第37話 失礼な畜生
けたたましいエンジン音。これで公道を爆走すると確実に迷惑がかかるであろう音量。そんな公害クラスの音量でも、配信内でのみ響かせるのであれば気にならない。
メタルドラゴンが宙を自在に飛び回る。空中で宙返りをしたり、急な方向転換。なにもかもがメタルドラゴンの思いのままだった。
そう、今この瞬間。メタルドラゴンは空の覇者となっているのだ!
『おお!』
『きちゃああああああ!』
『これを見に来た』
『こういうのでいいんだよ! こういうので!』
コメント欄が沸き立つ。画面越しのリスナーたちがスタンディングオベーションしている図が浮かんでくる。
「うっ……」
メタルドラゴンのジェットの勢いが弱まる。急にスピードが落ちて行動も下がっていく。空の覇者とはなんだったのか。その称号を秒速で返上するほどの体たらくな落下っぷりにコメント欄も白ける。
『は?』
『なにこれ』
『持続力なさすぎて草』
『いや、草も生えんわ』
フルパワーブーストジェット。文字通り、最大出力を出して飛行する技。そのスピード、コントロール、パワー。どれを取っても一級品であるが、唯一の弱点。メタルドラゴンのスタミナの問題があった。
モンスターの原則。スキルを使えばスタミナが減る。クルワサンも何度も妖精のエールをしたことで疲れたのと同じようにメタルドラゴンもフルパワーのジェットで急速にスタミナが失われたのであった。
地に堕ちたメタルドラゴン。さっきまで大空を自在に飛んでいたとは思えないくらいに地面に這いつくばる。
「うへぇ。疲れた也」
「お疲れ様。メタルドラゴン。とりあえず、空は自由に飛べるようにはなったね」
クルワサンは心の中で「時間制限付きで」と付け加えた。事実、制限時間内であれば、メタルドラゴンはクルワサンをも上回る飛行能力を手にすることができたのだ。
「後の課題はこのスタミナの問題をどう解決するかだね」
「うーむ。我はスタミナには自信があった。だが、それでもすぐにスタミナが尽きてしまった也。かなりのスタミナ消費量だな」
「まあ、その辺のことはおいおい考えていくこととしよう。とりあえず、メタルドラゴンもフルパワーブーストを自力で習得できるようにがんばってね」
「うむ。わかった也。クルワサンの応援頼りというのも情けないからな」
こうしてスタミナが尽きたことにより、メタルドラゴンの特訓は終わった。とりあえず、メタルドラゴンの飛行方法はジェットによる噴射。それはコントロールを犠牲にするか、スタミナの犠牲にするか。その二択を選べるようになった。クルワサンのように汎用性が高くて自在に飛べるというわけではないが、有効に使えば十分に通用するスキルである。
◇
メタルドラゴンを鍛え終わってから数日が経過した。天馬はメタルドラゴンの様子が気になっている。
「クルワサン。最近メタルドラゴンに会ったか?」
「うん。会ったよ。とりあえず、フルパワーブーストジェットを自力で習得したみたい。これでボクの応援はもういらないね」
「そうか。それは良かったな」
「今はそのスキルを使いこなすためにスタミナの特訓中だってさ。メタルドラゴンもがんばって強くなろうとしている。天馬、ボクも強くなりたいよ!」
クルワサンの目が輝きとやる気に満ちている。濁りなきそのキレイな眼は配信に映していたら、間違いなくリスナーを魅了していたことである。
「そうだな。クルワサン。俺たちも配信してもっとスキルを手に入れて強くなるぞ!」
「うん!」
気合とやる気に満ち足りている2人。そんな時、天馬の端末に通知が来た。
「ん? 金ゴマから通知だ。珍しいな」
瑠璃から通知がくることはあっても、それを経由せずにモンスターの金ゴマ側から通知がくることはあまりなかった。
なにか重要な連絡事項があるのではないかと天馬がメッセージに目をやる。
『天馬! 大変だニャー! 瑠璃がピンチだニャー!』
「なんだって!」
天馬に緊張が走る。ピンチ。もしかするとバーチャルハンターに襲われているかもしれない。アンドレア戦のように救援要請をブロックする小細工をされる可能性だってある。
そう思った矢先、天馬はあることに気づいた。
「ん? 瑠璃がピンチ? 金ゴマじゃなくて?」
『違うニャー! まあ、ある意味で瑠璃のピンチは私のピンチでもあるんだけどニャ』
なかなか本題を切り出さない金ゴマ。天馬はもどかしさを感じながらも冷静に話をきこうとする。
「まあ、落ち着け。金ゴマ。とりあえず、なにがあったか。順を追って話してくれ」
『わかったニャ。実は、瑠璃がテストで赤点を取ったんだニャ』
「いつものことじゃないか」
瑠璃は学校の勉強がなによりも苦手である。瑠璃の両親の家系は基本的に優秀な人材がそろっている……のであるが、父方の伯母に1名ほど頭がアレな人間がいる。おそらくはそれが隔世遺伝したと思われるレベルで勉強が苦手なのである。
『今回は本当にピンチだニャ。今までは温情を与えられていたけれど、瑠璃があまりにも不出来すぎたから、最悪留年もありえるところまで来ているニャ』
「高校生で留年は流石にヤバいだろ……」
『そうだニャ。このままだと瑠璃が留年からの退学コンボを食らってしまうニャ』
日本の高卒資格を取ることの世知辛さを天馬は感じ……なかった。天馬自身、普通に大卒であるし、周りの友人たちもほとんどが高卒以上である。むしろ、高卒資格を取るのが危うい瑠璃に対して若干引いているところはある。
『瑠璃は一応、高校はちゃんと出ることを条件に親からVtuber活動を認められているニャ。それとバーチャルモンスターのオーナーも。だから、もし瑠璃が退学にいなったら私はどうなるんだニャ?』
「んー? さあ。金ゴマは事務所からの貸与モンスターじゃなくて、瑠璃の持ち込みだから権利は瑠璃にあるんじゃないのか?」
『あ、そうか。なら、瑠璃と別れなくていいんだ。じゃあ留年してもいいや』
「逆転の発想をするな。今の学歴社会において、高校は最低限出ておいた方がいいぞ。なにをするにしても、潰しが利かなくなる」
「大丈夫だニャ。Vtuberに学歴は関係ないニャ」
「まあ、それはそうだけど。そのVtuber活動も親に止められるんだろ?」
『平気平気。18歳で成人すれば親の言うことなんて聞く必要がないニャ』
金ゴマの剛の発想に一般的な社会常識を持つ天馬は呆れてしまう。
「あのなあ。それはそうかもしれないけれど、親が賛成してくれるのと反対の立場なのでは、人生の難易度ってものが変わってくるんだよ」
『そうニャの?』
「まあ、とにかく。最低限高校は出た方が良いから……うーん。なんとか進級できるようにしないとな」
『天馬が勉強を見てくれるのかニャ?』
「そのつもりではいる」
『教員資格を持っている人に教わっても頭が悪い瑠璃に? 教員資格を持っていない天馬が教えるのかニャ?』
「言い方ってもんがあるだろ! 俺と瑠璃、双方に対して失礼だろ! 正論だけど」
確かに天馬はこれまで他人に勉強を教えた経験がほとんどない。プロの教員ですら瑠璃を導けなかったのに、天馬が勉強を見たところでどうにかなる問題でもない気がしてくる。
「まあ、とにかく。やるだけやってみよう。行動したらなにかが変わるかもしれない。でも、行動しなかったら何も変わらないんだ」
『ありがとう天馬。瑠璃のために……』
「俺は教員免許持ってないけどやるだけやってみるさ。教員免許持ってないけど」
『もしかして天馬。すねてるのかニャ?』
「若干な」
『ごめんニャー』
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