第三十一話 恒星クジラは小京都を訪れる

 高速を下りた後は市街地中心部まで走り、無事にホテルへと到着した。自分一人で移動するよりもずっと道中がゆったり進行であったため、既にチェックインにちょうどいい時間となっている。


 荷物をトランクルームから出し、セイを引き連れてフロントへと向かう。


 本日の宿泊場所はただのビジネスホテルだ。お手頃値段で市内中心地近くに泊まれる、実に良し。


 住所連絡先を宿泊者名簿に記入するように受付担当から促され、さらさらとペンを走らせる。支払いに関しては予約の時点でカード決済をしている、この場で現金を取り出す必要は無い。


 手短に館内の説明をされて、部屋の鍵を差し出された。その数は一つ、俺とセイは同室での宿泊だ。


 なんでかって?


 こいつを一人で部屋に置いてみろ、その部屋は異空間になるからだよ。部屋の中がギャラクシーな感じに改造されて、小さな太陽とかを作り出すかもしれない。


 比喩じゃないぞ、本当に気軽に天地創造しかねない。ビジネスホテルの一室で銀河が育ち、生命が生まれ発展し、拡張性の無い宇宙へ小さき者たちが飛び立っていくのだ。


 首輪は付けておかないといけない。日常非日常を過ごす人たちと壁一枚隔てて、壮大なる宇宙史を編纂させてたまるか。ああ、俺は生まれるはずだった生命たちの種を潰す破壊者となってしまったようだ。


 銀河の扉……じゃなかった、ただのビジネスホテルの一室のドアノブに手を掛ける。ガチャリと開き、セイに中へ入るように促す。後を追って俺も入り、スーツケースを置いて、手荷物を机に置いた。


 必要最低限。それが部屋を形容するにふさわしい言葉だろう。


 机は壁に付けられるように設置されており、椅子は一脚。バストイレは繋がっているユニットバスである。


 で、ベッドは二つのツインルーム。


 いや当然だろ、シングルベッド一人用に二人で寝る気はないし、ダブルベッドデカいベッドに一緒も勘弁だ。恋愛シミュレーションやら、えっちぃゲームやらとは違うのだから。


 俺は倫理と理性を持った常識人だ。接する相手は非常識な奴だけどな!


 ジャッとカーテンが勢い良く開かれる。自動開閉機能付きのように誰にも触れられずにそうなったが、セイの見えない手によって動かされただけだ。この程度ではもう驚く事など無い、これはもはや常識なのである。……クジラに毒されてるなぁ、俺。


 さて、まだまだ就寝時間には早すぎる。この町は小京都とも言われる場所。ただただ街を眺めて歩く事でも楽しめる地だ。古き町、そこに吹く時代の風を感じるのも良いだろう。


 後方二回転宙返りをしてベッドにダイブしたセイに声を掛け、最低限の荷物とカメラを手に部屋を後にした。


 ホテルの周りは現代の街だ。だが俺の家がある辺りと何かが違う、何処かに違和感があるのだ。セイと並んで歩きながら、それがいったい何なのかを考える。


 古い町並みへと向かうために渡る横断歩道、それの信号が青になるのを待つ。何をする事も出来ない時間、俺はぼんやりと街を見回していた。


 ふと、違和感の正体に気付く。


 信号機だ。車用の信号機が縦型なのである。


 それは上から赤、黄、青の並びで目を持っている。雪深く積もったとしても、停止を示す赤だけは分かるように一番上にあるワケだ。


 ちなみに一般的な横型信号は左から青、黄、赤。こっちは街路樹などの葉が掛かっても、赤だけは分かるようにしてある。


 地域、街並みが違っても最重要とする所は変わらない。人間は歴史に学び、より良い形に物事を最適化させてきた。これは細かい話だろうが、人間社会の進化と言うべき物だ。


 知っているからこそ分かる。地球の事を何も知らない無垢なセイにとっては、この町の姿も『そうした町がある』程度の認識になるだろう。同じものを見ているにもかかわらず、違いが出るというのは面白い話だ。


『→』


 メモが俺の胸にすっ飛んできた。それを剥がして見てみると、書かれているのは矢印だけ。どういう事だ?


 何か別のものを書いた可能性もある。首をかしげながらそのメモ用紙を回してみ…………んぎぎっ、回らねぇ!


 少しだけ回転したとしても、まるでバネに弾き返されるかのように凄まじい力で元に戻される。ぐおお、手首がっ!


 大人しくそれが指している先を見ると、黒い木塀が高級感を醸し出すお店があった。飲食店、それも中々に良い所だ。道に出されたお品書きを覗くと、SAのフードコートで出した金額以上の料理がズラズラと並んでいた。


 じょ、冗談じゃねぇ!こんな良い所にセイを入れたら、今度こそ破産するわ!


 何が何でも意識を逸らさねば……っ!


「あー、このあと食べ歩きでもしようかなと思ってたのに」


 メモ用紙の引き戻す力が少し弱まった気がする。


「色んな種類の食べ物を楽しめるってのに、はぁ~残念」


 ピンと立ち上がっていたメモ用紙の端が、へにゃりとこうべを垂れた。


『そっちにする』


 矢印だけが書かれていた俺の手に在る物に、言葉が追記される。


 よっし、誘導成功!

 なんというか、コイツの扱い方が多少分かってきた気もするな。






 小京都。

 色々と定義や説はあるが、京都に似た古い街並みを持つ町の事を指す。俺達が訪れたのもそんな場所だ。


 現代的な街を歩いていたと思ったら、不思議な事にいつの間にか古い街並みの中にいた。


 此処から此処までが現代!こっちは小京都!と言うように切り分けられていないのだ。グラデーションの様に少しずつ街の姿が変わっていき、それを追っていくと古い街並みの中心に辿り着くのである。


 細い道の左右に背の低い木造の建物が軒を連ねている。比喩ではなく本当に軒が連なっており、建物同士に隙間が存在していないのだ。だからこそだろうか、建物すべてが一つの大きな集合体の様に感じる。


 街を眺めて写真を撮る俺の横でセイは片手に五平餅、もう一方にはみたらし団子を握って立っている。高級店と比べたらゼロが一つ少ない出費、いやぁ助かる助かる。


 五平餅は濃く甘めの味噌味。みたらし団子は……いや、みらし団子だったな。こちらは甘いタレではなく醤油味で香ばしくしょっぱい。


 甘さと塩気、それを交互に食っている。宇宙人のくせに人間と同じような事をするな、それが食事の最適解という事なのだろうか?


 その後もたい焼きを食い、たこ焼きを呑み込み、名産牛肉入りメンチカツを齧り。とにかく街中の全てを食い尽くさんばかりに暴れ狂った、食欲モンスターである。


 …………花より団子、ここに極まれり。

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