恒星クジラは夢を見る
真っ暗な空間の中、俺はそこに立っていた。
地面など無い、だが自分が直立している事は分かる。地に足がついていないような浮いているような、どこかフワフワとした感覚を覚えた。
ああ、これは夢だ。夢が夢と分かる
プラネタリウムで星を見ていたはず。その心地よさから生じた睡魔に負けてしまったのだろう。なんとも情けない話だが、日ごろの疲れがあったのかもしれない。
なんにせよ起きなければならない。
だが明晰夢を見た事など無い、どうすれば目を覚ませるのか?ただ突っ立っていても仕方がない、夢の中を歩いていこう。
暗い、ただの一つも光が無い。
であるにもかかわらず、俺は自分の身体を目で認識できている。夢の中だからという理由で説明は出来るが、どうにも不可思議だ。さっきからずっと歩いているが、全くもってどこにも何にも到達しない。
うーん、どうすればいいんだ?理解不能な事だらけの普通の夢と違って、なまじ現実感があるせいで危機感が生じてくる。このまま真っ暗なこの空間から現実に戻れないんじゃないか、と。
そんな時。
闇の中のある一点から生じた光が、俺を、そして真っ暗だった世界を包んだ。
眩しいっ!
目を瞑っていても、太陽を見ているかのように明るい。腕に顔を押し付けて、どうにかこうにか光の奔流をやり過ごす。
少ししてから、恐る恐る目を開いた。
真っ黒な世界の中に散りばめられた、数多の輝きが生じていた。文字通りに星の数の宝石だ。前後左右上下、全てにその光が有って先程までの暗さは何処にもない。
そんな中で、俺の目は真っすぐ前を見ていた。
六つの緑の目と二つの胸ビレを持つ巨大な白鯨がそこに在り、それを背にする形で少女がこちらを見ている。
ちょいちょいと少女が俺を手招きした。
特に抵抗する気も起きず、俺は彼女に向かって歩んでいく。
「ようこそ」
少女の声が俺の頭に響いた。彼女の口は結ばれたまま全く動いていない。
「おーい、聞こえてるー?」
顔を覗き込んで、少女は俺の顔の前で手を振る。
だが俺は口を開く事が出来ない、何故か開かないのだ。
「あ、忘れてた」
少女がパチンと手を打ち合わせた。
「……あ」
俺の結ばれた口が開く。どうやら彼女が許さない限り、元から言葉を発する事は出来なかったようだ。それじゃあ俺が返事できないのも当然である。
「はい、改めてこんにちは」
「あ、ああ。こんにちは」
ニコニコと笑う少女に気圧されながら、俺は挨拶を返す。
彼女は、俺が知っている彼女ではない。
「ん~?どしたの?」
「いや、なんというか……違和感が凄まじくて」
「そうかなぁ。あんまり違いは無いと思うんだけどー」
「そんなに朗らかじゃないだろ、普段は」
「失礼な!」
ぽこっ!
俺の胴を少女が殴る。
だがそれは見た目そのままの一撃、少女の腕力だ。不可視の手でぶん殴られている普段と比べると、全く違う弱々しい攻撃である。
「くっ、ここでは力が封印されて……っ」
「なんだよ、その封印」
「RPGのマネ~」
「ノリが軽いなぁ」
ぴょんと跳ねて、片足を軸にしてクルリと回転。
普段のお人形さんとはまるで違う、好奇心全開で愛想満開の姿だ。
「で、ココどこなんだ?いい加減教えてくれよ、セイ」
「りょーかい」
ニコッと笑って彼女は敬礼ポーズを取った。
「夢の世界へごあんなーい、しました~」
「だろうな。そうじゃなきゃ、お前がそんなに饒舌じゃないだろうし」
そりゃそうだ、と俺は腕を組んで頷く。
「で、これは私の記憶。一番最初の」
「…………え?」
宇宙を泳ぐ恒星クジラの最初の記憶。それは一体どれだけ昔の事なのだろうか。
俺は今、とんでもない想像が頭の中に浮かんでいる。
「あ、ソレ正解」
「思考を読むな!」
「まあまあ、いいじゃん」
俺の頭の中を覗いておきながら、欠片も悪びれずセイは笑った。やはりその笑顔は違和感満載でどうにも居心地が悪い。
「ビッグバン、その前から私はいたよ。正確にはそれが起きた時に目が覚めた」
巨大な
「で、ずーーーーっと宇宙を泳いできた。時々暇つぶしもしながら」
「暇つぶし……」
俺は思い出す。
彼女が家に来た当初に何がしたいんだ、と聞いたら『暇つぶし』と答えたのを。つまり今まで、俺と同じように彼女と触れ合った者がいるかもしれないという事だ。
「で、地球を見付けた」
グオッと周りの星々が高速で動き、その中の一つに向かって俺達は突っ込んでいく。その輝きの一つは青い青い星、俺がよく知る地球だった。
「なーんか面白い事ないかな~って」
「俺の所に来たわけか」
「そ」
セイはニカッと笑顔を見せる。
「で、ご満足いただけましたか、お姫様?」
「うーん…………全然!」
「そこは満足したって言って欲しいんだが」
「まだまだやってない事だらけだから、ダメー!」
腕で大きくバツを作って彼女は意思表示。
「というわけで、これからもよろしくー」
「へいへい、分かりましたよ。……こっちからも一つ良いか?」
「なーに?」
首を傾げるセイ。俺はニヤリと笑って言ってやる。
「今のお前、めっっっっっっちゃ違和感がある」
「ひどーい」
あはは、と俺達は夢の中で笑った。
目が覚める。
人形の様な彼女と再会した。
ふ、と笑みを漏らして、俺はその頭を撫でてやる。
クジラの少女のと生活は、まだまだしばらく続きそうだ。
星のクジラと隣の少女 和扇 @wasen
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