第38話 勉強会

 ワンダーズの事務所。そこに1人の女子高生が自身のデスクで問題集を解いていた。


「わっかんなーい」


 頭をかきむしって、ペンを回して、最終的には机に伏して世の中の全てに絶望した表情を向ける少女。瑠璃。自宅の環境は誘惑が多いのでこうして事務所のデスクを借りて勉強しているわけである。


「瑠璃。どこがわからないのかわかるか?」


 あまりにも瑠璃が苦しそうにしているので天馬が話しかける。瑠璃はテストの解答用紙を天馬に見せた。


「これ全部」


「なるほど」


 解答用紙は驚きの白さ。どこがわからないとかそういう次元ではない。全部わからないのだ。


「天馬さん。世の中ってどうして勉強があるんだろうな」


「知らんがな」


 哲学的なこと言ってもバカはバカなのである。それは瑠璃の解答用紙が物語っている。


 天馬は問題用紙を確認する。ざっと流し見で見た感じ、現役世代ではないのに天馬はそのほとんどがわかった。それくらい簡単なものである。


「瑠璃って、どこで勉強がつまずいたとかそういう時期ってあるか?」


「勉強がつまずいたの……? えっと、小学生のころからかな。私が九九を言えるようになったのは小5の時だ」


「おっそ」


 思わず天馬がそう口にしてしまった。九九は大体、小2でマスターするようなものである。義務教育の初期からこのような状態。ある意味すごい。


「いや、多分天馬さんがイメージするようなバカさじゃないと思う! だって、私は7の段までは小2の時に言えてたし」


「なんでそこまで行ったなら。8の段以降もいけるだろ! なんで小5までかかってるんだよ」


「なんでだろうね……覚える気はあったんだけど、8の段ってなんか言いにくいの多くない? 互換的に覚えられなかったんだ」


「言うほどか?」


 瑠璃が途中から勉強に苦手意識を持つようになったとかではなくて、割と初期の段階からつまずいていたことに天馬は驚きを禁じ得なかった。


「まあ、とにかく。苦手を克服とかそういう次元じゃないから基礎からみっちりとやろう」


「基礎から?」


「ああ。と言ってもこのテスト自体基礎の塊みたいなものだけど」


 瑠璃の通っている高校はかなり偏差値が低い学校である。そのため勉強の内容もかなりレベルが低い。応用問題なんてまず出ない。


「うーん、これ半分中学校の内容だろ」


 天馬はつい思ったことを口に出してしまった。流石の瑠璃もカチンと来てしまった。


「な、なんだと! 私だって一応中学は卒業しているんだ!」


「そんな義務教育誰だって卒業できる。人生は勉強や」


 瑠璃はペンを持ちながら再び問題に向き合う。


「とりあえず、瑠璃。1回問題を全部解いてみよう。わからなかったら、解答を見て問題の答えを書く。そして、もう1度同じテストをするんだ」


「ん? 答えがわかっている問題をやって、何の意味があるんだ?」


「いいから、やってみよう」


 天馬に言われて瑠璃はテストの問題を解いていく。そして、答え合わせの時に大量の赤ペンで答えを書き入れていく。


「うへえ。900割くらい間違えてる」


「割合の勉強からし直す必要があるのか……」


 なんやかんやで1割程度は正解できていた瑠璃。それでも合格ラインには届かない。


「それじゃあ、もう1度同じテストをやってみよう」


「そんなの100点取れるに決まってるじゃないか。答えがわかっているんだから」


 瑠璃はもう1度同じ問題を解いた。しかし、結果は……


「20点……」


「瑠璃。赤点ラインって何点だっけ?」


「30点ね」


「事前に問題と答え知っていてなぜそうなる」


 流石の天馬もこれには苦笑いをせざるを得なかった。でも、これである程度の希望は見えてきた。


「最初にやった時よりも点数は上がっている。つまり、瑠璃はきちんと学習はできているわけだ」


「ほうほう」


「ただ、その学習の速度が人より遅い。でも、遅いだけで成果は出る。だから人の数倍もやれば人並の点数は取れるだろう」


「マジかよ。それじゃあ、私は東大に行けるってことか?」


「可能性はゼロじゃないけど、限りなくゼロに近いな」


 絶対に無理とは言わない天馬の精一杯の優しさ。人並の点数で東大に行けると思っているヤバい女の瑠璃。


「とにかく瑠璃。それを繰り返して少しでも点数が取れる勉強をするんだ。もう、この祭、点数さえ取れれば内容は理解してなくてもいい」


 天馬の発言は教育者的にはとんでもない発言にはなるが、瑠璃は高校を卒業さえすればバーチャルの世界で生きていけるので、意外と重要なことだったりする。


「な、なるほど。全てを理解する必要はないのか……?」


「多分、再試もこのテストの問題とある程度は被るはずだ。このテストの答えを完璧に暗記したら赤点ラインを割るということはないだろう」


「なるほど。天馬さん頭いいな!」


 バカに頭が良いと褒められても良い気がしない天馬だった。


「とにかく。瑠璃。キミはこのワンダーズの事務所に絶対必要なんだ。こんなところで留年なんてしてくれるなよ」


「うん。わかった。絶対に赤点を超えてみせる!」


 なんか良い雰囲気での決意のように見えるけれど、やっていることは偏差値低い高校のテストの赤点回避のための勉強である。かなり志が低いことである。


 天馬の励ましもあり、瑠璃は真面目に勉強に取り組み再試本番。瑠璃は落ち着いてテストに臨むことができた。


 テストが返却された日の放課後、瑠璃は真っ先にワンダーズの事務所に向かった。


「天馬さん! やったよ! 私、赤点回避した!」


 最低点数35点。最高得点43点の各教科のテストを握りしめた瑠璃。


「おお! すごいじゃないか! 瑠璃。やったな! 努力の成果が出ている!」


 恐らく、常人がなんの努力もしなかった結果取るような点数を、努力で勝ち取った瑠璃、当人はとても嬉しそうだし、天馬もその喜びを共有している。


「やった! これで事務所を辞めずに済んだ! また天馬さんと一緒にいられる!」


 瑠璃は嬉しくてついその言葉が漏れてしまう。


「そうだな」


 天馬もその言葉を特に気にすることはなかった。



「ねえ、金ゴマ。機嫌直してくれよ」


 瑠璃が端末の金ゴマに話しかけている。瑠璃が再試のためのテスト勉強中に金ゴマにかまう暇はなかった。


「別にー。私はクルワサンたちと遊んでいたから、寂しくなんてなかったニャー」


 そうは言ってもオーナーである瑠璃に全く構われずに拗ねてしまった金ゴマ。実に犬らしい反応である。


「これからはいっぱい構うからさ。それで許してくれ。な?」


 金ゴマの尻尾が左右に振れる。


「し、仕方ないニャ。瑠璃がそこまで言うならまた元のパートナー関係に戻ってやってもいいニャ」


 口角を上げる金ゴマ。瑠璃にまた構ってもらえて喜びを隠しきれない。


「よし、それじゃあ。マジックハンドでお耳をこちょこちょしてやる」


 バーチャルモンスターと触れあえる手のマジックハンド。それを使って瑠璃は金ゴマの耳をこちょこちょとくすぐった。


「あぁ! 良い。そこ、気持ちいいニャー」


 大好きな瑠璃に耳を撫でられてご満悦の金ゴマ。しかし、金ゴマの耳は6つある。ケルベロスだもの。


「このまま全部の耳をかいて欲しいニャ」


「わかった。任せろ」


 瑠璃はこちょこちょと金ゴマの耳をくすぐり続けた。そんな平和で微笑ましい日常の1コマ。それがいつまでも続くと良いが、なかなかどうしてそういうわけにもいかない。


 バーチャルハンター。モンスターを狩る存在。その陰が迫っていることをまだ彼女たちは知らない。ハンターは配信中に突然やってくる。その予兆もなにもない厄介な存在だ。

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