第二十四話 恒星クジラは地下へと潜る

 のんびりした電車旅……という程の時間ではないが、まあそれを俺とセイは楽しんだ。空になったペットボトルとビニール袋をゴミ箱へと放り込み、俺達は改札から外へと出た。


 乗車した駅とはまるで違う、人々が行き交う巨大な駅。商業施設や格式高いホテルと繋がり、新幹線も止まるような場所だ。だが俺達の目的地は此処には無い、更に移動する。


 しかし図書館まではまだ距離がある、徒歩で行くにはちょっと遠いくらい。数駅ではあるが地下鉄に乗るとしよう。今回はウォーキングが目的じゃなくて、図書館で本を読むのが目的だからな。


 階段を下りる。改めて考えると、街の下に穴掘って電車通すとか正気の沙汰じゃないよな。初めに考えた人の頭の中は、いったいどうなっていたのだろうか……。


 セイがぴょんと階段を数段飛び降りる。地上にいる事も彼女にとって珍しい状態だろうが、地下へと進むのは更に驚きなはずだ。くるりと俺の方を向いたセイ、さっさと来いとでも言いたげである。


 …………見た目は人形、中身は暴君、道行く姿は可憐のひと言。俺に対しては二つ目しか見せてくれんがな。もうちょっと可愛げをだな。


「うおっ!?」


 そんな思いを抱きながらのんびりと階段を下っていると、ドンと背中を押された。危うく転げ落ちるところを手すりを握って耐え、誰の仕業だ、と振り返る。


 まあ、そうだろうな、と思ってはいたが誰もいない。犯人は俺よりも前に居る奴なのだから、当然の話である。


 セイならば転げ落ちても無傷だろうが、残念ながら俺はそんなに頑丈ではない。お望みの通り急いで降りて、その頭に手刀を叩き込んでやった。


 ライトグリーンの瞳が俺の事を見上げてくる。何も知らなければ愛らしい上目遣いだが、色々と知っている俺としては抗議されているとしか見えない。


 無表情無感情の顔で不満を表明するセイの額を、人差し指でツトンとつついてやる。その力を受けて、彼女はわざとらしく頭を大きく後ろへ反らした。


 そして頭を元の位置にもど


 ごんっ!

「うぐほっ!」


 後退した頭をそのままの勢いで前方へと振る。つまりは俺の胸辺りに頭突きを食らわしてきたのだ。


 人間ならば自分の痛みも考えて手加減するだろうが、セイに痛覚なんぞあろうはずがない。思い切りの頭突きは、ボーリングの球で殴られたのと同義である。


 俺は胸を抱えてうずくまった。クッソ痛ぇ……肋骨逝ってないよな?人気ひとけのない地下への入り口で、周囲に人がいない事だけが幸いである。美少女の目の前で胸を押さえて蹲る男なんて、不審者以外の何者でもない。


 べしべしと見えない手で、苦悶する俺の頭を叩いてくる。倒れた相手をいたぶるとは、随分良い性格をしているじゃないか。パンを買ってやった恩を仇で返しやがって……。


 痛みに耐えながら俺は立ち上がる。階段を下りただけなのに、なんだかどっと疲れたよ。何処かで休憩したいとすら思う。


 ああそうだ、ここには地下街があったな。喫茶店にでも入って少しだけ休もう、そうしよう。じゃないと俺のHP忍耐力が持たないよ。


 まだ衝撃が残っている気がする胸の真ん中を擦りながら、俺はセイを連れて歩き始めた。地下鉄の改札は素通りして、地下街の入口へと向かう。


 この駅の地下街は中々に広い。食事処から服屋まで、本当に一つの街がここに作られているのだ。いや、本当に作った人たち凄いよなぁ。


 照明が煌々と街を照らしており、地下にあっても暗い場所など存在しない。地下鉄駅へと向かう人の波と、地下街へ向かう人の波。二つが交差する事で街は人で満ちていた。


 地中にある店は、人が作る川の流れを受けて活気に溢れる。ネットで有名な食事処や古くから此処に店を構える老舗店も存在している。新旧入り乱れながら発展を続ける、そんな地下街なのだ。


 セイは並ぶ店とその商品、飲食店の食品サンプルを眺めて回っている。歩く人の邪魔にならないようにしているあたり、第三者への気遣いは二重丸。俺に対する気遣いはマイナス一億点だ。


 さて、それは兎も角としてどの店へ入るか。新しいカフェチェーン店があるすぐ近くで、古くからある喫茶店が客を迎え入れている。


 よし、今回は喫茶店へ入ろう。


 入口扉を開くと、カランコロンと入店のベルが鳴る。店長さんに促されて席に掛け、席に来た店員さんに注文を伝えた。


 少し待つと、俺が注文したカフェオーレが到着。甘いもので癒されたい、と今は強く思うのだ。うん、仕方ない事なのである。


 で、セイの方はと言うと。


「お待たせ致しました」


 コトン、と置かれる。


 そう、皿である。さっきデカいパン食べたのに、コイツの胃袋はブラックホールか…………いや、本当にそうなのかもしれない。太陽系よりデカいクジラの胃なんて、地球を呑み込んでも一億分の一も膨らみはしないだろう。


 そんな食いしん坊が頼んだのは、ケチャップの溶岩が鮮やかな黄色の山。老舗喫茶店と言えばオムライスかカレー又はハヤシライスである、俺の感覚では。


 ずずぅとカフェオーレを啜りながら、向かいに座る人形みたいな少女を見る。彼女の前に有る黄色の山は真ん中でパカリと割られ、スプーンで抉られている様に消えていく。


 このままだとスプーンが綺麗なままで怪しく思われそうなので、ちょっと使を演出しておくか……。俺のアシスト能力は高いのだが、誰かお金出して買ってくれませんかね、この腕。


 俺はまだ腹は減っていない、飲み物だけで十分だ。だがしかし、目の前でガッツリ食事をされるとどうにも落ち着かない。


 決して旨そうに食ってはいない、ただ単に黄色い山がジワジワ消えていっているだけだ。更に食っているはずの奴は、美味しさの感動を全く顔に出してはいない。だというのに、俺の食欲を刺激してくるのだ。何だコレ。


 うーむ、図書館で読み物をするために行くのだが、その前に腹が満たされると寝てしまいそうなんだよなぁ。


 …………我慢できん、軽食くらいは良いだろ!


 店員さんを呼ぶ。俺が頼むのは、たまごサンドだ。


 しばらくの後、ふわりとした白い壁に挟まれた黄色のが運ばれてきた。ただし中々の量である……これ、軽食か?この後の事は考えない事として、俺はサンドイッチを一つ掴む。


 ハグリと口に入れると、僅かに塗られたからしがピリリと食欲を刺激した。

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