第十四話 恒星クジラは外に出る
午後三時、お仕事完了。
いや、なんか随分と早くノルマ分が終わったぞ。俺の計画どうなってるんだ、設定した基準が甘々じゃねぇか。うーむ、更に進めるべきか、それともキッパリと終わらせるべきか……。
ズドッ
「ンぐっ!?」
PCと向き合って悩んでいると、両脇腹を不可視の指で突かれた。せめてメモで知らせてくれ、身体的攻撃は驚くから……。
今度は何の催促だ?まあ、おやつのために茶を出せ、とかだろう。よっこいせ、と立ち上がって仕事場から
ひゅぅっ、と風が吹く。ベランダへ繋がる窓が開いているのだ。そして、俺を呼んだ存在は、外にいた。
「おいおい、何してるんだ?クジラ……本体は今は見えないだろ」
声を掛けながらベランダ用サンダルを履く。
だが近寄った事で、セイが何を見ているかに気付いた。
上じゃない、下だ。街を見ているんだ。
どうやら部屋の中だけではご満足いただけなかったようである。仕事のキリも良い所、ご興味が向いていらっしゃるのであればエスコートしましょうかね。
今日は職質されないといいなぁ…………。
外行きの格好になったセイを連れてアパートから出発。
何処に行く予定も無いので、のんびりと散歩である。ただの道を歩き、角を曲がり、横断歩道を渡って。線路を跨ぎ、木陰を抜けて、声を掛けられ。疑われて、身分を聞かれて、クジラの一撃。
本日の外出ノルマをクリアする羽目になった俺は、げんなりとしながらも散歩を継続する。このまま歩き回るのも良いが、ノルマ以上に成果を出してしまうのは考えものだ。
というわけで、現在地周辺で平和に時間を潰せる場所を目指す事にした。
そう大した時間もかからず、目的地へと到着する。
昨日
昨今、危ないからという理由で姿を消していっているジャングルジムやシーソーがあるのも特徴なのだろう。俺達が子供の頃に当然にそこにあった物が消えていき、今ではそれがある事が特徴と語れるとは、何とも寂しい話じゃないか。
懐かしい思いと寂しさを
うちの子供は何をしているかというと……いや、本当に何してるんだ?ベンチに座るんじゃなく、その横でしゃがんでいる。じぃっと何かを見ている様子、俺も気になってそれを覗き込んだ。
…………何にも無いぞ?
そこにあるのはベンチの骨組みとその基礎、あとは地面だけ。宇宙を漂ってきたわけだし、地面自体が珍しい、とか?
いや待て、セイの目に映っているのはそれだけじゃない。大地を行く黒いつぶつぶ、蟻の行列だ。何処かからか巣穴まで繋がる一本の筋を、ただただ見ているのである。
てててて歩く蟻の線、何を考えているか分からないクジラの少女。その二つを身体を乗り出して上から見る俺。…………なんだこの状態。
しかし蟻は真面目なもんだ、文句も言わずに歩き続ける。世の労働者が全員同じようになったら、効率は一億倍になるだろうが幸福値はマイナス一兆になるだろうな。
かくいう俺も、こうして休みを入れなければ仕事を続けられない。何もしない、それをする。途轍もなく重要な事なのに、誰も彼もが軽んずる。余りゆとりがあるから歯車は回転する、ギッチギチでは動きが鈍くなるのだ。
聞いているか?世の経営者たちよ。
ああ、ごめんなさい!使えない奴認定して俺の仕事を奪わないで!頑張りますから!頑張って良い事書きますから!俺のお財布を干上がらせないで!
そんな無駄な事を考える。結局はなるようにしかならない、出来る事を出来るだけ、だ。やってやれない事は無い、でも無理を続けたらやれる事もやれなくなる。
…………ん?なんだか随分な時間を蟻観察に費やしてる気がするぞ?いや、まだ十分も経過してないな。これはセイが何かしたんじゃない、そういう集中をさせる力が有るのだ、蟻の行列には。
こんな小さな生き物に目を奪われる人間、それ以上に集中している恒星クジラ。セイからしたら、本来は人間こそが蟻の行列なのだろう。地球という小さな球の表面でトコトコ動いている何か、といったところかな?
いま蟻を興味深げ?に見ている姿を見るに、恒星クジラが月の隣に来たのはそういった事なのかもしれない。まあ、本人……本クジラが何も言わないので確証も何もあったものではない。
神にも似た超常存在の意思なんて、そこまで知りたいわけじゃ無いしな。もし万が一、人間では理解できない次元の話が飛んできたら恐ろしい事この上ない。
さて、公園に来て蟻の行列を眺めるだけ、というのも味気ない。セイにちょっとばかり提案をしてみようか。
「なあ、遊具で遊んだりする気は無いのか?超々特別に、一緒に遊んでやっても良いぞ?」
俺で遊ばれるよりは遊具で遊んでくれた方が良い。もちろんジャングルジムを怪物に変形させたり、シーソーが宇宙まで人間を跳ね飛ばすような殺人兵器にならない事が大前提であるが。
いやホント、冗談じゃなくやりかねないんだよな、コイツ。
俺の言葉を受けて、セイはすっくと立ちあがった。乗り気になったようだ。提案者を置き去りにして、彼女はスタスタと何かへ向かって一直線に歩いていく。
『これ』
公園にいる他の人には分からないように、俺の手の中にするりとメモが入り込む。それが無くとも、セイが見ている事で何に興味を示しているのかは丸分かりだ。
「ブランコか。…………俺、見てるだけで良いか?」
基本的に一人用の遊具。一緒に遊ぶという提案に対する答えとしてはちょっとばかり肩透かしである。いやまあ、一人で遊んでくれるのならそれが一番良いのよ。俺に被害が及ばないことが確定するからな。
と思って安心していたら。
「お、おいっ、なんだ?押すな押すな」
背中を両手で押されている、それも結構な力だ。必然的に俺は前進し、ブランコの座板の目前まで連行された。
ぐいぐいと両肩を上から押さえつけられる、座れということか。仕方なしに俺はブランコに腰を下ろした。
「なんだ、一緒に遊ぶんなら膝の上に乗るか?それとも隣の―――」
俺の言葉が終わる前に、またもや背中を両手で押される。今度は座った状態のまま前進、振り子の要領で弧を描く。
想像していたのは逆の役割だが、まあ良い。一応これも一緒に遊んでいるという事だからな。
押された力が有る地点で消失する。ふわりと一瞬だけ無重力を感じ、俺の身体は後ろへと振り戻されていく。帰ってきた俺の背にまたもや手が添えられ、大きな力で押し出された。
…………なんだろう、嫌な予感がする。
前進、後退、押し出し。
前進、後退、押し出し。
繰り返される一連の動き、だが変化している事がある。俺の到達する振り子の最高地点がドンドンと上昇しているのだ。
ああ、これはつまり。
「うおおおっ!?」
俺の身体は振り子の振れ幅を超えて、グルンと一回転した。
ついでに遠心力に負けて、スポーンと前方へと射出されたのだった。
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