第十話 恒星クジラはおやつタイム

 浴室での拷問タイムを終えた俺。ドスッとセイに腰を突かれて痛みは取り払われた、その痛みはお前のせいだけどな!なお、少女は二百七十度曲げられようとも平然としていた。なにコレ、不公平。


 地球上の誰も真似できない時短術。そのおかげで出来た時間を使って二人で少しばかりのんびりする。まあ何をするでもなく、付けっぱなしのテレビを見るだけなのだが。


 恒星クジラ関係の特番はまだまだやっている。全局一斉で同じ番組やる意味ってあるのかな、現時点じゃ何も分かってないから憶測推測しか出来んだろうに。


 一部のコメンテーターは神様がどうたらとか言い始めてる、人間からすれば間違いではないだろうなぁ……。そんな事を考えながら隣の少女を見た。


 ニュース番組へとチャンネルを変える。


 世の中は事件ばかり。通り魔よりは小規模だが、いくつかの事件の報道がされている。また何かの奇跡が、気まぐれに起きていないかが不安だ。


 内容が国際ニュースに変わる。


 しばらく前から継続していた、とある地域紛争が終結したらしい。双方勢力の代表がほぼ同時に突然終結宣言を発し、どちらの構成員もそれを支持して完全武装解除との事。


 ………………うん、俺は何も知らないぞ。


 ちょっとばかりの気疲れを感じながら、よっこらせ、とソファから立ち上がった。キッチンへと向かい、ヤカンに水を注ぐ。それを火にかける傍ら、コーヒー豆が入った密閉容器を棚から取り出した。


 計量スプーンで豆をふたすくい、それをコーヒーミル豆をゴリゴリするやつに放り込んだ。取っ手をグルグルと回して豆をき、粉になったそれをドリッパーにセット。


 沸いたお湯をコーヒーポット注ぐとこがクネってなってるヤカンに注ぎ入れて温度を調整する。そして湯を粉へと注いだ。


 ふわりと香りが広がる。実に落ち着く、コーヒーの香りだ。昨日から騒動の渦中にあるが、今だけはリラックスタイムである。


 抽出が終わったそれは二杯分、俺の分とセイの分だ。彼女が飲むのかどうかは知らないが、要らないというならば俺が二杯飲めばいい。……ミルクと砂糖はいるだろうか?とりあえず持って行けばいいか。


 棚からクッキーを取り出す。苦みのコーヒーに甘みのクッキー、実に良いコンビだ。更に数枚載せる、箱ごと持って行ったら全部食われるからな。


 トレーに全部載せて運搬開始。独り暮らしだからこんなもん要らないんだけど、そこはほら、雰囲気って大事じゃない?優雅なコーヒータイムの為に買ったのよ、この丸いおぼん。


「絶対にちょっかい出すなよ、ひっくり返したらマジで怒るからな?」

『ちっ』


 くるくるシュパッとトレーに飛んできたメモ。そこに書かれていたのは、本来は音声で飛んでくるはずの不満の意思表明だった。


「文字で舌打ちすんな」


 こっちは不満を口に出し、セイの前にコーヒーカップとクッキー二枚が載った小皿を置く。その隣に俺用のマグカップと小皿。残念ながら、カップは一つしかないのだ。


 ソファに腰を下ろし、コーヒーを啜ってクッキーを齧る。素朴な味だが、それだからこそコーヒーに合う。テレビを見ながら、チビチビと飲んで食べていく。


 隣のコーヒーカップの中身は、いつの間にか黒に白が混ざっていた。クッキーも既に一枚無くなっており、もう一枚にも半円形の欠けが生じている。甘い物が好きなのか?それともただ単純に食い意地が張っているだけか?


 …………宇宙空間で生きてる?存在だし、本来は食べる必要無いはずだよな。






 三時の休憩を済ませ、カップ等々を洗う。

 幸いにして、俺の分のクッキーまでは取られなかった。流石に学習したんだな、と思っていたら、大元の方をやられていた。おのれ……。


 まあ別に高いものじゃないから、そんなに気にしない。正確には気にしない事にした、である。たとえ安い物でも勝手に食われたら良い気分にはならないのだ。


 あ、そうだ。すっかり忘れていたが、冷蔵庫の奥にケーキがあった。手前の保存容器を動かして引っ張り出す。


 二個入って四百円、半額シールが貼られて二百円。申し訳程度にイチゴが載ったショートケーキである。消費期限は今日まで。これも食べてしまおう。


 流石に容器から直食いは行儀が悪い。小皿でははみ出すので、別の皿を使うとしよう。良い感じのはあっただろうか……。


 サンマとかに向いた、焼き魚用の細長い長方形の皿があった。まあこれで良いだろ、魚にしか使っちゃ駄目って事は無いしな。形が崩れたり横転しないように、丁寧に移し替える。


 二つの皿を、今度は手で持ってソファへと歩く。先程と同じように、セイの前と俺の前にケーキを置いた。俺の方だけにフォークが添付、どうせセイは使わないからな。


 番組はドラマに変わっていた、時代劇の再放送だ。他のチャンネルでは宇宙特集ばっかりやってる、このままこのチャンネルを見るとしよう。


 時代劇を見ながらショートケーキを食べる。何というか、アンバランスだな。おはぎとか団子の方がしっくりくるはずだ。


 む、口の中に甘味があるのに、甘いものが食べたくなってしまったぞ。明日の仕事帰りにスーパーへ寄って、和菓子のたぐいでも買ってくるか。


「は!?」


 そんな事をぼんやりと考えていた俺。テレビ画面から目を放して、セイのケーキに視線を向けた。そこにあったのはショートケーキ。うん、当然だ。だって俺が置いたんだもの。


 ただ問題は、それがでっかいホールケーキになっている事だ。


 当然ながら、一人暮らしの俺がそんな物を買ってくるわけが無い。冷蔵庫の中に入れておいたのは、一般的な三角形のもの。何をどうすればそんな事になるのか、理解不能である。


 そんな事を考えていた俺に対して、ケーキの上にデコレーションされたチョコ板が答えを返してきた。


『大きくした』


 白のチョコペンで、なんだかお洒落な感じに文字が書かれる。本当に何でも出来る、物理法則もなにもあったもんじゃない。完全に死んだ人間を蘇生させられるんだ、それも頷けるというものである。


 こうして俺の家の冷蔵庫には、三角形二つ分だけが消費されたホールケーキが鎮座する事になった。しばらくコーヒーのお供はショートケーキになりそうだ。

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