第八章

第三十五話 恒星クジラはチェイスする

 旅から戻って数日。資料を纏めたり、写真を整理したり、記事を作ったりと俺は酷く忙しい。文章書きとかは旅に限った事じゃないからな、どうしても仕事が重なる時があるのだ。


 そんな俺に対して、セイはソファに座ってぼんやりと?テレビを見つめている。 暇そうにしている、うん、ほぼ確実に。


 仕事以外の時間に投げ飛ばされたり。俺が風呂に入っている時にお湯ドラゴンを召喚したり。夕食の準備中に使う予定だった材料を勝手に食われたり……これはいつも通りだったか。


 まあ何にせよ、クジラ退屈ゲージに鬱憤エネルギーが段々と溜まっているようだ。


 しかし仕事がミッチミチに詰まっているため、今は遠出が出来ない。仕事があるのは良い事だが、セイとしては構ってくれる奴が別の方向を向いているのが気に食わないはず。


 どうにかして少し不満解消をしなければ。最悪、商売道具のPCに彼女のちょっかいの矛先が向かう可能性もあるのだ。流石にそれは避けたい、明日からご飯食べられなくなっちゃう。


 家の中にある雑誌は全て消費済み。セイが楽しめる物、何処かにあっただろうか……。


「あ、そうだ」


 ピンと閃き、俺は収納スペースからそれを取り出す。


 リビングのソファの上で着席姿勢のまま、なぜか上下に跳ねているセイ。そこまで暇だったか、これは危険な状態だ。


 テレビの前に座り、持ってきた物を接続していく。ええと、この線は何処に指すんだったか……?ああ、こっちだこっち。


 セッティング完了し、その電源を入れる。


「よかった、動いた動いた」


 テレビ画面にゆっくりとメーカーのロゴが表示された。十年近く収納に放置していたが、無事に起動してくれて助かった。


 取り出してきたのはテレビゲーム機。ネットワークに繋ぐ機能など無く、コントローラーも有線接続だ。最新のものに慣れている人からすると、不便の塊であるかもしれない。


 ゲームに関しては、ここしばらくはPCでやってたからな。複数人で同じ画面を見て、一緒に遊べるものが無いんだよな。


 起動したのはレースゲーム。デモ画面の中ではキャラクターたちが熱いデッドヒートを繰り広げている。


「これで遊んでやろう!あ、ズルは無し。ちゃんとコントローラー操作してくれよ?」


 やりかねない事を想定して釘を刺し、コントローラーの一方をセイに渡す。彼女はそれを受け取り、膝の上に載せた。


 …………本当に分かってるだろうか?


「返事は?」

『早くあそぼ』

「おいこら、ちゃんと返事しろ。ズルは?」

『しなーい』

「はい、よろしい」


 セイの隣にドスンと腰を落とす。


 俺の言葉を素直に聞くあたり、そうしないと遊んでくれないと理解しているようだ。犬が飼い主の言う事を聞くように教育する感覚だな、コレ。セイの行動からすると、犬よりも猫の方が正しい気もするが。


 あ、こいつクジラだっだわ。


 キャラクターとコースを選択し、ロード画面に遷移する。ロード中の表示が動いているが、中々次へと進まない。古いゲームあるある、ロードがクソ長い。


 ようやくレースが始まる。


 さん、にい、いち。


 スタート!


 ブオンッ、と俺のキャラクターが加速してスタートダッシュを決めた。セイの方はゆっくりと走り始めている。


 普段は振り回されっぱなしだが、ゲーム技術に関しては俺に一日いちじつちょうがある。経験なしの初心者に負けるような可能性は、ただの一つも無いのだー!


 直線を一気に駆け抜け、素晴らしいコーナリングを見せる。妨害アイテムを入手し、それを後方へ向かって投擲とうてきした。もちろんその的はセイが動かしているキャラクターである。


バコンッ


 真っすぐに飛んでいったアイテムは、それはもう綺麗にセイを撃った。コミカルな音を立てて、画面の中でキャラクターがキュルキュルとスリップ回転する。


バコンッ

「痛てっ!」


 ダメージが入る。画面の中ではない、現実リアルの俺にだ。左肩をそこそこの力で殴られたのである。妨害されたのが気に入らないのだ。


 ふふふ、ざまー見ろ。普段のお返しだ、クジラちゃん。いつもやられっぱなしじゃ無いんだよっ!


 俺が一位を突っ走る中、セイは最下位に甘んじている。俺が背後から妨害アイテムをぶつけ、彼女を周回遅れに追い込んだ。


ガンっガンっ

「ちょ、痛いっつの」


 連打。

 昔、友達のユージ君と遊んだ時に俺が圧勝して殴り合いリアルファイトに発展した事を思い出す。セイはゲームで相手に手を出す有害ゲーマーであるようだ。


 だがしかーし、暴力に屈する気はない!そんな事で俺を止められると思うな!


 ゴールテープを先頭で切る。俺のキャラクターが映る画面右半分に、デカデカと一位の表示と紙吹雪のエフェクトが散った。


 その隣で、セイのキャラクターがコース横の池に入水している。普通の初心者プレイヤーでも突っ込まないような、ただの飾りみたいな池だ。


 どうやら、セイはゲーム音痴である。…………これは良い事を知った。


どすっ、どすっ

「こら、やめろ」


 思う通りにいかない鬱憤を晴らす様に、彼女は俺の脇腹を殴る。不可視の手は二本だけじゃない、コントローラーを扱いながら打撃も出来るとは実に便利だな。


 普段ならば怒る所だが、今回に関しては許そうじゃないか。ただの負け犬の、いや負けクジラの遠吠えって奴だな!…………クジラって吠えるのかな?


 結局、セイのキャラクターがゴールテープを切ったのは、俺に数十打食らわした頃であった。


 すぐにセイがメモを飛ばす。


『もう一回!』

「よーし、良い度胸だ!コテンパンにしてやるぜ!」

『ぼっこぼこにする』


 再びロード画面が始まり、新しいコースが表示された。


 キャラクターたちがスタート地点に並んで、その時を待っている。


 さん、にい、いち。


 スタートと同時に、先程と同じく俺は急加速。


 今回もこちらの勝利は変わらないようだ。


ぼこっ、ぼこっ


 そして宣言通り、俺はボコボコにされるのである。

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