第三十三話 恒星クジラは大地を見る

 朝市で入手したものを忘れずに持って、俺達はホテルをチェックアウトした。


 ホテルへ戻った時に数個食べたが、残りの桜桃さくらんぼは全てセイのもの。助手席の彼女はビニール袋を抱え、俺には欠片も渡さないとでも言いたいかの様だ。


 いやまあ別に良いんだけど、俺も果物好きなんだよなぁ。ちょっとで良いから残しておいてくれないかな、くれないだろうな。


 次に行く場所はそれほど遠くない。市街地からは離れるが、二十キロメートル程度の距離である。約三十分で到着するような所に、ちょっと不思議な場所が存在するのだ。


 下道で一本、迷う事一切なしで到着である。


 ビニール袋を持って行こうとするセイ、それを俺が制して荷物を車中に置いて行けと指示をした。しかし手から離そうとしなかったので、無理やりはぎ取ろうと袋に手を掛ける。


ぐいぐい、ぐいぐい


 くっ、見た目とパワーがまるで比例していない。


 少女の見た目でありながら、腕力は多分ゴリラを遥かに超えている。そんな奴から物を奪い取ろうとしてもビクともしないのは当然だ。


 暴漢に襲われても心配しなくていいね、むしろ暴漢の方が心配だね!そんな逞しさを感じさせるほどに全く勝負にならない。というか、さっさと手を放せっ。施設内に飲食物持ち込みをすべきじゃないんだよ!


 そんな攻防戦を暫くやって、ようやく桜桃袋を置いて行かせる事に成功する。余計な労力をかけさせやがって……。


 受付で入場料を支払い、施設内部へと入っていく。


「うおっ、寒っ」


 思わず声が出た。


 外は少し汗ばむような陽気でありながら、足を踏み入れた場所は肌寒い。その寒暖差で身体に震えが来たのだ。セイは特に気にしておらず、スタスタと俺の横を歩いている。


 そりゃ、宇宙空間は寒いって聞くし、地球上の低温なんて屁でもないわな。


 俺達が入ったのは洞窟の中。といっても完全に自然の洞穴ではない、ちゃんと人の手によって整備されている。


 鍾乳洞。地球の歴史の一端を見る事が出来るような場所だ。


 かなり奥が長いようで、中々に良い探検となりそう。セイが楽しんでくれるかは分からないが、宇宙の旅人では見る事が出来ないような場所である事には違いない。


「お」


 内部は基本的には岩肌だが、天井から下へと垂れるように伸びているのは鍾乳石だ。照明はあるが基本的には薄暗い、だからこそ鍾乳石のライトアップが映えるというものだ。


『なに?』


 きゅるるるるっ、と回転しながらメモ用紙が鍾乳石を指して問い掛けてきた。


「あー、そうだな、なんと言えば良いか……」


 事前の調べ物である程度の知識は持っている、受付でココのパンフも貰っている。だがそれを、他人に説明しろ、と言われると少し困ってしまう。自分で理解しているのと、他者に理解させるのでは難易度が段違いなのだ。


 天井から滴る水滴に含まれる成分が、長い長いそれこそ悠久の時をかけて重なり固まった物。つらら状のもの、タケノコの様な石筍せきじゅん、双方が繋がった石柱。


 他にも色々と種類があるが、分かりやすいのはこの辺りだろう。それらをセイに教えると、彼女は歩みを止める事無く天井の鍾乳石を見上げた。


 そして。


『私の体にも似た物がある』


 そう、メモで示してきた。


「は?お前の身体って……」


 少女の姿を見る。どこにもささくれ立った物など無い、人形のように綺麗な身体だ。鍾乳石の様に滴り尖っている場所など有りはしない。


 だがそれは、セイがただの人間だったならばの話。彼女の真の姿は地の中であるこの場所鍾乳洞からは見る事が出来ない、遥か宇宙に泳ぐ恒星クジラなのだ。


 悠久の時を経て出来上がる鍾乳石。宇宙スケールで見たならば、瞬きをするが如くの時間なのだろう。とすれば、クジラの体に似たような物があってもおかしくはない。


『これ』

ボギンッ!


 何のためらいもなく、セイは右手で自身の胸を貫く。そして体内から、骨をへし折るような音を立てて何かを引きずり出した。


 獣の牙、人の肋骨、海獣の角。何とも形容できない、鍾乳石の様な節を持つ棘だ。それを俺に渡してくる。


「え、ちょ」

ずしっ


 重い。長さ十五センチ程度の物なのに、二十キログラム以上はある。比重が大きい、これは何で出来ているのだろうか。少なくとも鍾乳石と同じ材質ではない。


 受け取ってしまったそれを持って固まる俺と、胸の中央に大きなうろを生じさせても平然としているセイ。鍾乳洞の中という暗がりで、不可解な状態で俺達は互いの事を見る。


 暗い空間に在って、光を受けていないにもかかわらずライトグリーンの瞳が輝いて見える。吸い込まれそうなくらいに澄んだそれは、彼女が造られた存在である事を示しているかのようだ。一切の瞬きをしない事で、俺もまたそれを忘れて見つめ続ける。


 眩しい。クジラの隣で輝く月の様に、セイの瞳は煌々としている。


 眩しい。俺達がいる洞の外を照らす太陽の様に、少女の瞳は俺を照らす。


 眩しい。遠く銀河を思わせる程に、彼女の目の奥に輝きが生じている。


 眩しい。


 眩しい。


 眩しい。


「いや本当に眩しいっ!目がッッッ!」


 目を閉じずに強い光を受けていた俺は、目を瞑って顔を背けた。


 比喩などではなく、本当にセイの瞳は光っていたのだ。ライトグリーンの懐中電灯である、そりゃ眩しいに決まっている。なんでこのタイミングでそんな大道芸をやるんだよ……っ。


「やめんかっ」

ごんっ


 彼女から受け取った鈍器を、その頭に落とす。衝撃を受けて、両の瞳から生じていた光は消滅した。頭がオンオフのスイッチだったようだ。


「ってか、コレ何なんだよ」


 彼女の胸の洞に謎の棒を押し込みながら、俺は問う。


『これ、なに?』

「は?自分の体の一部だろ?」

『付ける必要が無かったから、名前が無い』

「ええ……でも何かあるだろ」

『うーん、首の根元のトゲトゲ』

「わぁお、いい加減」


 ずん、と押し込み終わると、セイの胸に生じていた洞はその口を閉じた。


 宇宙にかかわる人たちが観測しているかは知らないが、恒星クジラの首の根元には鍾乳石に似た棘があるようです。もしかしたら、俺が初の発見者になるかもしれないね。


 鍾乳石と同等か、それ以上の謎物体と遭遇した俺に笑いがこみあげてきた。同居人の少女は常識外れ、規格外にも程がある事を平然とやってくる。


 ライトアップされた石筍を見るセイに、俺はカメラのレンズを向けた。


 長い時を経て形作られた石と悠久の時を生きるクジラの少女。


 両者を同じ画角に納め、俺はシャッターを切った。

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