第39話 ウサギ獣人のエイブリー

「んー。よっし! 金ゴマ。テスト期間も終わったし、配信するか!」


「わかったニャー」


 テスト期間。瑠璃と同じ高校の生徒ならばとっくに終わってるはずなのに、再試を受けた瑠璃は常人よりもテスト期間が長かったのである。


「こんにちニャー。金ゴマだニャー」


 金ゴマが配信を開始する。ここ最近は配信活動を休んでいたこともあり、金ゴマの最近の数字の伸びは良くない。今日もいつもより来ている視聴者数が1割減ほどである。


『こんにちニャー』

『犬なのにニャーって言って可愛い』

『もふもふさせろ』


 それでも元の数字が強いために、コメントはきちんと来ている。この数字も決して低いわけではないのだ。


【EMERGENCY】

【VIRTUAL_HUNTER】


「んニャ!?」


 ここでバーチャルハンターの襲来を知らせる警報音が鳴り響いた。


「金ゴマ。戦闘態勢を取るんだ。敵はどこから来るかわからない。油断するんじゃないぞ」


「うん。わかったニャ!」


 瑠璃に言われて金ゴマが周囲を警戒する。幸いにして、金ゴマは首が3つあるため、視界が非常に広い。3つの首がそれぞれ自分の方向を確認して襲来に備えた。


 パリーンと仮想空間の境界の壁が割れた。そこから出てきたのは、ウサギの姿をした獣人だった。決してウサミミだとか、バニーガールなどではない。ウサギがまんま二足歩行になってもふもふした感じの獣人だ。


 ウサギの獣人の体毛は茶色くて胸部が膨らんでいることから恐らくはメス。金ゴマの全ての首が獣人を見つめている。


『かわいい』

『なんだバニーガールじゃないのか』

『逆バニー見せろ』

『ウサギって性欲強いんだよな……』

『ケモナー兄貴が沸いてて草』

『金ゴマの配信を見に来てケモナーじゃないって言い張るのは無理があるでしょ』

『いい足してんね。踏まれたい』


「お邪魔します。私は【赤き雨】の一員のエイブリーと申します。以後、お見知りおきを」


「なんなんだニャ。こいつ。ハンターのくせに丁寧に挨拶してきたニャ」


『赤き雨? 確かアンドレアもそう名乗っていたよな』

『ってこてゃ、このハンターもかなり強いのか?』

『金ゴマ逃げて!』

『知らなかったのか? ハンターからは逃げられない』


 エイブリーが足をトントンとさせる。そして、屈んでから金ゴマの方向に飛んだ。


「んにゃ!」


 とても速い突進。金ゴマも目で追うのがやっとな程度である。金ゴマはエイブリーの突進をかわす。


「ウサギだけあって凄まじい跳躍力だニャ。でも私は負けるつもりがないニャ。アンタの仲間のアンドレアだって、私の友達が撃退したんだからニャ!」


「はあ……そうですか。あんな弱いハンターを倒したくらいでイキられても困るんですけどね」


「よく、仲間にそういうことが言えるニャ」


「私は確かに赤き雨の一員ですが、仲間意識とかは特にないんで。アンドレアも弱い癖にイキっていたので自慢の角が折られて良い気味でした」


 エイブリーが再び屈む。そして、金ゴマに向かって跳躍をする。風を巻き込むほどの突進。金ゴマはかわそうとするが、回避が間に合わずにエイブリーの攻撃が直撃してしまう。


「あぁ! がはっ……」


「弱いですね。貴女のチャンネル登録者数ならもう少しやれると思っていましたが……」


 金ゴマの本来の数字であれば、エイブリーともう少し渡り合えていた。しかし、今の金ゴマはアクティブユーザーが減っていて、普段通りの力を出すことができない。


「うう……いつもの力が出ないニャ」


「それは好都合です。バニースタンプ!」


 エイブリーは高く跳躍した。そして、回転しながら金ゴマに向かって降り立ち、彼女を思い切り踏みつけた。


「がばっ……」


 エイブリーの本来の力に高さが加わり、いつもの3倍の回転を加えることでかなりの威力を発揮した。金ゴマはその攻撃を受けて地面に伏せてしまう。


「金ゴマ!」


 瑠璃は攻撃を受けた金ゴマを心配する。金ゴマの背中に痛々しいアザができてしまった。


『踏まれたいとか言っていた奴息しているか?』

『すみません。やっぱりさっきの発言はなしにして』

『そんなこと言ってる場合か! このままでは金ゴマがやられる。少しでも高評価を押して金ゴマを応援するんだ!』

『スパチャを投げてやる! オラ! これで回復しろ』


 瑠璃はリスナーからスパチャ(5000円)を受け取った。このスパチャはモンスターの力になるわけである。そのスパチャをステータスの増強に使ったり、回復に回すこともできる。そのスパチャで得た分のパワーをどう使うかの決定権はオーナーにあるのだ。


「金ゴマ。これで回復して」


 瑠璃はスパチャを4000円分回復に回すことにした。金ゴマは立ち上がり、グルルルと唸る。


「よし、これくらい回復すれば十分。後は金ゴマのスピード増強に使おう」


 現状ではエイブリーの速さについて行けてないのが問題である。金ゴマは補助系のスキルをあまり覚えていないが、その代わりのパワーは十分にある。そのパワーをエイブリーに叩き込めれば十分に勝算はある。


「まだ立ち上がるんですね。でも、それで私に対抗できるとは思わないでください!」


 エイブリーがまた屈む。エイブリーに対して警戒をする。エイブリーが跳躍する。その方向は金ゴマの方ではなった。金ゴマの頭上に移動して、天井に張り付いた。


「んにゃ!?」


「こっちです!」


 エイブリーがまた跳躍する。天井から壁へと移動して跳躍。金ゴマはそれを目で追う。追った矢先にまた素早く跳躍をして移動した。


「は、速い……!」


「ここです!」


 エイブリーが金ゴマの背後を取り、そこにドロップキックをかました。


「がはっ……」


 金ゴマはその攻撃を直撃してしまい、また倒れてしまう。


「私は速い。素早い。貴女なんかじゃ知覚できないほどに。貴女も3つの首があるから視野が広い。でも、それでも死角は存在する。私はその死角を突くだけ。それだけの簡単なことです」


『やべえ。強いぞ!』

『流石にこれは救援案件なのでは?』


「救援を呼んでみたらどうですか? 私はアンドレアのようにブロックなんて手は使いません」


「仕方ない。金ゴマ。今から救援要請をする。それまで持ちこたえてくれ」


 瑠璃は端末を操作して天馬たちに救援要請を行おうとする。しかし、現在デュラハンとメタルドラゴンは就寝中であった。


「ね、寝ている……」


 バーチャルモンスターも仮想空間上で生きている生物。当然眠ることもある。デュラハンとメタルドラゴンが眠っている時間が被っていたのだろうか。だが、瑠璃は驚愕の事実を目にすることとなった。


「え?」


 デュラハンとメタルドラゴンだけではない。事務所のほとんどのモンスターが眠っている。


「ど、どういうことだ?」


 瑠璃はスピーカーモードでエイブリ―に尋ねる。瑠璃の言葉を受け取ったエイブリーは素直に質問に答えようとする。


「デュラハンとメタルドラゴンだけ眠らせるだけで良かったのですが……他のモンスターも呼ばれても面倒ですし」


「……どういうことだ?」


「貴女。今の話で何も理解できていないのですか? 私が眠らせたってことですよ」


「スキルでか」


「スキルでです」


 まさかの眠らせてくる能力を持っているエイブリー。だが、ここで1つ解せないことがあった。


「なぜ、その能力を金ゴマに使わない」


「さあ、答える義理はありません」


 エイブリーは再び屈んで攻撃態勢を取った。金ゴマもそれに対応しようとじっくりとエイブリーの方を見据えている。


「金ゴマ! とにかく、視野の広さを活かすんだ。3つ首があることの意味をあのウサギに教えてやれ!」


「わ、わかったニャー!」


 瑠璃はもう1度端末を確認してみる。起きているモンスターを探してみる。ほとんどのモンスターが眠っている中、1体だけ起きているモンスターがいた。


「頼む……助けてくれ」


 瑠璃は祈りを込めて救援要請のボタンを押した。

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