第十九話 恒星クジラは道の駅へ寄る

 もう一時間程度走っただろうか。


 都市部の主要道路から郊外の大きな道へ。三車線の道の脇には、なぜだか自動車ディーラーの店舗が多い。これは何か理由があるのだろうか、単純に大きな店舗用地を確保しやすいという話かな?


 飲食店も多い。都市から次の都市までを結ぶ大動脈を行く、多くの人に休憩所を提供しているのだ。ああ、俺達の休憩所は此処じゃないからな。まだまだ前進だ。


 きちんとシートベルトをして大人しくしている同乗者は、今度は前を向いている。都市部と異なって信号で止まることが少ない、のんびり眺められる物が側面には無いのだろう。


 道は真っすぐに遠くの山まで繋がっている様に見えた。空は青く、白い雲が漂っている。遠い山の上には雲は無く、道が雲を裂いたかのよう。セイはそれを見ているのだろうか。


 運転中にはメモ用紙が飛んでこない、彼女もそこはわきまえている様子だ。うん、素晴らしい。普段も同じように配慮してもらいたいものだ。


 信号に合わせて停車したタイミングで、ドリンクホルダーに置いたコーヒーをクピリと飲む。ブラックの良い苦みが口に広がり、変わり映えの無い旅程で漫然となりかけていた目が少しパッチリした。


 含まれるカフェインに即効性などない、これもある意味プラセボ効果だろうか?単純に苦さが味覚から伝わる事で覚醒するのかもしれない。


 缶コーヒーをドリンクホルダーに戻す。意外と待ち時間が長い。歩行者信号がまだ青な所を見ると、もう少し時間がありそうだ。


 足はブレーキから決して外さず、ハンドルからは手を放す。車の天井は低いが、どうにかしてグーッと伸びをした。同じ姿勢を続けていた事で凝り固まっていた腕と背が解れていく。


 そんな時、俺の顔にメモがすっ飛んできた。


『無くなった』


 文字はそれだけ。だがその横にジュースラベルのペットボトルが描かれていた。


 ああ、後部座席に置いておいた飲み物が無くなったのか。一時間、案外もったものである。超高速で消費されたら、コンビニを見かける度に入らなければならなかったところだ。


「ちょっと待ってくれよ、休憩場所まであと少しだからな」


 フッと笑いかけてやる。


 べしん、と頬を叩かれた。何でだよ、痛い……。笑ってんじゃねぇ、さっさと走れって事か?それにしても、もうちょっと優しくしてくれよ。


 信号が変わった。ヨシ、狭い車内での小休止はこれで終わりだ。旅の中継地点として設定した場所まで、もうあと少しである。






 右ウインカーを光らせる。直進レーンから、そこへ入る為だけの右折専用レーンへと移動。対向車が来ない事を確認して、ゆるりと施設の駐車場へと進入した。


 駐車場はそれなりに広いが、建物に近い所はやはり利用者の車で埋まっている。そりゃそうだ、歩かないで済むならその方が良いだろうからな。


 だが俺は別にそんな事を気にしない。という訳で、周りに車のいない場所へと停車する。別に一キロとか歩くわけじゃ無いからな、歩けば良いだけだ。


 一時間ぶりにドアを開く。外の空気がさぁっと車内に流れ込み、頭がスッキリした。外気を取り込んでいたとしても、やはり密室である以上は空気が多少なりと淀んでいたのだろう。


 セイもまたドアを開いて大地に降り立っている。俺の家から見える景色と、この場所で見えるものはまるで違う。その違いを確かめるように、ゆーっくりと右を左を見回している。


 そりゃそうだ。見回して目に映るのは森の緑、駐車場から下を覗き込んだら、そこは沢。都市部からはかなり離れた場所にある、道行く人の休憩所。


 ここは道の駅である。


 消費し終わった飲み物の容器を手にして、セイに促して建物へと歩く。とりあえずはゴミ箱とトイレだ。…………二リットル容器って、どうすりゃいいんだろう。


 キャップを外して、ベキベキベキベキ丸めていく。ギリッギリ入る位に圧縮して、ペットボトルはこちら、のゴミ箱へと投入した。入れて良かったんだろうか……まあいいか、捨てる場所を間違えてはいない。


 炭酸飲料のペットボトルじゃなくて良かった、あの容器を丸めるのは不可能だからな。さてトイレ、と思った時にはセイが居なくなっていた。


 まあ大方おおかた、建物内へと突撃していったんだろう。誘拐とか絶っ対に不可能だからな、手を出すなよ?さっきのペットボトル並みに丸められて、沢に投げ捨てられるぞ。とっととトイレ済ませて、俺もお店を冷やかそう。


 セイはど~こに行ったかな~?変な調子を付けた問いかけを頭の中で流しながら、中々に広い建物の中を回る。


 こういう所の地の物を使った商品って、ここだけでしか手に入らないっ、て感じが良いのよね。高速道路のSA、PAとはまた違った良さがある。何というか、より狭い範囲に根が張っている、と感じる。


 というか、セイはどこに行った?そこそこ広いとはいえ、人でごった返しているような場所じゃない。物だらけで奥が見えないとかでもない。発見できないのはおかしいぞ?


 きょろきょろと辺りを見回す。あれだけ目立つ奴、どうやって隠れたのやら。少なくともこの建物内にはいる、のんびり探すとしましょうか。


 野菜と果物が並べられている。その袋には『○○県産』ではなく、個人の名前。これこそ狭い地場と繋がっている証拠と言えるだろう。スーパーに並んでいる物と違って多少不揃いであるが、こういうのが美味しかったりするのだ。


 行きの道程で買う必要は無い、帰りもここによる予定だからな、その時に買うとしよう。


 工芸品が置いてある。この辺りは森が近いからか、木工品が多い。多種多様なものが置かれているが…………あ、まな板欲しいな。帰りに一枚買っていくとしよう。


 そんな事を考えて歩いていると、見付けた。


 非売品の巨大な木彫り置物の前、それをセイが見上げている。彼女の背丈の二倍近くあるそれは、何とも大迫力だ。これを手作業で作った人がいるわけか、技術力が凄いな~。


「なんだ、気に入ったなら、何か一つ小さなやつ買っていくか?」


 気を利かせて提案してやる。一つなら数百円で済む、本当の意味で安い物だ。


 なーんて事を俺が目論んでいると、それを打ち砕く一撃が飛んできた。


『これ』


 宙に浮いたメモ用紙。それに書かれた矢印は、確実に目の前の巨大木工品を指している。いや、それ非売品なのですが…………。


 結果として俺は、ミニチュアサイズのそれを買い与える事にしたのだった。

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