に促されて席に着く。
「なんでも好きなものを幾つでもどうぞ」
静に言って財布の中身を少しだけ暖かくしてもらったので軽く言った。
勿論、一心はコーヒーだけ。
聞いたことも無い名前の注文を五つ、六つほどして「何訊きたいの?」
馴れ馴れしいお嬢さんと呼ぶか、お姐さんと呼ぶか迷う年に見える二人。
林さんと市塚さんと訊きもしないのに名前を教えてくれる。
「白石さんのことで……」一心が言う。
「あーやっぱり、で、相手はどんな人?」訳の分からない質問を返された。
「相手? 何か変わったこと最近なかったかなぁって訊こうと思ったんだけど」
「なんだ、お見合い調査じゃないのね。がっかりだわ。ねぇ」
「うん、絶対そうだってみんなも言ってたもん」
「ははは、それははずれ。で、どうなの?」
ふたりは顔を見合わせて林という女性が
「ひと月かもうちょっと前だったか彼落ち込んでなかった?」と市塚に言う。
「そうだったかなぁ、……あぁそれで柴田議員に助けられたって言ってたんだ」
「そうそう、地獄の底から天国へって感じだった」
「うんうん、そうそう」
「あの、楽しそうに話してますが、俺に分かるように話してくんないかな?」
そこへ幾つもの甘味物が出てきて、そっちが忙しくなって四十分は無口になって食べ続ける。
細身の身体によく入ると思ってふたりを眺め始めた途端に、
「あら、おじさん、私らの顔から身体からじろって見てそんなに食うからデブるんだって思ったでしょう。セクハラよねぇ」市塚が言うと「そうよそうよ」と林。きつい眼差しで一心を睨む。
「いやいやそれは偏見。話を早く訊きたいなぁって思っただけ……」冷や汗を掻く一心。女は怖い。
結局、二時間半かかって分かったのは、白石が相当に困っていたところを柴田議員が救った、というそれだけの事だった。
それで一万二千三百円は高過ぎだ。
ただ、ヒントをくれた。ふたりが、白石が電話で言った「スナック」と「女」というキーワードを覚えていたことだ。
次の日、再び白石をカフェに呼び出した。
「すべて分かりました」
一心はそう脅しをかけた。
えっと顔を上げて一心を見詰める白石。
「あなた、柴田翔に恩義があって、その為に夜の九時、外務省のビルの屋上から留市龍生を突き落とした。そうだね!」
自信たっぷりに迫力をもって言った。そして「あんた女性問題で困っていたところを議員に助けられたんだろう。スナックの姉ちゃんとかあんたが電話で議員と喋ってるのを聞いてたひともいるんだ」
当てずっぽうに言ったのだった。
―― 一万二千円もかかってんだ。吐け、このやろう……
白石はガクッと肩を落して頷いた。が、何も話そうとはしなかった……。
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