第8話 悪意の芽吹き

 棚田は札幌文化会館での佐田博士と中原博士の講演内容を頭から否定し、それなりの理屈で学会メンバーを味方につけていた。

棚田の理屈、それを自身は間違っていないと確信しているのだが、心の何処かに何か違和感を感じていた。

そのもやもやとした気持を打ち消そうと酒に手を出す。

酔うと自信に溢れ准教授や助手を相手に佐田博士らの理論が間違っていると熱弁するのだが、酒が抜けるとやはりもやもやは抜けていなかった。

 スペシーノというフェルミ粒子が空間を構成し、重複せざるを得ないような力が加わるとスペシオンというボース粒子に相転移する。

スペシーノを引力にしか反応しない素粒子と想定したことが鍵となっている。

 スペシオンが一か所に加速度的に集中すれば、超高圧で超高温の状態が説明でき、ボース粒子としての臨界点を超えると爆発的に相転移を起し多くがフェルミ粒子となる。その時すでにフェルミ粒子の臨界点をも超えていてほぼ同時にまた爆発が起きて、解き放たれたエネルギーが十八種類の素粒子を産む。

一回目の爆発をインフレーションと呼び、二回目をビッグバンと呼ぶ。

そして段階を踏んで物質ができ重力の強い所に銀河が、そして恒星が生まれる。

そう考えると宇宙の始まりの謎が説明できてしまう。

 それに人類が住む天の川銀河にも存在するダークマターやダークエネルギーも、相転移できなかったスペシオンだとすれば、説明できてしまうところが<佐田・中原理論>の優秀な点だというのは認めざるを得ないだろう。

中原博士の新エネルギーの活用とは、スペシオンからスペシーノへの相転移を人工的に起すことができれば当然に新しい空間が造られるのだから既存の空間を動かすことになる。それを推進力とすることだと言っている。確かに物理的矛盾はない。しかも、素になるスペシーノは無限に存在する。

 

 大学時代の佐田博士は同級生の棚田より成績が悪かったのははっきりしている。なのに何故あんな風に理論が展開できたのか? 中原博士がいたからか? いや、違う。中原博士だって三年先輩だが学年トップという訳でもなかったし、いつも地味に失敗続きのテストをしつこく繰り返していただけじゃないか。

棚田は学年トップを何回も取っている。回数から言えば一番優秀なのは棚田ってことになる。

それが何故負けなければならないんだ。

考えていると眠れなくなり酒に手が出る。

そうだ、奴を妨害してやろう。奴さえいなければ棚田が一番だ。

そういやー白老の研究所で何やってんのかな?

バイト雇って調べさせるか……。

 

 四月後半になってバイトの写した動画が手に入った。

研究時には殆ど四人で活動していて、ほかに守衛が二名と助手が三名ほど手伝いをしているようだ。

時にはバスで学生がやってきて夜バスで帰るという事もあった。

テスト飛行で使っているのは掌サイズのもので空気を前後左右の四カ所から噴出して飛行しているようだ。

バトルではレーザー光を使っているようだ。

奴は研究だとかって言って武器を作ってんのか?

 

 色々と作業を頼んだ根島幸祐(ねじま・こうすけ)というチンピラをもう一度使おう。

棚田は、根島が札幌のゲームセンターで遊んでいるところをスカウトしたのだった。

「なぁ根島、もう一働きしてくれや」

根島はろくな学校を出てないが頭の回転が早い。それにちょい悪おやじっぽく陰のありそうな雰囲気が女性に人気がある。スカウトしたときにもふたりの女を連れていた。

「またあの研究所か?」

「まぁな、あそこでやってる実験の情報を掴んで欲しいんだ」

「どうやって?」

「それは任せる。何回か行ってるからやれるだろ?」

「二百万だな」

「ふふふ、金の亡者だなお前は……」

「それでも役立ってんだろ。じゃなきゃ何回も頼まん」

「ひと月で良いか?」

「もうちょいかかるかも知らんが、ま、良いだろう」

 

 

 引地は渋谷の庵の土地がなかなか手に入らないのでイラついていた。

高科を呼びつける。

「どうした。まだ売るって言わせられないのか」

「社長も知ってるだろう、うちの若いの四人も引っ張られた」

高科も言いたい文句が沢山ある。

「お前たちがバカだから捕まるんだ。何でうちの車使うのよ。誘拐っていったら盗難車使うだろうが、テレビでも観て勉強するんだな」

「社長んとこで真面目に日記なんか書いてるからだろうが」

「バカか何で使用者欄に正直に自分の社名書くのよ。ここの誰かの名前を適当に書いときゃ良いのによ」

「お前んとこの社員が日誌にうちの社名書け書けってうるさいからだろうが!」

高梨もだんだん腹が立って来たようだが、引地はもっと腹が立っている。

「なんでも良いから、お上がさっさとやれって言うからやってくれ」

「生徒は送迎バスだし、監視カメラついて塀に落書きもダメ、死骸も入れられない、誘拐も失敗……あとどうすりゃいいのよ? いっその事燃やしちゃうか?」

高科が引地に視線を走らせるが、引地は「俺は知らん。聞いてない」

「止めた。下手に放火なんかして死人でも出た日にゃこっちが死刑になるって」高科は足を組んで天井を仰ぎ見る。

引地が金庫から金を出してテーブルにバサッと置いた。

「一層の事、庵幸二郎を轢いちゃうか……」

高科が金を懐に入れながら引地に視線を走らせると、引地は「さぁな」と言ってどかっと座る。

「ただよ、お前に何か有っても俺のバックには大物がついてるから何とかしてやる」

引地は鼻を高くして言った。

 

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