第二十三話 恒星クジラは電車に乗る

 ビニール袋をガサガサ言わせながら、俺達は券売機へと向かう。


 普段は電車をあまり使わないので当然定期券は持っておらず、交通系のICカードも持ち合わせていない。というわけで、切符の購入である。今どきは切符を買う方が珍しいのかな?そんな事は流石に無いか。


 券売機の上にある、分かりやすく分かりにくい路線図を見る。俺が言いたい事、分かるかな。都市部の路線図は、目的駅が何処にあるか分かりにくいのよ。


 見つけ出した目的駅の乗車賃を確認して、それの往復分を券売機へと投入す―――あ、今は二人分だったな。


 セイは子供料金……と言いたい所だが、十三歳から十四歳くらいに見えるから大人料金だな。子供と言い張ればイケそうな気もするが、流石に危ない橋を渡る気はない。


 ジャーッと紙幣が呑み込まれ、ディスプレイに表示されたボタンがパッと色を変える。目的駅のそれを押すと、四枚の切符とお釣りが排出された。


「ほれ」


 行きの切符を一枚手渡す。改札を二人同時に通るのは無理だ、セイの分は自身でに入れてもらわなければ。まあ手のひらで隠すようにして投入すれば、他の人には分からないだろう。


 改札機に切符を差し込むとスルリと呑み込まれ、カシャンと小さな音を立ててから吐き出される。ちょうど取りやすい形に立ち上がったそれを摘まみ取り、俺は改札内へと入った。


 背後からカシャンと音が聞こえ、セイもまた無事に中へと入ってこれたようだ。振り返ると彼女は俺の事を見ている……何だか自慢げしているような感じがするんだが。『どうだ、ちゃんと通れたぞ』とでも言いたいのか、このクジラちゃん。


 悠久の時を生きていると思われる宇宙の旅人。地上に降り立った人の姿のそれは、なんというか随分と見た目相応である。


 ちょいちょいと手で呼ぶと、セイは俺の隣に駆け寄ってきた。改札出た先で立ってるの、次の人に邪魔なのよ。実際、すぐ後ろからやってきた人が迷惑そうにしてたぞ。


 そんな事など気にしない傍若無人な少女は、俺と一緒に歩いていく。電車が並ぶホーム、その中で一番早く目的地へと到達するものを確認する。


 おっと、普通電車が一番か。通勤ラッシュも終わった所、本数が減ってるからな。のんびり行ける、まあそれも良い事だ。


 口を開けて乗客を待っている電動ドラゴンへと足を踏み入れた。乗客はまばら、席もガラガラである。ちょうどいい、これでボックスシートに掛ければ悪目立ちもしないだろう。


 適当な所に腰を下ろし、電車の出発を待つ。


「あ、そうだ」


 窓の外を眺めていると、そこから見えたものでふと思い立つ。セイに席から動かないように言って、俺は一旦電車から降りた。


 向かう先はホームに設置された自動販売機。普通電車でゆったり行くのだ、飲み物を供にするのも良いと考えたのである。


 先程券売機から貰ったお釣りの小銭と、元から持っていたそれをチャリンチャリンと投入する。光を点したボタンとその上にある商品を確認した。


 俺は……無難に緑茶にするか。ボタンを押すと、ガタゴトンと商品が吐き出される。


 続いてセイの分について考える。パンを買ったからコーヒー……よりもフランスパンだし、紅茶の方が良いかな?ま、飲まなかったらそれはその時だ。商品排出の音とほぼ同時に、プルルルルとホームに音が響く。


「やべっ」


 出発の合図を受けて、俺は二本の飲料を手に小走りで電車へと乗り込んだ。駆け込み乗車、誠に申し訳ございません。乗ってしまえば走る必要は無い、歩いて席へと戻った。


「ほい、セイの分」

『褒めてつかわす』

「なんで王様っぽいの」


 セイの膝の上には先程買ったパンの袋、手渡しても仕方がないので窓際にトンと飲料を置いた。と同時にカキキとそのキャップが開かれる、行動が早い。


 俺もまた、小さめペットボトルの口を開けた。


 電車が動き始める。ゆったりと、続いて力強く。ホームが後ろへと流れ去り、分岐ポイントを超える時にガタゴトンと左右に強めに車体が揺れる。それに合わせて、緑茶の水面がチャポンと跳ねた。


 流れる沿線の景色が少しずつ少しずつ早くなっていく。見慣れているが見慣れていない、電車から見る街の風景はいつもと違った姿である。


 俺と同じように、セイもまた外を眺めている。


 住宅、駐車場、ビル、商店。居酒屋、ゲームセンター、家電量販店。


 多種多様なものが車窓を過ぎていく。セイにとっては、知っている物の方が圧倒的に少ない景色だろう。それを示す様にガラスに反射した彼女の目は、どこか輝いているように見えた。それは月の様に、ただの太陽光の反射であったのだろうか。


 ゆっくりと坂を上る。大地を走っていた電車が高架へと進んでいるのだ。窓の外の景色も自然と、その視点が上昇していく。水平方向に見えていた街は、次第に下へと移動していった。


 俺達よりもずっと大きいはずのバスがミニカーの様に小さくなる。高架に上がった事で、街の向こうまでを見渡す事が出来るようになった。


 ここらで一番背の高いビルの天辺までを見る事が出来、それよりも高身長なタワーの目がこちらと合っている。広がる田畑の様に、背の低い建物が大地を埋め尽くしていた。


 徒歩では街の中に埋もれ、車では悠長に景色を確認できない。飛行機では航空写真にしかならず、船では沿岸部を見るだけ。いま眺めているのは電車でしか見る事が出来ない、そんな街の姿である。


 恒星クジラの視点は更に高い。宇宙空間、月の隣からでは日本の国土が認識できる程度だろう。一つ一つの町をしっかりと見る事など出来ず、いま見ている景色を見る事など不可能だ。


 がさり、とセイが持つビニール袋が音を立てる。なんだ、もう食べ終わったのか。よく見たら紅茶のペットボトルも空になっている。


 景色を見て感動、なんて事は考えてないのかもしれない。ただ見える所にあるものを楽しんでいる、それだけの事なんだろう。


 そう考えて、俺はクピリと茶を口に含んだ。

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