第六話 恒星クジラは名前を貰う
帰宅、そしてスーパーで対価を払って得た戦利品を冷蔵庫に仕舞う。ササっとポテトチップスを回収した少女は、それを机に置いて食べる事無く観察している。いや、もしかしたら中身は消滅していってる可能性はあるが。
彼女と向かい合わせになるように椅子を移動させる。ちょうど二人の間に筒状のポテトチップス容器が生えている状態だ。いや、凄ぇ邪魔。まあいいや、とっとと本題にいこう。
「お前、名前は?」
昨日の夜に突然現れて、一晩過ごして本日昼前。事ここに至るまで名前を聞いていないのは、我ながら何とも間抜けである。いや、それ以上に色々とインパクトがありすぎたのが問題なんだよ。
今まではすぐに宙に浮かんでいたメモ用紙が、今回は遅い。何かを悩んでいる、いや回答に困っているのだろうか。もしかしたら『名前』という概念が無いのかもしれない。
そんな事を考えていると、メモ用紙がポテチタワーの頂上で看板の様にすぅっと立った。そこにはたった二文字だけが書かれている。
『無い』
予想は的中だった、よく考えてみればそりゃそうだ。
太陽系よりも巨大なクジラ、群れで存在するようなものでもないだろう。となれば、他者に自分の事を説明する機会も無い。『自分』を示す固有名詞など必要ないはずなのだ。
わざわざ無を漢字で書いたのは『ない』という名では無いと示すためである。案外気遣いの出来るクジラである。いや前言撤回、気遣いが出来る奴がリビングで水遊びして盗み食いしたりはしない。
だがしかし、そうなると途端に面倒だ。
「うーん、無いかぁ。街でどう呼べば……」
腕を組んで
ぱこん
封を開ける事も無く空になったポテトチップスの容器が倒れた。コロコロと机の上で転がるそれを倒したのは、少女が浮かび上がらせた一枚のメモ用紙である。
『名前を付けて』
ロズウェル事件が真実でなければ、人類初の宇宙人との邂逅。そしておそらく、地球外生命体から命名権を貰った人類は俺が最初だろう。責任重大、だがしかし俺には教養などというものは無いのである。
「え、えぇ~。なまえ、名前かぁ……」
眉間に皺を寄せながら、俺は目を瞑る。
くじら。
いや流石に安直すぎる。というか人の名前では無かろうよ。
適当な女性名。
思い浮かばない。彼女いない歴=年齢だっつの。
会社の同僚女性の名前。
ありえん。呼ぶ度にその人を思い出してしまう。色んな意味でNG。
母親の名―――
論外だ!恐ろしいにも程がある!マザコン&ロリコンとか
ポチとかタマとか。
ペットかよ!流石に少女に「ポチ~」とか呼びかけてたら今度こそ捕まるぞ。
ふーむ。自分の想像力の貧困さが恨めしい。まあ女の子から急に「名前を付けて?」なんて言われる機会、ファンタジー作品でしか見た事ないからなぁ…………。
あ、アニメの登場人物はどうだ?いや、うーん、著作権的に……いや別に名前だから良いんだけど、そのキャラクターが頭の中を通り過ぎるよねぇ。
恒星クジラ。
むっ!閃いたぞ!
じゃあ、
他に思い付くような名前も無い、これで良いだろ。クソ凡人な俺の安直な命名、著名な学者先生とかから石投げられそうだけど仕方がない。今この場所には俺しかいないんだからな!
名前を付けて、と印字された宙にあるメモ用紙を掴み取り、それに
「恒星クジラ、から一文字取って
漢字一文字を書いたメモ用紙をビシッと見せつける。今までと同じく、特に感情も何も無い顔なクジラの少女。じぃっと紙を見続け、そして。
『安直でつまらない』
同じメモ用紙、その俺の側に文字が現れる。
くっ、ダメだったか。
そう思った時。
『でも満足。今から星、セイが名前』
追加で文字が現れた。どうやら俺がひねり出した名前で満足して頂けたようだ。責任重大な任務を成し遂げ、俺はふぅと一息吐いた。
そんな俺の頭を、ふわりと浮いたポテチ容器がポコンと叩く。なぜ叩かれたのかは不明だが、心なしかクジラの少女、セイが微笑んでいる様に見えた。
ばこんっ
「痛ってぇ!」
かなりの勢いで横から襲い掛かって来たポテチ容器が俺の頬をブッ叩いた、結構痛い。前言撤回だ、セイは決して微笑んでなどいない。俺は達成感から幻覚を見ていたようだ。相も変わらず、超常生命体の考える事はよく分からない。
テレビでは昨日と同じく、恒星クジラについて特集番組が放送されている。SNSでは撮影された写真が乱れ飛び、動画投稿サイトでは宇宙関係の有識者チャンネル登録者が爆増している様子だ。
JAXAのホームページがダウンし、政府が情報収集している。どうやら国内での異常が無いかを確認しているらしい。昨日のJAXA会見は、あくまで国民のパニックを防ぐための速報だったようだ。そのおかげか国内では大きな騒ぎは起きていない。
イラスト投稿サイトでは、早速擬人化された恒星クジラちゃんが投稿されている。美少女が僅か一晩で山ほど量産されていた。日本人はブレない、こういった場合の安心感は凄まじい。
で、その騒ぎの中心である超常生命体はというと。
『面白い』
俺の隣でソファに座り、人々の祭りを楽しんでいた。
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