第三十六話 恒星クジラはファイトする
「痛ってぇ……」
しこたま殴られて左半身がガッタガタである。
冷蔵庫から麦茶を二つのコップに注ぎ、ソファへと持って行く。セイの鬱憤ゲージは解消したような、していないような。机に置いた麦茶が一瞬で消えた所を見ると、興奮状態にあるのは間違いない。
つんつん、つんつん
今度は殴打ではなく腹への軽い突き。人差し指を立てた状態で、相手の関心を惹くための行動だ。
「お、どうした?まだボコられ足りな、ぐふぁっ!」
腹へのツンツンがズドンに変わる。
『別ので勝負』
メモ用紙は果たし状だった。
「ほほう、良い度胸だな。じゃあちょっと待て」
ゲーム機からディスクを取り出し、別のディスクをセットする。
リアルファイトでボコボコにされたお返しに、今度は俺がボコボコにしてやるぜ。
というわけで今度は対戦格闘ゲームである。頭身の高いちょっとリアル目のキャラクターを操り、相手と一対一で戦うのだ。
先のレースゲームよりも更に顕著に、選択するキャラクターごとの違いが大きい。接近戦が得意なキャラもいれば、遠距離が強いのもいる。もっとトリッキーな動きを要求される上級者向けのキャラもいたりして、中々に戦略幅が広いのだ。
で、俺はスタンダードなキャラクターを選択。まあ無難な所である。
現実でのスタイルを投影してか、セイはちょっとトリッキーな奴を選んだ。間合いは滅茶苦茶広く大火力だけど戦略立てが難しい上級者向けのキャラ、こりゃサンドバッグに出来てしまいそうだ。
そして始まる、第一試合。
「喰らえっ」
下手に接近すれば大きく体力を削られる、ならば近寄らなければ良い。可能な限り距離を取り、ひたすらに遠距離攻撃のコマンドを入力し続ける。
バシッ、バシッ、と順調にセイのキャラにダメージが入っていく。有効な反撃方法など彼女が知っているはずがなく、大技のコマンドを入力できるような技術も無い。
一方的な勝負となり、一切のダメージを負う事なく俺は勝利した。
ガツンッ
「痛てぇっ」
後頭部をグーで殴られた。ふ、子供だなぁ。
見下す感じで俺はセイの事を見た。彼女はいつもの通りの無感情フェイスだが悔しがっているような、俺の顔に苛立っているような雰囲気を漂わせている。
第二ラウンド。
今度はセイが攻めに転じた。
距離を取られればボコボコにされる、なら接近し続ければ良い。非常にシンプルだが最適解と言える戦法だ。ガンガン攻めて、ドンドン前進である。
「ほほう、やるな」
さっきまでコマンドなんて知らなかったセイが、たどたどしくはあるものの技を出してきている。一戦だけで上達の兆しが見えているじゃないか。
猛然と責められている事から、流石にノーダメとはいかない。上手くガードしつつ俺は反撃の機会を探っていく。
大振り、大振り、大振り。
技、入力ミス、入力ミス。
セイはとにかく俺に多くのダメージを食らわせられる攻撃を選んでいる。搦め手など無く、全力全開のぶん殴りだ。
となると対応は簡単である。
大振り攻撃は確実にガード、偶然出せた技は回避する。そして生じる入力ミス、そこを突いた。
弱パンチ、中パンチ、強キック、浮き上がらせ攻撃。
流れるようなコンボでセイのキャラを押し返し、反撃不能な状態へと追い込んだ。そして、今こそ出すべき技がある!
「仕舞いだ、奥義!」
ジャカカッと素早くコントローラーにコマンドを叩き込む。ジャキィと音が鳴り、キャラクターの最終奥義が放たれた。当然、セイのキャラがそれを回避する事など出来はしない。
K、O!
画面中央に決着の文字が表示された、俺の完全勝利である。
ドズン
「おぐっ!」
俺の胸に思い切りのグーパンチがねじ込まれた。
ああ、古い思い出の中でショータ君にやられた、必殺!超回転バーストスクリューパンチを思い出す。あれも格ゲー後の喧嘩だったなぁ。俺の滅殺!炎龍覇王焦熱撃で迎え撃って打ち倒した幼き日の記憶……。
『もっかい』
「へいへい」
『同じキャラは禁止』
「あいよ」
『両手使うのも禁止』
「コントローラーすら握らせない暴挙!」
どうやら負け続きのセイは必勝法を編み出したようだ。相手にコントローラーを操作させなければ確実に勝てる……そりゃそうじゃ。そんなもん対戦にならんだろうが。
べしべしと頭を叩いてやって、そんな姑息な手は止めるように教育してやる。流石に冗談だったようで、今回に限っては反撃してこなかった。
別のキャラクターに変えた俺、セイはさっきまで俺が使っていたキャラを選択する。うわぁ姑息。自分を苦しめたキャラなら俺を苦しめる事が出来る、と考えやがった。
だがしかーし!そんな事でやられる俺では無いのだ!キャラ性能は重要だが、それ以上に操作技術こそがものを言う。初心者が上辺をなぞって勝てる程、格ゲーの底は浅くは無いぞ!
再度始まる俺達の戦い。
さっきよりは善戦しているものの、所詮は初心者。容易く打ち崩し、簡単に勝ててしまう。一般的な子供であれば歯を食いしばって、ぐぬぬと唸りそうな状況である。
第二ラウンドが始まる。するとセイの持っているコントローラのレバーがあっちへこっちへ滅茶苦茶に動き始めてボタンが乱打され始めた。
これは、いわゆるレバガチャ戦法!小技を出そうとしても上手くいかない、破れかぶれの乱暴操作だ。動きも攻撃も規則性が無くなり、初心者同士の戦いでは有効な戦法と言える……かもしれない。
しかし、戦法が無くなるという事は隙だらけという事。適切なガードをしなくなるわけで、生じた隙をチョンチョンと突いていけば崩す事は容易だ。
多少のダメージは食らいつつも、やはり圧勝と言える結果で俺は勝利する。画面では先程と同じく、セイのキャラは地面に倒れ伏していた。
チラリと隣の少女に目を向けると、膝の上にあるコントローラーが震えている。人間で言うならば、わなわなと身体を震わせている、そんな状態だろうか。
そしてそんな状態になった子供が次に何をするかなど、分かり切っている。
コントローラーは弾丸の速度で、画面の中の勝者を貫いた。
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