第九話 恒星クジラはお洗濯
とんでもない事が連発して、SNSでは奇跡三連発が話題になってる。恒星クジラ、宇宙、月、通り魔、奇跡三連発、火事、電車遅延。ざっとワードを見るとこんな感じのが話題らしい。
その全部が、俺の隣と月の隣に居る恒星クジラがやった事である。ああ、電車遅延は火災現場が線路沿いだったからだよ。
そんな真実を知っているのは人類でただ一人、俺だけ。優越感?そんなもんあるか!おっそろしいだけだよ、ホント。
物を浮かせたり、俺を振り回したり。目の前で起きている超常現象には慣れた……慣れてしまったが、それ以上の事を遠い場所で実行。
それはつまり、地球上の何処であっても自由に出来る、という事だ。ついでに言えば記憶改竄に行動の制御、果ては蘇生まで可能。
一小市民で成績平凡な俺であっても分かる、危険すぎる。
地球上の人類全て……いや、生命の全て…………いやいや、地球そのものが俺の横に座っているセイの手の中にあるのだ。一秒後に地球を宇宙の塵に出来る、めっちゃクソやべぇ奴なのだ。
とはいえ、少なくとも会話は出来ている。そして
……手加減を誤って何かをしてしまう可能性はあるが。
常識を教えていかなければならない。今の所、スーパーで勝手に物を食うな、という事は教育済みだ。次は、俺で遊ぶな、と言い聞かせたい。
「あっ!?」
そんな事を考えていた時、頭の中にある事が思い出された。弾かれるように立ち上がった俺を、セイは驚くでもなく見ている。というか、そんな事はどうでもいいっ!
「しまった!洗濯し忘れたっ!!」
本日は休日の昼過ぎ。
そして俺の家には乾燥機などという便利な家電は存在しない。
つまり今から洗濯機を回して干したとしても多分乾かないし、アイロンがけとかも間に合わない。仕事に着ていくワイシャツ、どうするんだよ!
仕方ない、近くのコインランドリーに持ち込むか……。一週間分あるから持って行くの面倒臭いし、そう高額じゃないけどお金もかかる。家に洗濯機あるのに、なんだか負けた気がするんだよな。
考えていても仕方がない。さっさと終わらせないと、弁当用の常備菜を作る時間が無くなってしまう。ため息交じりに洗面所へと向かい、洗濯カゴに入ったままの洗濯物に手を伸ばす。
だが、俺の手は空を掴んだ。
「あ?」
俺の服が宙に浮いている。
ワイシャツに、Tシャツにズボン。靴下にパンツ。それはふよふよと浮きながら、鳥の群れの様にゆっくりと飛んでいく。ガチャっと浴室の扉が開き、服の群れはその中へ。
ざばっ!
空中に突然水の球が発生した。え、何処から出てきた!?
俺の疑問を
洗濯物たちが水流に乗ってグルグルと動き始め、その速度がドンドンと上昇していく。少しずつ、少しずつ、水の球の色が灰色に染まっていく。服から汚れが取れているのだろう。
しばらくそれを見ていると突然、パアンっと水の球が弾け飛んだ。浴室は水浸し、眺めていた俺もびっしょびしょ。なにすんだ、このクジラ。
ぐいっと身体が浴室内に引っ張り込まれる。手を掴んで、ではなく胸倉を掴むあたりが実にセイらしい。力任せに引き込まれた俺の身体は、昼食前の様に宙に浮かんで固定される。
右袖から左袖まで真っすぐ不可視の物干し竿が突き抜けて、両腕がガッチリと固定された。ゆったり休める休日の昼下がりに、十字架に
洋服たちも同じようにされている。浴室内に浮かんで並ぶ洗濯物&俺、なんという面白光景だろうか。覚えてろよ、絶対に仕返ししてやるからな。
ぶわっと足下から頭まで、服と体の間を温かい空気が駆け抜けた。急な温度変化でゾクリと体が勝手に震える。と、さっきまでびしょ濡れだった服が完全に乾いている事に気付いた。
「お、おお?乾いた!?」
俺と同じように、磔にされている洋服たちからも湿り気が消えている。この短時間で洗濯と乾燥を終えるとは、セイは超々高性能洗濯乾燥機付き宇宙人だ。やられた事への仕返しはするとして、このお手伝いは実にありがたい。
あとはアイロンがけをすれば終わり。さっさと下ろしてもらって、残りの作業をやらせてもらうとしよう。
『のばしのばし、おりおり』
「?」
謎の言葉が書かれたメモが顔面の前に飛んでくる。
首をかしげていると、磔にされている洋服たちのシワが消えていっている事に気付いた。これは、アイロンがけをしているのか?
それが終わった服は折りたたまれていく。一切の歪みが無い、綺麗な畳み方である。これは
磔仲間たちが回収されていき、遂には空中にあるのは俺だけとなった。もう十分乾燥したし、さっさと下ろしてもらいたい所だ。
「ありがとな、セイ。おかげで洗濯とアイロンがけをしなくて済んぃだだだだっ!」
上体が前に倒れる。
二十度、四十度、九十度、百十度。空中で強制的に長座体前屈。
やめろやめろ!俺は身体が硬いんだ!折りたたまれたら再起不能になるっ!
「ぐうぅぅぅ……っ!やめ、やめろぉ……っ、無理、むりっ、折れる、腰おれるぅ……っ!」
ミリミリと膝裏の筋肉だか靭帯だかが音を立てる。骨盤から背骨が離脱しそうになり、指を鳴らす時と同じ音色がポキンっと腰から鳴った。
『折りたためない』
「んがふぁ……っ」
諦めのメモ用紙が飛んできて、ようやく拷問から解放される。ついでに空中から床へと着地した。腰が……腰が…………っ!湿布か何かが欲しいっ。
いや、それよりも先にやらねばならない事がある。仕返しだ、この滅茶苦茶やりやがった高性能洗濯乾燥機付き宇宙人にも同じ事をしてやらねばならない。
がしっ
「くぉんのっ!」
セイの首根っこを掴み、そのまま無理やりお辞儀をさせる。俺がやられたのと同じように、百十度以上に曲げてやるっ!
だが。
「うおぅっ!?」
一切の手応えなしに百八十度、上体がパタンと折り曲がる。それどころか、勢い余って二百度くらいまで押し込んでしまった。……だ、大丈夫か?
そっと手を離すとバネで起き上がる玩具の様に、ぎゅおんっと上体が戻ってきた。
『いたい、いたーい』
「あ、ご、ごめんな?」
痛みを訴えるセイ。流石に宇宙クジラでも無茶な事をすれば痛いのか、申し訳ない事をした。次からは俺も気を付けなければ。
そんな事を考えていると。
『う♪そ♪』
おちょくり全開のメモ用紙が顔面に叩きつけられた。
俺はわなわなと身体を震わせ、今度は二百七十度曲げてやった。
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