第二十五話 恒星クジラは図書館へ
地下鉄で数駅、目的地へと到着した。
県内でも最大級の蔵書を誇る図書館である。入口扉を超えて中へと入ると、少しばかり歴史を感じる雰囲気に包まれた。過去からの繋がりを持つ建物、それは此処に長い時を掛けて多くの蔵書を集めてきた事実の証左である。
俺は目的の本のジャンルが決まっている、セイは旅行観光に関わる雑誌があれば良いだろう。まずは彼女の欲しがる雑誌か本を探すとしよう。
この図書館は一階と二階に数多くの書架を抱えている。その本棚には多くの書籍が収められており、どんな人が来たとしても目的の物が何処かには有るはずだ。
蔵書の検索システムもある、もしそういった物を扱うのが苦手なら司書さん達に声を掛ければヨシ。訪れる人が使いやすく、目的の本を手に取れるようにされているのだ。
一階でセイの欲しい雑誌を探す。いくつかの旅行雑誌を見付け、俺はそれを手に取った。さて、次は俺の目的の書籍だ。
二階へと上がる。こちらの方がより書架の背が高く、収められている本もどちらかと言えば専門的な物が多い。硬い本、とでも言い表せばいいだろうか。
書架に示されたジャンル種別等を元にして、自分が求める本を探す。
この辺りか?いやもう一つ隣か?近くまでは来ていそうだが…………。
背表紙をこちらに見せる本たちをなぞるようにして確認し、横へ横へと進んで行く。そんな俺をセイが追ってくる。
お、あった、これだ。
随分と昔に書かれた、その身から歴史が滲む本。とある地方の歴史に関する書籍である。本が傷付かないようにしながら引き出し、その表紙と裏表紙を確認する。
決して豪華ではない、だが深みのある
これで目的の物は入手した。あとはこれらを読む場所だが、手を使わないセイの読書スタイルが目立たない端っこの方が良い。
問題が無さそうな場所を探して歩き回る。世間一般には平日ゆえに、館内の人はかなりまばらだ。書架に隠れるようにして設置された、人のいない机と椅子を見付ける事が出来た。ここならば大丈夫だろう。
向かい合わせになって椅子に腰を下ろす。持ってきた雑誌数冊をセイの前に置き、俺は鞄からノートを出して机に広げた。
読書&調べ物開始である。
図書館は静かな場所だ。喋っている者がいたとしても小声で周囲には響かない。だからこそ集中できる空間であり、時期が来れば学生が勉学の為に集まる。俺も学生の頃は図書館で勉強したなぁ……。ノートを広げていた時間の半分くらい寝ていたような気もするけど。
今は仕事のためにノートを広げる。お金を頂くための下準備、途中で寝るなどという
目的の情報が書かれているページを開いた。文すべてではなく、要点だけを抜き出してノートへと書き写していく。
ぱらり、と向かいで音がする。セイもまた、雑誌と向き合っているようだ。俺はそれに安心しながら、書物とノートに向き合い続ける。
かりかりかり。
ぺら、かさ、ぺら。
俺達の机には、ペンの音と紙を捲る音しかない。
元々俺達の会話は片方が文字での意思表示、一般的なそれとは違って静かだ。俺も別に饒舌ではないので、必然的に我が家の日常は音少なである。
居心地の悪い沈黙というのはよく有る話だが、俺達の間でそれは無い。そもそもがセイは言葉を発せないので当然と言えば当然だ。
彼女もそんな事は一切感じていないだろう。もし感じていたとするならば紛らわせの為に、俺はもっとボコボコにされているはずだからな。
俺は実家を除くと誰かと同じ家に住んだ事は無い。大学は親元から遠い所だったので下宿していたが、ちゃんとしたアパートだった。就職した以降も独り暮らし用の狭い住居だったし、ライターになって軌道に乗ってから今のところへ越したが勿論独り。
つまりはセイが初めてだ。人類が初めて遭遇した地球外知的生命体が最初の同居人とか、地球上で誰一人想像も出来ない話だろう。
……日本人なら、そういう話を思いついてアニメとかで作りそうだな。もしかしたらこの図書館の中にも、そんな話を書き記した本があるのかもしれない。そんな可能性を抱かせる日本人、恐るべし。
本に書かれているのは、どれもこれも著者が作り上げた一つの世界。特に物語に関してはその色が強く、読んでいるだけで引き込まれる。
だが俺はそれを、セイにあまり読ませたくないと思っているのだ。
なぜか、だって?向かいで大人しく雑誌を読んでるクジラちゃん、どんな事でも可能にする物理法則無視の上位存在。
ファイアーボール!って呪文を唱えたら、本当に火炎弾を撃てるんだぞ?殺人ビーム撃とうと思えば、修業なんて無しに実行できる奴だ。世界のパワーバランス、一瞬でぶっ壊れる。
せめてもうちょっと人間を知ってもらってからじゃないと……。ああくそ、俺は保護者か何かか?まったく、勘弁してほしいぜ。地球の平和が俺の手の中にあるとか、冗談じゃない。
馬鹿馬鹿しい話だ、フッと鼻で笑って顔を上げた。
ん?セイがいない、どこ行った?
さっきまで大人しく旅行雑誌を読んでいたはずの少女が姿を消していた。机の上には雑誌が開いたまま置かれている。催して席を立ったと普通なら考えるが、セイに限ってそれは無い。
となれば、雑誌以上に気になった何かが存在するという事だ。
俺は席を立ち、何処かへ行った同居人を探す。背の高い書架が邪魔をして、周囲を見回す事が出来ない。本を探した時の様な案内が出ている訳も無いので、当てもなく探し回る事しか……。
だがあんなに目立つ奴だ、視界に少しでも入れば絶対に気付く。ぐるりと二階を見て回ったが、セイの姿は無かった。人がいなくなっている、みんな帰ってしまったのか。まあ元々が少なかったからな、変な話でもない。
一階へと降りる。ああそうだ、受付の司書さんならあいつの姿を見ているかもしれない。ちょっと聞いてみるか。
受付へと足を運んだ、が。
「誰も、いない?」
貸出手続きなどで絶対に誰かいるはずの場所、そこに人がいない。よくよく周りを見て見れば、一階にも誰一人存在しなかった。
がらんとした図書館、その中に居るのは俺一人だ。
どういう事だ、これは。何が、起きている……?きょろきょろと周りを見る俺の目に、チラリと白い姿が入った。セイだ、間違いなく。
「おい、そんな所に、いた……の……か…………」
そこにセイはいた。何故か、白のワンピース姿で。
そしてその手に持っていたのは、異世界転移した主人公が消滅魔法を使って活躍する異世界ファンタジー作品だ。
いや、そんな。
「セイ、お前……まさか…………」
返事が書かれたメモは飛んでこない。
代わりに、セイはスウッと手を俺へとかざして―――
がだんっ!
「ぅおっ!?」
身体がビクンと跳ねた。
何故か俺は調べ物をしていた席に掛けている。目の前には開かれた資料とノート、書き写していた文字は途中から波打ってミミズが這ったかのようになっていた。
顔を上げると、そこには変わらず雑誌を読みふけるセイの姿。
ああ、なんだ。ただの夢か。
よくよく考えてみれば、さっきのセイは本を手で直接持っていた。目の前の彼女は不可視の手で雑誌を浮かせているというのに。
はは、と小さく笑いが出てしまった。地下街で食べた軽食が思いのほか睡魔を誘ってきたようだ。何とも変な夢だったな。
俺は首を横に振って意識を覚醒させて、再び仕事へと向き直った。
セイが雑誌から僅かに視線を外す。向かいのモノを映した瞳がキラリと光ったのに、俺が気付く事は無かった。
後に俺はその意味を知る事になる。
帰りに無理やり立ち寄らされた焼肉屋で、肉を破産するほど食われたのだ。
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