第32話 首3つと首なし
バーチャルモンスターたちの事務所であるワンダーズ。そこにモンスターたちの仮想空間上の待機場所があった。各々に各オーナーが所有する端末に個人部屋はあるものの、モンスターたちの共有スペースとして事務所内の仮想空間に共有部屋がある。
その共有スペースにいたのは、金色の体毛をした3つの首を持つ犬と、首がない女騎士。
お座りした状態のケルベロスはテーブル席に座っているデュラハンと会話をしている。
「金ゴマ。キミは首が3つもあっていいなー」
「そうかニャー?」
「今のアタシには首がない」
「どうしてニャー? デュラハンは首が分離しているだけで、首はちゃんとあるんじゃないのかニャ?」
「今、私の首は動画を収録している最中なんだ」
「動画? なんの動画かニャ?」
金ゴマがデュラハンの動画に興味を示す。普段は配信メインの事務所で動画の収録は珍しいことだ。
「なんというか。解説動画と言うものを作っているみたいでね」
「解説動画?」
「そう。生首がゆっくり解説する動画で……」
「それって結構ギリギリのネタじゃ」
今まで首から上を隠していたデュラハン。バーチャルハンターとの戦いでついにその首が公開された。彼女は首から上をファンアートで美形に描かれすぎていてある種のプレッシャーを感じていた。
しかし、フタを開けてみればデュラハンの首から上もきちんと受け入れられた。今では首から上の方が人気があるのではないかと言われている。
「なんで私がずっと配信を支えてきたのに、後から来た頭の方が人気なんだ!」
「まあ、それは仕方ないニャー」
「金ゴマ。そういえば、キミは真ん中の首しかしゃべってないな。左右の首はしゃべらないの?」
「しゃべる個体もいるかもしれないけれど、私はしゃべらないニャー」
「そうなんだ」
「左右の顔にご飯もいらないのニャ」
首が3つある意味はあるのだろうか。それを考えるデュラハンである。
「そういえば、デュラハンはどうして名前がついてないのニャ?」
「別につける必要はないからね。この事務所にデュラハンは私一人しかいないし」
「でも、世界中のどこかにはデュラハンと同じ種類のモンスターがいるから区別する名前は付けた方がいいのかもニャ?」
デュラハンは考える。名前が欲しいだなんて思ってもみなかった。
「そうだね。ちょっと、ココロと相談して名前を決めようかな」
「うんうん。私も金ゴマって名前を気に入ってるニャー」
「金ゴマ……どうしてそんな名前なの?」
「うーん、なんか瑠璃のお父さんが飼っていた犬的なやつが似たような名前で、私の体毛が金色だからこうなったんだニャー」
「犬的なやつってなによ」
犬的なもの。謎の生物に思いを馳せるデュラハン。その生物の正体がなんなのかは恐らく永遠に謎に包まれるであろう。
「ねえ、金ゴマ。キミから見て、オーナーの瑠璃はどんな人なんだ?」
「瑠璃かー。瑠璃は優しくて良い子だニャー。ちょっとアレなところがあるけれど」
「アレってなに?」
「勉強がね……苦手なんだニャー」
自らの主人の欠点を平然としゃべる金ゴマ。
「それはアレじゃないの? Vtuber活動やオーナーとして忙しいから勉強する暇がないとかそういう感じの」
「違うニャー。瑠璃は本当に勉強が苦手なんだニャ。一所懸命に勉強しても赤点しかとらないニャ」
「それは心配になるね」
普段の言動からそこまで頭が悪いように思えないから意外な一面であるとデュラハンは感じた。
「まあ、瑠璃の高校は甘々だから授業にさえ出ていれば単位をくれるから卒業の心配はないニャー」
「それはそれでどうかと思うけど……まあ、きちんと高校生ながらきちんと仕事はしているし、私がとやかく言うことでもないかな」
「そういうデュラハンはココロはどんな感じなのかニャ」
「そうだね。私から見たらココロは……まあ、しっかりとしているかな。一人暮らしだけど家事はきちんとやっているし、部屋はキレイだし」
「ふんふん。ちなみに瑠璃は片付けが苦手だニャ」
「また瑠璃さんの欠点を……まあ、ココロはあれはあれで寂しがりやみたいなところはあるから、家にいるときは頻繁に私に話しかけてくるかな」
「ふーん。瑠璃も結構話しかけてくれるニャ。まあ、私の方が寂しがりやなんだけどニャ」
「まあ、それは仕方ないんじゃないか? 犬だから寂しがり屋なのは……うん?犬?」
「どうかしたニャ?」
「金ゴマ。どうして犬なのに語尾がニャなの?」
「デュラハン。犬が語尾にニャを付けてもいい。猫が語尾にワンを付けても良い。自由って言うのはそういうことを言うんじゃないのかな?」
「なるほど……? 今は語尾にニャを付けなかったけど?」
金ゴマが固まる。一瞬の静寂の後に金ゴマがくしゃみをする。
「へっくし」
「くしゃみでごまかそうとするんじゃない」
「あはは、バレたかニャ」
結局、金ゴマが語尾にニャを付ける理由は不明である。これはきっとすごい理由があるに違いない。いや、もしかしたらないのかもしれないし、あるのかもしれない。
「あ、後。ココロはお風呂が長い。とにかく長い。ココロは端末をお風呂にもっていかないから、私はその間1人で待機しているんだよね」
「あはは。瑠璃はそこまでお風呂長くないかニャ。やっぱりまだ家族と暮らしているからニャ。あんまりお風呂が長いと家族に迷惑かけちゃうしニャ」
「そこが一人暮らしと実家暮らしの違いかな。瑠璃は自分で料理とか作ったりする?」
「うん。瑠璃のお父さんもお母さんも働いていて、忙しい身だから瑠璃が料理をすることもあるニャ。瑠璃は料理は得意なんだニャ」
「へー意外。どんな料理が得意なの?」
「ネギラーメンとかオニオンスープとかかニャ」
「どっちも犬が食べたらいけないやつ!」
ネギやタマネギに含まれている成分は犬にとって有害である。間違えて犬に与えないように飼い主諸氏は気を付けていただきたい。ちなみにチョコレートもダメなので、ショコラと犬は相性は悪いということである。
「まあ、別に私が食べるわけじゃないから良いニャー」
「それはそう。現実世界のものは仮想空間にいる私たちには食べられないもんね」
バーチャルモンスターも一応は食事をする。クルワサンが料理配信していたようにデータで作られた食べ物はある。
「それより……デュラハン。ココロには恋人とかいるのかニャ?」
「はー。それ訊いちゃいますか?」
「まあ、年齢的にいてもおかしくはないのかと思うニャ」
「あんまりココロの年齢をいじってあげないでね。天馬や瑠璃が若いこともあってか、本人結構気にしているんだから」
「人間誰でも歳をとるんだから、年齢のことを気にするだけ無駄だと思うニャ。今も若い天馬も瑠璃もその内、おじさん、おばさんになるんだニャ」
「まあ、それはそうだけど。瑠璃ももう高校生だから彼氏がいてもいいんじゃないの?」
「いや、いないニャ」
「そうなの?」
「賀藤家は恋人ができる方がイレギュラーと言われているくらいの家系だニャ」
「なにその家系。どうやって子孫を残してきたの。そんなのすぐに家が途絶えちゃうじゃない」
「それでもなぜか家が続いていく不思議な家系だニャ」
「賀藤家。恐るべし」
瑠璃の家系の恐ろしさの一端に触れたデュラハン。賀藤家は恋愛弱者の家系なのになぜ途絶えないのか。それは神すらも知らないことである。
ガラっと収録を終えたココロがやってきた。端末にはデュラハンの首が入っている。
「おっと、金ゴマ。迎えが来たみたい」
「うん。それじゃあ。私も瑠璃が学校から帰ってくるまで待ってるニャー」
ここで2人の会話は終わった。配信もせず、ハンターとも戦わずにこうした緩い会話をする日常。そんなものがあっても良い。
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