第三十七話 恒星クジラは勝利する

 癇癪かんしゃくを起してテレビを破壊したセイ。流石に度が過ぎている事から俺はちょっと強めに𠮟りつける。説教を受けている間、彼女はなんとなく、しゅん、としたような感じで俺を見ていた。


 画面中央に大穴が空いてバチバチ音を出しているテレビを直す様に指示をすると、セイは謎の宇宙パワーで瞬く間に修復を完了した。


 テレビゲームでの対戦継続だ。


 レース、格闘とやって、次はパズルゲームが良かろうとディスクをセットした。


 ポップなキャラが楽しそうに画面の中で跳ね、デモ画面では上から降ってくるピースを揃えて華麗に消しているプレイが表示されている。


 いわゆる落ち物パズルと言われるやつだ。今だとネットで世界中の人と対戦するゲームもあるが、俺の家のゲーム機にそんな機能は無い。もしそれがあってセイにプレイさせたら、どこかの誰かの家にリアル落ち物が降ってくる事になる。


 そうならなかった事に安堵しながら、俺は彼女にコントローラーを渡す。今度は破壊行動を行わない事、癇癪を起さない事を厳命して。


 キャラクターを選択するが、それには特に性能差は無い。つまりパズルバトルは技術勝負である。


 という訳で対戦開始。


 で、一瞬決着。俺、完敗。


 ば、バカな……っ!


 恐ろしく強いとか、そういうレベルじゃない。手も足も出ない、勝ち筋が全く見えない。常に最大速度でピースを落とし、一度たりとも失敗無し。連鎖は全く途切れることなく続き、俺の反撃への対処も完璧だ。


 ズルをした……感じは無い。となるとコレは、純粋なセイのゲーム技術と言う事になる。さっきまでのポンコツっぷりは何処へ行った?レースや格ゲーと違って、パズルのように正解例が絞られるゲームには強いのだろうか。


『大勝利』

「ぐっ、オメデトウゴザイマス」

『いえーい、よわーい、よわーい』

「ここぞとばかりに煽って来やがるな、このクジラ……」


 クソガキとはこういう事を言うのだろうか。無表情無感情な顔でありながら乱れ飛ばしてくるメモによって、確実に俺の事を見下しているのが分かる。それだけ喜んで頂けて何よりですよ、こんちくしょう。


 ネットワーク機能が無くて本当に良かった。このスキルだと目立つ上に、相手を限りなく煽っていきそうだ。実力のある超絶有害プレイヤーになってしまう。


 そう思いながら試しにもう一戦。勿論相手にもならずに瞬殺された。


 うむ、ダメだ。パズルゲーでこいつに勝つのは不可能だ。何か別の物にした方が良いような気はする。だがセイは止めようとしていない、そりゃ自分は気持ちいいもんな。


 そんな彼女は、哀れな最高難易度CPUを血祭りにあげている。敵は魔王っぽいキャラなのに、一ミリたりとて手も足も出ていないのは実に可哀想。一番強い奴がサンドバッグにすらなっていない、となるとこれ以上にセイと戦える相手はいないのだ。


 三十分もかからずに、このゲームの終着点に辿り着いたな……。放っておいても良いが、歯ごたえの無い相手ばかりですぐ退屈するのは確実だ。


 別のゲームを、と思うものの俺もあまり多くを持っていない。あと残っているのはノベルゲーとスタンダードなRPGだけである。文章を読んでいくゲームを彼女が気に入るとは思えない。


 かといってRPGは……。


「あっ」


 手にしていたディスクがふわりと浮いて、俺の手から離れる。セイが持ち上げたのだ。振り返るとコントローラーを膝に置いたまま、じぃっとこちらを見ている彼女がいた。


 早速、パズルゲームに飽きたようだ。


『これ、やりたい』

「そ、それかぁ……」


 宙に浮いているのはRPGゲーム。剣と魔法の世界で勇者が旅をする、非常に分かりやすいストーリーだ。反面で戦略の幅はかなり広く、装備や魔法などはプレイヤーによって全く変わると言って良い。


 セイの得意不得意を考えると、確実に不得意な方のゲームだ。


 だがしかし、俺が気にしているのはそこではない。


 剣と魔法、ゲームは魔法がある世界である。そして俺の前にいる少女は、魔法以上の異常を出現させる力をもっている。


 やろうと思えば、セイは魔法を使えるのだ。


 強力な魔法を一切のレベル上げ無しに発動できる、現実世界で。試しに使ってみようと彼女が考えて放ったら、ビルが一つ即座に消し炭になってしまう。


 その危険性を自ら呼び込むのは。


 いや、短い間だがセイの人間性……クジラ性はよく分かった。こいつは無邪気であって、決して邪悪ではない。他人を積極的に害そうとはしておらず、そもそも地球にやって来た時に影響が無いように自身を変化させている。


 つまり、何の理由も無く破壊魔法を撃って人を殺す事など無いのだ。


 ただし、俺を除く。

 俺の運命や如何いかに!


 じーっと俺を見てくるセイ。許可を求めているというよりも『さっさと準備しろ』という顔だ、表情は変わってないけど絶対にそう言ってる。


「分かった分かった、準備するからディスクを寄こせ」

『まかせた』


 ゲーム機にディスクをセットし、タイトル画面が表示される。


 冒険が始まった。


 王様からはした金を受け取って装備をちょっとだけ整える。街の外で魔物を倒し、レベルアップを重ねて次の街へと勇者は歩んでいく。仲間と出会いパーティーを形成し、更なる強敵を打ち倒しにダンジョンへと挑んでいく。


 道中は勝利ばかりでは無い。ダンジョンのボスに葬られ、まさかの雑魚敵に敗北する。どこへ行けばいいのか分からなくなって世界中を彷徨さまよい、突然の強敵と遭遇して血祭りにされた。


 そんな苦難も含めて俺達は戦い続け、遂にはラスボスの目の前まで到達する。接戦、苦戦、大激戦。倒したと思ったら第二形態へと移行し、ボロッボロの状態で連戦を強いられた。


 だがしかし!それらを全て跳ね除けて、勇者セイは世界を救ったのだ!


 …………ぶっ通しでRPGをやるとは思わなかった。一度の休憩も身じろぎも無しに、彼女はゲームに没頭したのである。もうちょっと小分けにして遊んだほうが楽しいと思うよ?


 家にあるゲームはこれで打ち止めだ。


 ふーむ、そのうち新しいゲームを買うとしましょうかね。勇者セイに救ってもらわなければならない世界ゲームは、それこそ星の様に沢山あるのだから。

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