第三章

第十三話 恒星クジラは仕事を覗く

 はい、朝です。

 青い空、白い雲、太陽燦燦さんさん。うーん、実に良い天気である。


 これだけなら文句はないの、これだけなら。


 ねえ、なんで俺、ベッドの上にいないの?なんで雲の上に寝っ転がってるの?


 どこだよ、ここ!!身体動かねぇし、どうやったら我が家に帰れるんだ!?


 こんな事やりやがった馬鹿クジラは一人しかいない。しかしその姿は見えない。上空一万メートルとかで放置なんて、冗談にしてもキツ過ぎる。


 温度とか酸素とかのキツさは無いので、バリアか何かで配慮はされている様子。……違う、違うんだ、配慮するべき箇所はそこじゃないんだ。


 何も無い青空をどうしようもなく眺めていると、背後の雲を突き破って何かが飛んできた。それは俺を追い越し、戻ってくる。


 白い四角形、メモ用紙だ。


『おはよ、良い朝』


 うん、そうだね。昇る太陽のイラストまで描いてあってカワイイね。


 …………あとで覚えてろよ、コノヤロウ。






 なんとか地上に生還した俺は真っ先にセイへと駆け寄って、その頭に手刀を叩き込んだ。これくらいしても良い、正当なる権利が俺には有る。


 朝飯の一品抜いてやろうか…………いや無駄だな、勝手に食われるだけだ。お仕置きにご飯抜きをやれないのは、中々に面倒である。こっちの手札が一枚少ないわけだからな。


 対する相手は好き勝手に手札を増やしたり、こっちの札を消滅させられるチート能力持ち。そもそもが勝負にならない、暴君が過ぎるぞ。


 そんな事を考えながら朝食を用意する。


 フライパンにバターを一欠け入れて過熱を開始、火力は抑え目だ。それが溶けたら六枚切りの食パンを一枚放り込む。一面だけをしっかりと焼いていく途中で上にスライスチーズを二枚、更に上に食パンを載せてサンドイッチ。


 片面に焼き色が付いてチーズが溶けてきたら、ひっくり返してもう一面も。本当ならここでもう一欠けバターを追加したいんだが、なにぶん高くてなぁ……。まあ雑に作る朝飯、そんなにレシピに忠実である必要などない。


 フライ返しでサンドイッチを上から圧し潰す。全力でやる必要は無い、そんなことしたら壊れるからな。イメージとしては、溶けたチーズが二枚の食パンをくっつけてくれるように、という感じだ。


 両面に良い焼き色が付いたら一旦まな板の上に置いて、スラリと包丁を抜く。食パンの角から角へ、対角線を思い浮かべながら刃を載せる。そして一気にザクッと一刀両断!手加減するな、中身が包丁にくっつくぞ。


 完成『ベイクドチーズ・サンドイッチ』

 栄養バランスなんて知らん、旨ければ全てが許されるのだ。


 普段ならば二つとも俺が食う。だが今は居候が在宅中、半分こである。二つの皿に一つずつ三角形を載せて、リビングのテーブルへと運ぶ。


 ソファとローテーブル、食事用の机と椅子。俺の家には食事できる場所が二つある、今回はソファで食べるとしよう。


 既にソファでスタンバイしていたセイ。…………食事の時だけは聞き分けが良い、まったくもって現金な奴だな。


 コトリと置いた皿の上にある三角の中から、トロリとチーズが溶けて出る。冷めてしまうと美味しくない、熱いうちに食べなければ。だが飲み物も必要、カップに冷たい牛乳を注いで、それもセッティングだ。


 そう大した物じゃないが、こういうのが朝飯にはちょうどいい。良い焼き具合の食パンがザクリと音を立て、それに挟まれたチーズがにゅーんと伸びる。パンに染みたバターの旨味も強く感じられて、実にグッドだ。


 俺もセイもあっという間に食事を終える。まあ、そう大した量じゃないからな。


 フライパン一つと皿一枚、まな板と包丁はお好みで。洗い物が少なくて済むというのも良いポイントだ。ササっと終わらせて、今日をスタートである。


 さて、昨日は休みだったが今日は仕事。部屋着から戦闘服へと着替え、リビングのセイに仕事に行く旨を伝える。さあ職場へと出発だ!リビングの扉を開けて一歩二歩と扉へと近付き、それを開け放った。


 先へと歩みを進め、そして俺は椅子に座る。


 はい、自室が俺の職場です。


 俺はフリーでライターをしている。メインは旅だが、それ以外にもちらほら色々。有難い事に太く繋がってくれている出版社さんが存在するから、不安定だけど安定している状態である。駆け出しの頃はエグイくらい大変だったなぁ……。


 PCの電源を付け、俺も脳内のスイッチを仕事に切り替えた。セイには絶対に邪魔をするなと厳命してある、何もして来ない事を祈っておこう。


 今日のスケジュールとノルマを打ち込んでいく。ウェブでの打ち合わせが昼前に一件、それ以外は記事作成の時間である。期限が短い方から数件、記事を作り上げるのが今日のノルマ、といった所だ。


 セイの寝床をリビングのソファにしたのは、寝室兼職場を荒らされるわけにはいかなかったからだ。俺の飯のタネを崩壊させられたら、それこそ首を吊らなければならなくなる。そうなったらなったで、どうにかするがな。


 腕を捲って記事を書く。音楽をかけたり動画を垂れ流したりもするが、今日は静かな環境で。


 今は!ほんとーっに!静かな環境が!欲しいんだよ!

 急にわんぱく放題の宇宙人を迎え入れたに襲撃されたんだ、落ち着く環境で仕事をしたいと考える俺の心を理解してくれ。


 カタカタカタカタ。


 静かな自室に打鍵だけん音だけが響く。集中している俺の耳にはそれ以外は入らず、脳は複数の事を並列で考えている。ただ単純に、漫然と文章を打ち込んでいるわけじゃ無い。色々と考慮しなければならない事が多いのだ。


 取材対象の方に失礼が無いように。誤解される文章の流れにならないように。何か別のものを否定するような書き方をしないように。配慮するべき場所は沢山ある。


 それと同時に、読者を惹き付ける内容を書かなければならない。過去に書いた内容とは違った形を目指さなければならない。成長と改善を絶え間なく続ける、それはどの業界でも必要なのだ。


 おっと、そろそろ打ち合わせの時間。これが終わったら昼飯になるな。


「こんにちは」

『どうも~』


 画面に現れたのは、馴染みの出版社の担当さん。親しき中にも礼儀ありではあるが、肩に力を入れて会話をするような相手ではない。とはいっても気を抜いて対応して良い人でもないがな。


 先に出した記事の反響、提案した事に関しての返答、今後の計画、等々。


 そして、やはりというか、今をときめく話題に話が繋がる。


『やっぱり次は宇宙関連は欲しいですよね~、もしくはク、ジ、ラ』

「ははは、そうですねぇ」


 俺の顔には笑顔の仮面が張り付いている。渦中のど真ん中にいる輩と会話しているなどとは、担当さんは夢にも思わないだろう。


 笑って話をしていると、画面の向こうの人が目を擦る。ん?目にゴミでも入ったのかな?そんな事を思っていると、担当さんの顔が段々と驚きの色に染まっていく。


『あ、あ、あ、あのっ』

「ど、どうしました?」

『う、後ろ!後ろ!』

「は?うしろって……」


 振り向いた俺の目に映ったのは、宙に浮いている一枚の皿。UFOが我が職場に出現していた。クルクルと回りながら、朝飯で使った皿が右へ左へ動き回っている。


 画面の向こうからは見えないだろうが、俺の顔には引き攣った笑みが浮かんでいる。やりやがった、やりやがったぞ、あの馬鹿クジラ。昼か、昼飯か、その催促かよ、こんちくしょうっ。


ダッ!


 椅子から跳ね飛び、UFOをとっ捕まえる。未確認だった飛行物体は抵抗せず、ただの白い皿へと戻った。


 さぁて、どうするか、どう言い訳をするか。あの驚き様から見るに、たぶん担当さんは心霊現象を見たと思っているだろう。白昼堂々と登場する皿廻しの幽霊とは、なんとも豪胆な奴がいたものだ。


 現実的な弁明をせねば。間違っても『クジラの少女が家にいる』などとは言えない。俺の頭が変になったとか、悪いものでも食べたかと思われてしまうからな。


 UFOを捕まえてから振り向くまでの数秒で、俺の脳は爆速で思考する。いくつかの弁明を思い付き、その中で一番良いものを選び取った。


「いや~、すみません。いま親戚の子が来てまして、皿に小っちゃいドローン貼り付けて悪戯したみたいで……」

『あ、ああ~、そういう事でしたか。Web会議で心霊現象を見る、っていうのを経験出来ちゃったのかと』


 二人して、わはははは、と笑う。

 一方は安心、もう一方は乾いた笑いだ。


 そうして打ち合わせはお開き。会議システムを終了させた所で、俺はようやく、ふぅ、と一つ溜息を吐く事が出来た。椅子の背もたれに大きく身体を預けて、大きく大きく伸びをする。


 うん、いつもの十倍くらい疲れたよ。


 だが、俺の仕事タイムはまだ終わらない。金を出さないクライアントから督促された昼飯の準備に向かうため、俺は仕事場を後にした。

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