第二十話 恒星クジラは沢で戯れる
十五分ほどの休憩を済ませて、俺達は道の駅を出発した。
町と町を繋ぐ道、都市部ほどではないがそれ相応に車通りはある。とはいえ前方の車は見えるがかなり先、後方の車もずっと後ろだ。
直線的な道路が多かった今までとは違い、山と沢に沿った形にうねりが生じている。まだまだ緩やかだが、より奥へ進んだならばそうはいかない。今から注意をしておかなくては。
ドリンクホルダーにはペットボトルのコーヒー。そればっかりじゃねぇか、と誰かに言われそうだが運転の際はコーヒーなんだよなー。お茶や水も勿論飲むんだが、気分的にな。
セイの方は……後部座席に六本の五百ミリリットルのペットボトルが置いてある。五割増し、どんだけ飲むんだ。バックミラーに目をやってチラッと見ると、既に一本目が半分くらい減っているな、早い。
彼女の側の窓からは山と森が見える、というか近すぎて岩肌しか見えないだろう。でありながら、セイは流れゆくその風景を見続けている。
何を思っているかは分からない。宇宙を泳いできた恒星クジラとしては、惑星の大地そのものをじっくり見る事自体が楽しいのかも?スケールが大きすぎて全くもって想像できない話である。
陸と宇宙から彼女が見る地球はどのように映っているのだろうか。
人間や多くの生物が生活し、日常を送る
それ以外にも思う所があるのかは分からない。宇宙から見た地球も、いま彼女の瞳に映る大地も、どちらも綺麗だと思ってくれているだろうか。昨今は環境破壊が叫ばれているが、完全なる第三者である彼女の六つの目にはどう映っている事だろうか。
車のウインドウが映す景色は、緑鮮やかで自然豊かな日本の山林。これを楽しんでくれていると良いんだが。まあ静かにしてくれているという事は、おそらく大丈夫という事だ。そう考えておこう。
右カーブ、左カーブ。うねる道に合わせて俺もハンドルを切る。遠心力が身体を引っ張らないように、速度を上手く調整する。
特に左カーブは気を付けなければ。もし右へ膨らんでしまったら、前から来るのは対向車だ。顔を合わせてごっつんこ、など真っ平ご免だ。
山に囲まれた小さな盆地の様な所に入った。左右には昔ながらの日本家屋といった感じの、
ずぅっと昔からここで暮らしている人たちばかりなのだろう。こうした場所を通ると何故だが『実家に帰省する』ような感覚を覚える。俺の実家とは似ても似つかないというのに、不思議なものだ。
隣のセイは、流れていく家々を目で追っている。俺の家の周りとはまるで違う住居の造り、面白いなぁ、とでも考えているのだろうか。
時折、渡していたメモ用紙がフワフワと空中に浮かんでいる。彼女が今、たとえ何かを書いていたとしても俺が見る事は出来ない。使い終わったメモ用紙はセイがすぐに消滅させてしまうため、あとで見る事も不可能だ。
今まで通って来た道よりもずっと細い、車二台がギリギリすれ違える程度の幅。運転に慣れている俺でも、こういった場所は少し緊張する。反対から大きめの車が来たら、中々に苦労するだろうからな。
幸いにして対向車は来なかった。だがしかし、俺達は更に奥へと向かわなくてはならないのだ。
道路幅は遂に車一台分となる。万が一にもお向かいさんが来たら、すれ違える場所までどちらかがバックするしかない。こういった場所は、絶対にバイクの方が気が楽だな。
より慎重にハンドルを握る。絶っっっ対に車体を擦りたくはないからな。修理費も馬鹿にならない、やらかしてたまるか。
右へ左へ、カーブはよりキツくなる。道の狭さもあって強くアクセルは踏めず、二十から三十キロ程度の速度で進む。ブレーキを踏む回数も必然的に多くなった。
そんな運転に苦情を言うでもなく、セイは前方に目を向けている。フロントガラスに映る風景は、テレビ番組でも見ているかのように頻繁に変わっていく。
さて、そろそろ目的地だ。
お、見付けた見付けた。車がすれ違うための場所の様なスペース。そこのガードレールに申し訳程度に貼られた、めちゃくちゃ簡素な『駐車場』の表示。
そこに車を寄せて、ギアをパーキングへ。勿論サイドブレーキも忘れずに。ここで掛け忘れたら、確実に一大事になるからな。下を流れる沢までゴロンゴロンである。
ドアを開け、セイと共に車から降りる。周囲に人気は無く、車も全く来ない。俺達を包むのは緑の空気、都市部と比べると二度、三度気温が低い気がする。
奥まった場所であればこそ、木々は緑を主張するかのように生い茂っている。歩道なんてものは無く、車道の端を行くのだ。
俺とセイでは歩幅が違う。であるにもかかわらず、今は彼女が前を歩いている。俺が促す必要が無い程、前へと進む足が速いのだ。
ふっふっふ、宇宙からではこうした場所は見られまい。そしてここは旅行雑誌になど乗るはずがない奥地、昨日の旅行雑誌熟読では得られない事を獲得させてくれるのだ!
歩く、歩く。
進む、進む。
よし、ここを下れば―――
「おいおい、何処まで行く気だ。此処だぞ、ここ、ココ!」
目的の苔むした階段を通り過ぎていくセイ。そんな彼女を呼び止めて引き戻す。
『先におしえて』
「教える前に歩き出したのはお前だろ……」
飛んできたメモ用紙を
「うぶおっ!?こらっ、やめろ!」
周囲に散っていた木の葉が風に載って巻き上がり、それが俺へと襲い掛かってきた。自然現象では絶対にありえない事をやりやがるのは、物理法則無視のクジラしかいない。
頭と肩の上に、こんもりと葉っぱを積もらせた辺りで俺は許される。おのれ、傍若無人が過ぎる…………オレ、ナニモ、ワルイコト、シテナイ。
少しばかり
コンクリ舗装されていない事で、森の中に人工物が溶け込んでいる。溶け込み過ぎて、途中で木の根が飛び出てたり、少々破損してたりするが。
あ、セイめ。階段を歩くのが面倒だからって浮いてやがる。ズルいっ。そんな不満を胸に抱きながら、車で通ってきた道の様にうねりうねりする階段を下り終えた。
そこは、清水が流れる沢のすぐそば。水が岩を叩く音すら聞こえる程の近さだ。後ろにいたセイがあっという間に沢へと突撃していく。
普通の子供なら浅瀬で水に入り、ぱちゃぱちゃわちゃわちゃするだろう。だがしかし、俺の家にいる少女は普通ではない。
川の中心まで飛んでいき、水を巻き上げて二本の円柱を作り上げる。ザバザバと音を立てながら、下から上へと竜巻の様に流れが生じているようだ。そこまでやって、セイはすぅっと俺の方を見た。
これは、駄目だな。逃走するべきだな、よし。
俺は逃げ出した!
しかし引き戻されてしまった!
分かってたよ。うん、分かってた。
諦めの境地で成すがままにされ、俺は水の竜巻によって上空へと打ち上げられた。
空中でくるくると回転する俺の隣では、同じようにセイが宙を舞っていた。
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