第9話 命の恩人
1人の女子高生がとある配信画面を見ていた。
「今日も元気に正拳突きの配信やっていくよ!」
三日月を模した蝶の羽を持つかわいらしい容姿の妖精。一見少女のようにみえるが実は少年である。その名はクルワサン。
「へぇーがんばってるな」
少女はハンガーに吊るしてある制服を手に取り、それに着替えていく。かつて友人に頼まれてこのモンスターを助けた日のことを思い出した。
「まさか、あのサナギがこんな姿になるなんて想像してなかったな」
制服に着替えた彼女はクルワサンの配信画面を閉じて部屋から出て行った。これから学校に行く彼女の名は
◇
「海渡君。キミとクルワサンに対戦の申し込みが来ている」
「え? 俺らっすか? なんの対戦ですか?」
「もちろん……バーチャルモンスター同士での対戦だ」
バーチャルモンスター同士を戦わせることはある。専用のバトルフィールド内。そこでシミュレーション的に戦うことができる。疑似的な戦闘であるために、バーチャルモンスターに戦いによる痛みはなくて、死ぬような大技を食らっても死ぬことはない。そこが命がけとなるバーチャルハンターの戦いと違う点である。
「対戦って言ってもなあ……」
もちろん、対戦を行うメリットはある。メリットその1。バーチャルモンスターの戦闘センスの向上。死ぬ危険がない摸擬戦を行うことで、実戦での動きの調整ができる。例えば、新規周習得した技の試し撃ちや扱いが難しい技の練習にもなる。
メリットその2。対戦の様子は配信で流すことができる。配信ということは、対戦を通じて覚えることができるスキルもあるということ。
メリットその3。チャンネル登録者を伸ばすことも可能。お互いにチャンネルを持っているバーチャルモンスター同士の戦いは実質コラボのようなもの。対戦事態が人気がある動画のジャンルということもあり、リスナーからの関心が高まる。お互いのファンを共有できるという意味でも対戦は双方にメリットがある行為なのだ。しかし――
「なんでわざわざ俺らに対戦を申し込んだんですかね。ココロのところに申し込んだ方が良さそうな気もしますけど」
ファンの共有はお互いにある程度の数字があって、初めて双方にメリットがあるというものである。片方の数字がなければ、もう片方のメリットが薄くなってしまう。
「それが私にもよくわからないのだよ。まあ、丁度良い機会だ。受けてみることで発生するデメリットもないし、対戦を承諾するのをオススメする」
「うーん。ちょっとクルワサンに相談してみます」
天馬は事の顛末をクルワサンにメッセージで伝えた。クルワサンから返事が返ってくる。
『対戦相手ってどんな人?』
「だそうです」
当然の疑問をクルワサンがぶつけてくる。実際に戦う方の身になってみれば、相手の情報は知りたい情報だ。
「ああ、言い忘れていたな。対戦相手のオーナーの名前はラピス。大人気Vtuberだ。どれくらい大人気かと言うとチャンネル登録者数が100万人を超えている」
「100万人のVtuberか。この配信スタイルは強いんだよな」
Vtuberかつモンスターのオーナーという存在はかなり強い。Vtuber自体も配信に彩を添える存在として視聴者にアピールできるし、アバターを仮想空間内に送り込めば、疑似的にモンスターと触れ合うこともできる。いわゆる、てぇてぇこともできるのだ。
「ラピスのパートナーはケルベロスだ。こちらのラピス程ではないが人気だ。チャンネル登録者数が80万人」
「よし、クルワサン。逃げよう」
「おい、待て。海渡君。敵を前にして逃げるのか?」
先ほどまで少し乗り気だった天馬だが、チャンネル登録者数にビビって尻尾を巻いて逃げ出そうとする。
「いや、無理ですよ。常識で考えて下さい。俺たちのチャンネル登録者数は最近やっと700人になったばかりですよ。1000倍以上能力差がある相手にどうやって勝てって言うんですか」
チャンネル登録者数はいわばバーチャルモンスターの強さの指標になっている。この数値が高ければ高いほど、強い補正がかかる。一般的にチャンネル登録者数が50%ほどの差が開けば勝利は絶望的と言われている。この例で当てはめるとクルワサンはチャンネル登録者数1050以上の相手に喧嘩を売るのは無謀と言える。
「別にいいじゃないか。強い相手との立ち回り方も勉強しておいて損はない」
「いや、強いの次元が違いすぎますよ。確かに痛覚も死ぬこともない空間で戦うんですから、クルワサンに被害がないのは良いんですけど……それにしたって、俺はクルワサンが無惨に負ける姿を見たくない。せめて惜敗はして欲しい」
天馬の当然の親心である。衆人環視の前で大切な我が子が瞬殺されて喜ぶ親は滅多にいるものではない。
『天馬。ボク、この人と戦いたい』
「ほら、クルワサンもこう言って……え?」
天馬はクルワサンのメッセージを見て目を丸くして驚いた。そして、やがてその理由をクルワサンがメッセージで飛ばす。
『この人。ボクを助けてくれた人だよ。ほら、スキル獲得の履歴を見て』
天馬はクルワサンの言う通りにした。そして表示されている文字を見てあることに気づいた。
パッシブスキル『自動回復SLV1』が解放されました。
(条件:チャンネル登録者数100万人以上のチャンネルがライブを視聴する)
『【ラピスチャンネル】の視聴により達成しました』
「これは……まあ、確かに」
『なんの意図があって、対戦を申し込んできたのかはわからないけれど、多分ボクが助かったのはこの人による
クルワサンのけなげな考え方に天馬の目頭が熱くなる。確かに、このラピスがクルワサンの恩人であるのならば、その願いはかなえてやりたいと思うのが普通である。
「わかった。クルワサン。やろう。それで少しでも恩返しができるなら安いものだ」
「そうか。では、海渡君。受ける方向で話を進めていいかな?」
「はい!」
「また、後日。対戦日時の日程を伝える。それまでにコンディションを整えてくれ」
「わかりました。クルワサン! 一生懸命がんばろうな!」
こうして、命の恩人であるラピスとそのモンスターのケルベロスとの対戦が決定した。平がラピス側に対戦を受ける旨を伝える。ちょうど昼休みで友人と一緒に昼食を取っていたラピスがその知らせを受ける。
「ふーん。なるほどな」
「なにがなるほどなのー?」
スマホを見ながらつぶやいた独り言を友人に突っ込まれる“瑠璃”。
「いや。こっちの話。これは楽しくなりそうだなって」
「へー。楽しくなりそうってなにが起きるのー?」
「なにが起こるか……おこるとしたら奇跡かもな」
仮想空間での活動について思いを馳せている瑠璃だったが、すぐに現実に引き戻されることになる。
「
「うへぇ……先生。勘弁してくださいよぉ」
「俺はお前に勘弁して欲しいというよりかは勉強して欲しいんだけどな」
「先生。なにを勘違いしているのかは知りませんが、私は勉強した上でこの点数なのです。これ以上私になにを求めるのですか」
「まあ、お前はがんばってはいるんだろうけどな……でも、それが結果に結びつかなかったら意味がない。とりあえす補習に出れば単位は保証してやるからがんばれ」
「うへぇ……」
賀藤 瑠璃。その正体は女子高生ながらにして、人気Vtuberではあるが……学力の方はちょっとアレである。
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