第8話 音信不通

 歌配信はクルワサンが音痴だったために不発。ゲーム配信も魅せプレイはできたものの肝心の煽りメッセージをもらえず。正拳突きは時間の問題。となると、現状、クルワサンがスキルを得られるものとして手軽なものは料理配信である。


「クルワサンにはこれから料理配信をしてもらう」


「料理? ボクそんなのやったことないよ」


「大丈夫だろ。コロネの妖精からクロワッサンの妖精になったクルワサンなら行ける行ける」


 名前が食べ物の名前に関係しているという雑な理由から料理は行けるだろうと天馬はなぜか自身満々だった。だが、当人であるクルワサンはやったことがないことをやれと急に言われても困る。


「えっと……天馬がそう言うってことは、これもスキル習得に必要なことなんだよね?」


「ああ。普通にやっていれば達成するようなことだから、気負わずやってもいいぞ」


 天馬はあえてその条件を話さなかった。料理配信に関しては料理を作って、それが料理配信だと認められれば成功である。だが、それを教えてしまったらクルワサンが気を抜いて雑な配信をしてしまう可能性があった。スキル獲得だけならまだしも、将来的なことを見据えたらチャンネル登録者を伸ばすように全力で取り組んだ方が良い。


「気負わずって言われてもねえ……料理配信だけど何を作ったらいいのかな?」


「そりゃあ、クルワサンはかわいいんだから、かわいらしいものが良いな。お菓子系統とか」


「お菓子かー。そうだねえ。ボク、クッキー食べてみたいな」


「なんだ。クッキーが食べたいのか。ちょっと買ってくる」


 天馬はクルワサンの要望を聞き入れようと脳死で端末を開いてバーチャルクッキーを購入しようとする。


「ちょっと待って。天馬。ボクがこれから作るのに買ってきてどうすんの」


「それもそっか。それじゃあ、材料だけ買うか。どうせ経費は事務所持ちになるんだし」


 そんなわけで、クッキーの材料を購入し領収書を切った天馬は配信スケジュールを確保してクルワサンの料理配信を開始した。


 クルワサンのエプロン姿が配信に表示される。スタジオはキレイに片づけられたキッチンで、バーチャル空間のレンタルスタジオである。


「バーチャル妖精のクルワサンです。みんなよろしくね。今日は料理配信をするよ」


『かわいい』

『男の子の料理シーン丁度切らしてた』


「今日作るのはクッキーです。お菓子作りというか料理自体が初めてだけどがんばるぞー!」


 「おー!」と拳を突き出して気合を入れたクルワッサンに、視聴者兄貴姉貴たちは興奮を隠せない。


『がんばれー!』

『かわええ……』

『クルワたんの手作りクッキー食べたい』


「まずは材料の確認。薄力粉、バター、砂糖、ベーキングパウダー、卵黄、牛乳、素敵なモノ。ちゃんと全部あるね。ヨシ!」


 少々不安が残る指さし確認で材料の確認をする。


『ヨシ!』

『手洗った?』

『むしろ洗わない方が良いぞ』


「ボウルにバターを入れてかき混ぜて……砂糖、卵黄、牛乳、素敵なモノを入れて混ぜる……」


 毎朝の正拳突きで鍛えたクルワサンの筋力が思う存分に発揮されえる瞬間。腕の力を贅沢に使い泡だて器でかき混ぜていく。


「よく混ざったかな。それじゃあ、薄力粉を入れて、ヘラで混ぜていくよ。切るようにしてやるのがポイントみたい」


 ザックザクと生地をヘラで切りながら混ぜていく。そうしていく内に黄金色の生地が練りあがっていく。


「こんなもんでいいかな。それじゃあ。この生地を寝かしますね」


 クルワサンが生地をラップにかけて、その生地を優しく撫でる。


「よしよし、いい子だからねんねしようね。よしよし、ねんね、ねんね」


『マ、ママァ……』

『お、落ち着け。ママではないパパだ!』

『男の娘だってママになれるんだよ?』

『ASMR出してくれ。言い値で買おう!』


 なぜか特定の層に需要を見出してしまったクルワサンの生地の寝かせつけ。ちょっとした小ボケではあるが、天馬はそこに商売のタネが潜んでいると確信した。


「クルワサンのASMR……売れるな。後で平さんに相談してみるか」


 バーチャルモンスターの配信の目的はなにも強くなることだけではない。こうして、資金繰りにも使えるのだ。事務所が儲かれば、その分の利益はきちんとモンスター側にも還元される。こうして、キッチンスタジオを借りられたのも事務所がそれなりの財力があるお陰なのである。


「まあ、冗談はこれくらいにして、この生地を冷蔵庫の中に入れます。それを待っている間にボクは正拳突きをしたいと思います」


 突然始まった正拳突きの配信。料理配信なのにこれは意味がわからないが、クルワサンの配信はもうそういうものだと認識されている。


『待ってた』

『これを見に来た』

『ほんへ』


 1時間ほど、クルワサンが正拳突きを行い、生地がヒエヒエになるのを待った。


「そろそろかな。この生地を伸ばして型を取っていくね」


 クルワサンは犬や猫などの動物の形をした型を使ってクッキーの形を整えていく。


『型がかわいい』

『流石妖精の男の娘。推せる』

『女子力が高すぎる』

『男の娘力だぞ』


「よし、この型のクッキーをオーブンで焼きたいんですけど……実は、このキッチンスタジオの使用時間的に焼き上がりを待つことができないんだ。ごめんね。焼いたクッキーはまたSNSにアップするからそっちで確認してもらえると嬉しいな」


『了解』

『使用時間が決まってるなら仕方ないね』

『ふ、ふひひ。おじさん家で収録しないか?』

『おまわりさんこいつです』


「あ、もし、焼き上がりに失敗したら何も投稿しないからそのつもりでお願い。失敗をさらせるほどボクは強いメンタルしてないんだ。あはは」



「さて、焼きあがったかな」


 配信終了後に作った生地を持ち帰って、クルワサンのバーチャル空間にある自宅のオーブンで作ったクッキーを焼くクルワサン。だが、それはもう悲惨なものだった。焦げ焦げ焦げ焦げ。動物の焼死体がトレイの上に貼り付けられていた。


「あ、アァアアアアア! て、天馬! みんな焼けちゃった!」


「おおおお、落ち着け。クルワサン! あれ? おかしいな。焼成時間はあってるはずだけど」


 天馬が事務所から渡されたレシピを確認する。クルワサンが手順通りに作れば美味しいクッキーはできあがるはずだ。しかし、今回はそうならなかった。ならなかったんだ。


「ココロ! ちょっといいか? お前お菓子作り得意だったよな?」


「ん? そうだけどなんや?」


「これなんで焦げたと思う?」


「えーと……ねえ。オーブンのワット数確認した?」


「ワット数……ああ。全然見てなかった」


「ワット数が違うなら時間も変えなきゃいけないね」


「あはは。そういうことだったのか。クルワサンは火炎耐性SLV2持っているから余裕かと思ってた」


「クルワサンが平気だとしても、クッキーに火炎耐性はないねんねや!」


 ココロの冷静で的確なツッコミに天馬は合点がいった。


「て、天馬どうしよう。ボク、クッキー作りに失敗しちゃった」


「ん? ああ。大丈夫。もうスキルは獲得してあるし、失敗したら投稿しないって予防線が貼ってたじゃないか」


「たしかに」


 天馬たちはエゴサをかけてみた。


『クルワたんの投稿来ないね』

『【悲報】クルワサン氏。約束の時間になるもクッキーの投稿なし。失敗した模様』

『お菓子作りに失敗しちゃうクルワたんかわヨ』


「よ、良かった。失敗したから怒られるかと思った。炎上して、このクッキーみたいに焦げ焦げになるかと思ったよ」


「クルワサン。それは大丈夫だ。かわいい子の失敗は大抵許される! クルワサンはかわいいから無敵! 以上だ!」


 今回の成果は以下の通りである。


アーツスキル『ブレッドバレットSLVスキルレベル1』が解放されました。

(料理配信を累計1回行う)

効果:パンの弾丸を射出する。(属性:射撃)

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