第七章

第二十九話 恒星クジラは高速道路を行く

「マジですか!?」


 俺がそんな声を上げたのは一週間前。その電話の相手は俺の親類である。受け取ったのは悲報ではなく、途轍もない朗報だ。


「是非お願いします!」


 当然ながら、彼から出された申し出を二つ返事で承諾した。


 これは良い事が起きた、仕事にも力が入るというものだ。ついでに言えば、この朗報もまた仕事の糧とする事も出来そうである。どちらにしても、一週間後が楽しみだ。






 今日も車を走らせる。白の半そでボタンシャツにタータンチェック柄のロングスカート、黒ソックスに白ローファーを履いたクジラを助手席に乗せて。


 トランクルームには俺のスーツケースが置いてある、今回の外出は今までと異なって泊りがけの旅なのだ。セイの持ち物が何も無いので、一人旅の荷物量のままである。


 だがしかし、後部座席には一人旅では不要だった物が置かれているのだ。


 二リットルペットボトル多数、パンやらおにぎりやらの食料品も一杯。買い出しに行って、これから帰る所かと思う程の状態である。


 それらは全て、セイ用のおやつだ。


 そう、この程度はおやつにしかならない。というか地球上の物の何を出してもおやつ以下である。


 前のショートケーキのように自分で食べ物を創造できるくせに、コイツはとにかく食べたがる。人間体としては経口摂取していないが、味とか分かっているんだろうか。


 早速後ろでガサガサと音がしている。包みのビニールを外さずに、中身のパンだけを食べているのだ。これは想定よりも早く無くなりそうだな……。


 さて、なぜこんな買い出しをして出発しているかというと移動距離が長いからである。更に途中で停まれる場所が限られているのだ。


 車は今、高速道路を走っているのである。


 以前の滝とほぼ同じ移動時間。だが移動距離は比較にならない程だ。途中で細かくコンビニや道の駅があるような下道とは異なり、高速道路上ではPAパーキングエリアSAサービスエリアだけが休憩可能な場所である。


 である以上、急に腹が減っただのなんだのと言われても対応が出来ない。だからこその事前準備、予防措置なのだ。


 下道とは違って、高速道路には一般的な信号は無い。渋滞などが無い限りは停止する事は無く、目的地までノンストップだ。高速道路に近い目的地に行く場合、高速は下道の三分の一程度の所要時間。これは距離が延びれば延びる程、その差が広がっていく。


 とはいっても安全のためには休憩は必要。無理な旅程は計画のミス、当日に挽回しようとするのは危険の一言だ。


 …………はい、セイの食い意地を見誤ったのは俺の移動計画の失敗です。こりゃ、予定以上にSAとかに寄らないといけなくなりそうだなぁ。


 都市高速などとは違い、今俺達が走っている道は山の中を突っ切る形で作られている。今回は都市部から離れていく形であり、平日である事もあってか同じ方向へと進む車両は多くない。


 大型連休の時の様に、PASAが車で一杯で大変!みたいな事は経験しなくて済みそうである。この調子なら渋滞も全くなしに目的地まで到着するだろう。


 今日も高速にはトラックが多い。我々の生活を支える、物流の基礎を担っている方々だ。トラックドライバーにとっての戦場は、まさにこの道路であるだろう。


 だからこそ俺は敬意をもって、可能な限り彼らに配慮したいと考えている。合流や車線変更を妨げず、必要以上に車間を詰めない。強くブレーキを踏む必要が出るような乱暴運転は論外、煽り運転などは唾棄だきすべきもの。


 安全運転を心掛けると同時に、周囲の状況に合わせた配慮も重要である。


 前方と左右そして後方に注意を払いながら、急加減速と急ハンドルに気を付けて進んで行く。法定速度を守り、必要に応じて追い越し車線へと動く。追い越しを完了したら走行車線へと戻って、ゆったりと走る。


 猛スピードで追い越し車線を突撃していく車も見かけるけども、速度超過や車両通行帯違反で取っ掴まるぞ、ソレ。オービス速度違反自動取締装置もあるし、覆面パトカーも走ってるぞ?何よりも事故を起こさないでくれ、自分にも他人にも迷惑だからな。


 走り去る車のリアウインドウにそんな思いを投げかけ、俺は無理をせずに運転を続ける。速度を出せば出すほど、目に映るものを判別する時間が減ってしまう。必然的に神経をすり減らす事になるので、休憩が多くなる事もあり得る。急いだ行動が無駄になる可能性も、あるんじゃないかな?


 アクセルを踏む足に掛かる力を一定にし、ハンドルを握る手には必要以上の力を込めない。リラックスしながらも集中、その塩梅が重要だと俺は思っている。


 チラリとセイの事を見た。


 バチンと視線がかち合う。セイは俺の事を思いっきり見つめていた。


 一般的に、幻想的な雰囲気の美少女に至近距離から見つめられたならばドキドキするだろう。それは間違いなく恋心からくるものである。


 いま俺はドキドキしている、その理由は単純。


 後部座席に置いてある食い物と飲み物が無くなったのだ!!!


 俺を見るセイの目が訴えているのは『食い物ヨコセ』だ、間違いない。このまま放っておくと、前のトラックの荷台に乗っているであろう食べ物を掠め取りかねない。被保護者の罪は保護者の罪、つまりセイがやった犯罪は俺のせいになるのだ。


 貰えるものは貰う主義だが、前科なんて欲しくない。


 急がなければ。だが速度超過は良くない。


 なんだろう、この感覚。行きたいけど行けない、自分ではどうにも出来なくて我慢しなければいけない感じ。何処かで似たような事を経験した気がする。


 何だったか…………。


 ああ、そうだ。


 渋滞に掴まった際に催した、子供の頃に経験した感覚である。

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