第35話 無人島

 十二月十四日、昼ごはんを食べながらテレビを見ていた一心は思わず目を見張る。

「テロ組織! 十五日午後四時八丈島の南の無人島を指定!」臨時ニュースのテロップが画面上部を静かに流れたのだ。

番組が切り替わり、その臨時ニュースを解説者付で取上げる。

「八丈島は東京の南二百九十キロ近くにある島で、指定の無人島はさらに南へ二十キロ行ったところにあります。そして島の中央部の空き地にある十字マークのところに現金を置けということのようです」と言って画面がコメンテーターを大写しする。

司会者は元警視庁捜査課長の川島通(かわしま・とおる)を紹介して

「どうしてこういった場所を犯人は指定したと思われますか? 我々だと周りがぐるっと海ですから逃げられないんじゃないかと思っちゃうんですが……」

「一つはその距離じゃないでしょうか? 東京からだと三百キロほどあるのでヘリか飛行機で現金を運ぶと思うんです。また警察は、犯人がヘリか船舶で逃げると想定しますから対策は取っているはずです。ただ、ヘリの燃料は満タンでおよそ二時間飛び続けるのが限界なんですね」

「はぁそうすると八丈島まで二時間かかるという事ですか?」

「いえ、一時間の距離です。だから往復を考えると、例えば無人島の上空で犯人を待つことは出来ないので八丈島で給油しなければなりません」

「じゃそうすれば何の問題も無いんじゃ?」

「一機、二機ならそうでしょう。しかし、あなた方報道ヘリは恐らく十機とか十五機とか飛ぶでしょう?」

「えっそりゃまぁ」

「すると早い者勝ちになりますよね。給油をその台数できるとは思えません。警察や海上保安庁のヘリや航空機を優先させるし定期便だってあるんです」

「そうすると、飛行機で旋回して待つことになるんでしょうね」

「だと、かなり遠くから島を見るのでそれで犯人をカメラでとらえるのは無理でしょうし、現金を誰が取りに来るのかも確認できないでしょう」

「要は警察以外の邪魔者を寄せ付けないため。と、いう事ですか?」

「はい、それがひとつあると思います」

「あと何か?」

「陸上で考えて見ると、現金にGPSとかが仕掛けられているんじゃないかと犯人は警戒するでしょうが、見つけるのは大変です。二億円入のジュラルミンケースで五十個、一億のだと百個にもなるんです。大変でしょう」

「探しているうちに捕まる」

「何故、振込等にしなかったのかというのはこの際無視して、無人島だとどうでしょう。さっき言ったように警察のヘリが上空にいたなら犯人は取りに来ないでしょう。とすると、誰もいない時間ができる訳ですよ。警察は犯人が動き出すまでGPS装置を睨んで動くのを待ってるんですから」

「なるほど、GPSを探す時間がたっぷりある。でも、それを外したとしてどうするんでしょう?」

「GPSを積んだモーターボートを走らせる、あるいはヘリを飛ばす。そうして警察や海上保安庁の注意をそっちに向ける」

「なるほど、その間に犯人は金を持って逃げるんですね?」

「はい、私はそんな風に考えます」

「わかりました。そう言ったことを警察も色々考えて対策をとって欲しいですね。犯人が捕まるのか? 明日はヘリが飛ぶ予定になっています。実況を交えながら生放送でお伝えします。川島さんありがとうございました」

一心はなるほどなと思った。

そして警視庁の万十川課長に電話を入れてあることをお願いした。

 

 翌朝、警察から報道機関宛て無暗に現場に近づかないよう要請があったようだが、すでに各社はヘリを飛ばした後だった。

そして八丈島に着くと夫々給油をする。

万十川も飛んだ。着いたのは午後三時だった。

空港ビルの会議室を借りて機材を運び込んでそこを臨時の本部とした。

海上保安庁との無線のやり取りもそこで行えるようにした。

窓の外を見ると置く場が無いほどヘリが並んでいる。

三時半に現金を無人島に置きに行くことになっていて万十川はそれに乗る。

金だけなら中型ヘリで十分なのだが警官も複数名乗るので大型を用意させた。

 

 上空から見ると無人島は円形に近い。全体が森に包まれ、島の西側は多くの入り江がリアス式海岸を思わせる。

それに比べると東側はサンゴ礁を思わせる。

そして島のほぼ中央に向け高度を下げて行くと三十メートルあるだろうか円形の空き地があって、白いペンキか石灰で引いた十字が見えてきた。

周囲の木々の背が高くほぼ真上からしか見えない。

「よくこんな場所探したもんだ」万十川は呟く。

荷下ろしに五分程要した。

見回したが誰も見えない、しかしどこかに潜んでいることは間違いないだろう。

そう思いながらヘリに乗り引き上げる。

島を一周したがそこ以外にヘリが着陸できそうなところは見えなかった。

ヘリは一旦南へ向かってから大きく旋回し八丈島へ向かう。

途中、海上に海上保安庁の巡視船と高速艇が並んでいる姿が見えた。

「ボートで逃げたら彼らがきっと捕まえてくれる」万十川はそう信じて呟いた。

八丈島に戻ったのが十分前。報道ヘリが次々に飛び立つ。警視庁のヘリも数機飛び立った。

「大丈夫かなぁ、犯人を刺激しないよう口を酸っぱくして言ってあるんだが、報道の奴らはやってしまえば勝ちみたいなとこあるからなぁ」

万十川が部下の刑事に呟いた。

「まったくです。十二機いました。何積んでんのか中型機や大型機までいます」

「あれじゃないか、飛行距離の関係ででかいと飛行可能時間が長いんじゃないか?」

「なるほど、金あるんですね」

「うちらよりよっぽど金持ちだ、ははは」

 

時刻になる。

「どうだ。GPSの動きは?」

万十川がそう言った時、緊急無線が入った。

「報道ヘリが一機墜落しました。何があったか分かりません」

「どこの会社だ!」

「DNBと機体に書かれています!」

「大日本放送だ! おい、すぐ本庁経由でヘリの乗組員どうなったか、何故墜落したか訊け!」

万十川が指示すると

「海上保安庁の高速艇とヘリが急行していると連絡が入りました」と通信係の刑事。

「何で、こんなタイミングで……」

「……警部、操縦士が撃たれたとのことです! 前面のガラスが割れたのと同時に操縦士が倒れ、額を撃ち抜かれていたと記者が言ったとのことです」

「その記者は、無事か?」

「わかりません。救助したと言う報告は入ってません」

「くっそー、犯人の仕業か……そうだ、金だ! 金はどうなった?」

万十川が怒鳴る。

少し間があって「警部、ジュラルミンはまだそのままあるそうです。GPSも移動した形跡ありません」

万十川が時計を見ると午後四時二十分だ。

「失敗か?」

事故の情報に保安庁も警察も救助を優先させたのは致し方のない事だ。

奴らはそれを見ていて取引を中止したのか……賢い奴らだ。

それから十分ほどして無線が入る。

「警部、墜落したヘリの乗員は海上保安庁に救助されたとのことです。操縦士だけが死亡しました。保安庁の職員が確認したところによると報告のあった通り額を撃ち抜かれ、且つ銃創は焼けて焦げ付いていたそうです」

時計は四時半をさしていた。

上空を報道ヘリが一斉に北へ向かっている。

「おい、どうしたんだ報道の奴ら?」

「操縦士が狙われたということが各社に伝わって、慌てて逃げたようです」と無線係りが言う。

「はぁ奴らはそんなバカじゃないだろう。報道なんか狙うか」

万十川は報道の意気地の無さに呆れた。

そして午後五時、「どうだGPS変化ないか?」万十川が問う。

「はい、そのままです」

辺りが暗くなって波が出てきた。

……

それからどのくらい時間が経ったのか、もう諦めて引き上げようかと考えている時、

「あっ警部GPSが動き出しました。島から北へ移動してます。速度が遅いからヘリじゃないです。モーターボートか小型のクルーザーじゃないでしょうか?」

「すぐ海上保安庁に連絡! 位置情報を伝えてやれ!」

 ――やっと動いたか、もうおしまいだ観念するんだテロ組織め。……

万十川はガッツポーズをする。時計はもう九時をとっくに回っていた。

「ボートは三十ノットで走っています。レーダー等付いていないボートです」と高速艇から無線が入る。

三十ノットは時速に直すとおよそ五十五キロになる。

海上保安庁の高速艇は最高速度は五十五ノット時速百キロ、巡視船は五十ノット時速八十キロの速さで航行できると聞いていた。追いつける、万十川は半ばホッとしていた。

海上保安庁は視界に入るか入らないかのきわどい位置を維持し、着岸したとき警察と連携して一網打尽にしたいと言ってきた。

勿論、警部は同意した。

……

 伊豆の富士市の田子の浦港に朝の四時ボートが着岸した。大型トラックが迎えに来ていて作業着姿の男が五人いると報告があった。

海上保安庁の高速艇と港内艇に警視庁と富士警察署のパトカーが一斉に赤色灯を回してサイレンを鳴らす。男らを取り囲んで拡声器で投降を呼びかけた。

それを聞いた万十川は思わず「やったー逮捕だーっ」と叫んでしまった。

周囲の刑事らもみな歓声を上げた。

「さ、現場検証へ行くか」スキップでもしたくなる気分でヘリに向かい足を踏み出した。

その時、

「違いました」

無線機の向こうで叫ぶ声がした。

「えっ何が違うんだ?」驚いて足を止め訊き返す。

「ジュラルミンケースを百個陸揚げしたところを警察が確保して、迎えに来たトラックの運転手と男四人も逮捕したんですが、ケースの中が空だったんです。モーターボートのふたりはケースを警視庁まで届けるように言われて五十万円貰って運んだだけのようです」

「じゃ、現金はどうした?」

「わかりません」

現金が消えてしまった。万十川は頭を抱えた。冷や汗が流れた。

「数百万とかの話じゃない百億もの金が、消えた? そんなバカな!」

思わず大声で叫ぶ。

モーターボートを海上保安庁が追跡していたから、別の船に移し替えることは不可能だ。

「じゃ何処で金が消えたんだ! くっそー」

思わず万十川は机を力一杯叩く。

「おい、島だ、島中捜索してみろ。全部見せかけで、実はまだ金は島に隠してるのかもしれない。俺も行く」

海上保安庁には海岸線を海側から確認してくれるよう要請した。

周囲十キロの小さな島だが森の低木や倒木、シダ類などの草のほか枯葉などが堆積していて足場が悪く捜索を邪魔する。

しかし、百億もの大金は相当なかさになるから分からないはずは無い。

重量も一億で十キロになるからその百倍千キロ、すなわち一トンにもなる。

ひとが担げるのは精々四、五十キロだろう。二十人は必要だろうがそんなに人がいたら分かるはずだ。何往復もしたとは考えられるが時間制約のある中考えずらい。それに足跡が残るはずだが空き地から外へ出たのは、真っすぐ海に向かっていて何回も往復したような足跡だけだ。それも沈んではいないから現金を運んだとは思えない。

「モーターボートに気を取られているうちに無人島から別の船とかヘリとか出てないか? 海保に訊いてみろ!」

万十川は願いを込めて叫んだ。

数分後「海保からレーダーにそう言ったものは一切写らなかったと言ってます」と報告された。

続いて八丈島の空港管制室からも同様の回答が寄せられた。

万十川はどうやって金を運び出したのか分からなかった。

「うわーっ! どうなってんだぁーっ!」思い切り叫ぶ。

 

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