第二十八話 恒星クジラはリスと触れ合う
存分に頂上からの展望を堪能したので、そろそろ帰る事にする。行きは己の脚で登ったが、帰りは楽をしてロープウェイだ。このあと運転もしなきゃいけないので、流石に、な?
こうして登ってみると、低山とはいえ中々に大変だった。しかしロープウェイでスッと上るよりも、登山をすると達成感があったな。体力的に問題が無いようなら是非チャレンジを!と記事に載せておくとしよう。
ま、それはそれとして疲れてるからな、さっさと帰って風呂に入りたい。
「ん?」
後ろからついてくる足音が無い事に気付いた。振り向いてみるとセイの姿が消えていた、アイツ頻繁に何処かに行くなぁ。探さないと。
頂上はそう大して広くない。あんな目立つ奴を見付けるな、という方が難しいというものだ。というわけで、すぐそこでに発見した。
「勝手にどっか行くなよ、ビックリするなぁ」
『気になった』
メモに書かれていた言葉、そして彼女が見る先。それが示しているのは、そこにあるものに興味を持ったという事だ。では何がそこにあるのかというと。
「リス村か」
建物の上に大きく書かれた文字が、その施設が何なのかを明確に示している。
「時間も問題ないし、入るとするか」
『わーい』
「喜んでいただけたようで何よりです」
やっぱり無感情な顔だが、飛んできたメモからは喜んでいる事が分かる。
料金を支払うと皮手袋と餌を渡された。リスに餌付けが出来るようだ。施設そのものはそう広くない。真ん中に木の枝が組まれた物が置かれており、あちらこちらにリスの巣穴替わりの箱や家が設置されていた。
探す必要もなくリスが駆け回っており、手すりのようなところで逆にこちらを観察しているような奴もいる。この施設の中じゃ、どっちが見られる側なんだか分からないな。
餌が載った皮手袋を差し出す。
差し出す。
さし……だす…………
うおぃっ!何で取ってくれないんだよ!目と鼻の先まで近づけているのに、時折俺の顔を見るだけで餌を取ろうとしない。
小さく鳴き声が聞こえた。
『お前の手からなんて食うわけねーだろ、バーカ』とでも言われているようだ。なんとも悲しい、俺は動物にまで弄ばれるのか……。試みにもう少し手を近づけてみたら、リスは手すりからピョンと飛び降りて走り去っていった。
誰かから既に餌を貰っていて、腹が一杯だったんだ。うんそうだ、そうに違いない。他の子なら食べてくれるだろう。
その後、あちらこちらのリスに餌を差し出したが…………。
なんでだろうな、誰も彼も俺のもとから去っていく。なに?俺の身体から何か出てるの?それとも動物が嫌うような雰囲気とか漂ってるのか?
「ん?」
背後が騒めいている。リスを驚かせない程度の騒ぎだが、何やら多少の興奮が伝わってきた。
俺も気になって、くるりと振り返る。
「おいおい……」
面白い事が起きていた。
頭、肩、腕、手、
勿論それは俺の家の居候。無意味に目立つな、アイツ。他の客たちがチラチラとセイを見て、コソコソと話をしている。先程のザワザワは、彼ら彼女らの声であった。
白髪の美少女、それに集まる動物、まるで絵本の世界みたいだ。そりゃ見るだろうし、連れと話もするだろう。
そろそろ出た方が良いな、写真を撮らせてもらっても、とか声を掛けられたら面倒だ。外見が目立つ以上、SNSにでもアップされたらプライバシーが消し飛んでしまう。
うーん、だが俺の持ってる餌どうしようか……。セイに渡してみるか、どうせ食われないだろうけど。もしダメなら係員さんに返すしかないな。
俺の持っていた餌をセイに渡してみる。ザザザッと彼女の体に留まっていたリスが手に群がり、一瞬で全てを持っていった。
…………俺、泣いていいかな。
リスを驚かせてしまい、引っ掛かれて物理的に傷付けられる人はいるだろう。だがここまで深く、精神的に傷付けられた人間はいるのだろうか。施設から出る時に係員さんから励まされたのも含めて、俺は悲しみを背負っている。
すぐ隣のロープウェイ乗り場へ向かい、窓口で料金を支払う。待っているとそれが上がってきた。
ゴンドラに乗り、少し待っていると扉が閉められる。今回の乗員は俺たち二人だけだ。がたん、と少し揺れてロープウェイは動き始めた。
正面に見えるのは先ほど頂上から見ていた街の姿。城から見るよりも近いため、少しだけ拡大されたような景色だ。
セイはゴンドラの一番前に陣取り、そこに付けられた手すりを握って窓の外を眺めている。この姿だけなら、年頃の好奇心が強い少女、なんだけどなぁ。
ゆっくりゆっくり、ゴンドラは街へと向かって行く。先日乗った電車や俺が運転する自動車と比べると、ずっと遅い移動方法だ。しかし山を上り下りする事を考えると、これほど合理的な移動手段は無いと言えるだろう。
そして何よりも、こうして帰りにも景色を楽しむ事が出来る。行きは頂上からの景色を楽しみとして、帰りはロープウェイのゴンドラからの景色に期待するのだ。最後まで山を楽しむ事が出来る、実に良い事である。
人間が造った良く知る街、あまり乗らないちょっと珍しい移動手段、世界唯一の上位存在、そしてそれらを眺める一人間の俺。何とも妙な取り合わせである。
景色を見ていたセイがくるりと振り返った。
なんだ、俺に何か用か。と普段なら言う所だが、今は少女が何を考えているのかが分かる。彼女の隣へと歩み、俺もまた景色の一つとしてそこに立つ。誰かが後ろから見ていたならば、ただの人間の俺も含めて面白い並びになっている事だろう。
そんな下らない事を考えながら、ゆるゆると近付いてくる街を見ていた。
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