第36話 フルパワーブースト

 クルワサンとメタルドラゴンの特訓も1時間以上が過ぎた。それくらい空中で鬼ごっこをしていると、当然モンスターたちのスタミナも尽きていく。


「ハァハァ……ねえ、メタルドラゴン。休憩しない?」


「うむ。そうだな……」


 クルワサンは空中で息を切らしていた。メタルドラゴンも集中力を欠いていて飛び方が雑になっている。下手すると特訓開始時よりも精度が落ちているような気さえしてくる。


 クルワサンは地上に降りて、メタルドラゴンの隣にちょこんと座る。


「クルワサン。すまないな。我がもう少しうまく飛べればこんな特訓に付き合わさずに済んだのに」


「ううん。気にしないで。ボクも空を飛ぶ良い特訓になっているよ」


 クルワサンの飛行能力もまた洗練されていっている。長時間飛行してもスタミナ消費を抑えられる飛行方法をマスターしつつある。


「我にも飛べる翼があればこのようなことにはならなかったのに」


「うーん……やっぱりジェット装置の利用を極めることでしか飛べないのかな? メタルドラゴンのスキルでジェットを補助するやつはないの?」


「スキルか? ジェットに関係するものは全て取得したつもりだ。それでも、新しいスキルは解放されなかった也」


 スキルを覚えることで新しいスキルが出現することはある。それはクルワサンも経験済みである。


「うーん。じゃあ、後は本当に地力を鍛えるだけしかないのかな?」


 クルワサンがアゴに指先を当てて考えている。クルワサンの発言には大きな意味がある。もし、スキルを習得することで解決できるのであれば、そのスキルを習得したほうが早い。


 クルワサンの言葉に思うところがあった天馬は端末を開く。そして、妖精のエールの対象となっているメタルドラゴンのスキルを調べてみた。


「うーん? 確かにジェット系統のスキルは習得してある。だが、SLVが1で止まっているのもあるな」


 スキルの解放条件というのは色々と複雑である。全く役に立たないと思われるスキルでも、強いスキルの前提条件となっている場合もある。


「クルワサン。妖精のエールを使えるか?」


「ん? ちょっと休憩したからスタミナ回復して使えるようになったけど、それがどうかしたの?」


「今から、メタルドラゴンのスキルを強化する」


「え? でも、ジェット系統のスキルは取ってあるって」


「SLV1で止まっているのもある。今のクルワサンの妖精のエールだとSLV2まで引き上げることは可能だ。それによって何かが変わるかもしれない。それと、もう1つある。メタルドラゴンが習得するのが難しいと思う条件のスキル。それも一緒に上げよう」


「習得するのが難しい……? どういうことだ? 天馬殿」


 メタルドラゴンは首をかしげる。


「例えば、習得条件が難しすぎて割に合わないと思っているスキルでも強力なスキルの前提条件になっている場合がある。デュラハンだってペガサス化のスキルの前提となるものは解放が難しくて放置していたらしい」


 ただ単に馬を召喚するだけのスキル。デュラハンとココロはそれの習得を後回しにしていた。だが、実際のところは強力なペガサスを召喚するスキルなので、空中戦に役に立つ便利なものであった。


「もしかしたら、全く関係ないところからジェットを強化するスキルが解放されるかもしれない」


「そうか。クルワサンのエールなら、実際に習得しなくてもそれが隠しスキルの顕在化けんざいかに繋がるか調べることができる也」


「そういうこと。クルワサン。ちょっと応援で疲れるかもしれないけれど、がんばってくれ」


「うん。わかった。それは全然大丈夫だよ。まずは何をあげる?」


「そうだな。SLV1で止まっているジェット系列のスキルを全部2にしてみよう。それでなにかが変わればジェット系統のスキルレベル上げに注力すればいい」


「わかった。それじゃあ行くよ! えい!」


 クルワサンの魔法で両手にボンボンが生えてきた。クルワサンはそのボンボンを振り振りして、メタルドラゴンを応援する。


「がんばれー! ファイト! ファイト! レッツゴー! メタルドラゴン!」


 華麗なチアダンスを見せることでメタルドラゴンのジェット系列のスキルのSLVが上昇していく。


「お、おお! 力がみなぎってくる也!」


「妖精のエールはこの配信が終わるまで有効だ。メタルドラゴン。試しに飛んでみてくれ」


「わかった。天馬殿」


 エールでスタミナを消費して肩で息をしているクルワサン。現状では彼に空を飛ばすのは無理なので、メタルドラゴンだけに飛ばせてみることにする。


『クルワサンのチアダンス見れただけでこの配信には価値がある』

『俺の男の娘好きのSLVも上昇しそうだよ』

『そんなSLVはない定期』


「それでは、メタルドラゴン参る!」


 メタルドラゴンがジェットを噴射して移動する。ジェットの爆音が……ならない。けたたましい轟音もない。静音。圧倒的静音。


「天馬殿。どうやら、ジェット機が静かになったことくらいは普通のよう也」


「なるほど。SLVが上がると静音になるのか……ステルス性能が増したな!」


 ただ、それだけ。本当に音を置き去りにしただけ。ジェットの速度の上昇も小回りが利くようになったとかもない。


「よし、クルワサン。作戦変更だ。ここからは……総当たりで行く!」


「うへえ」


 応援する方のクルワサンは何を応援すればいいのかよくわかっていない状況である。


「がんばれー! がんばれー! なんか知らないけど、メタルドラゴンのスキルでいいのこーい!」


 クルワサンが次々にスキルを解放していく。しかし、どれもジェットにつながるものがない。


「がんばれ! がんばれ!」


 クルワサンの決死の応援。それでも、メタルドラゴンのスキルは解放されない。


「ぜーはーぜーはー……ちょ、ちょっと厳しいかも。次が最後の応援にしよう」


「そうか。クルワサン。よくやってくれた。これで解放しなかったら諦めよう」


 メタルドラゴンの強化も必要なことではあるが、クルワサンの体も大切である。無理をさせることはできない。


「がんばれー! メタルドラゴンがんばれー! ボクの最後の応援! 受け取って! えい!」


 クルワサンが大きく足を上げる。その瞬間。パリーンと何かが割れる音がする。


「この音は! きた! スキルが解放されたぞ!」


『きちゃあああああ!』

『なんのスキルが解放されたんだろう』


 天馬はメタルドラゴンのスキルデータを確認する。そこに表示されていたのは……


アーツスキル『フルパワーブーストジェットSLV1』


「ジェット関連のスキルだ。フルパワーブースト。なんかすごそうだな」


 天馬は自分のモンスターではないのに、メタルドラゴンが強化されることでワクワクしてきた。


「クルワサン。最後の応援といったな。あれ取り消すことはできないか?」


「うん。いいよ。ちょっと待っててね」


 クルワサンが深呼吸をして体を落ち着かせる。そして、またチアダンスを始めてメタルドラゴンを応援する。


「メタルドラゴン! がんばれー! 自分の限界を超えて! 大空を舞えー!」


「ありがとうクルワサン。我……大空を舞う也!」


 メタルドラゴンが新たなスキルを獲得する。そして、それを使いジェットを扱う。


「フルパワーブーストジェット! 起動!」


 ギュイイイインとジェット機がうなる。先ほどの静音ジェットの存在などあったのかなかったのか、そんなことすらも気にならないくらいのロマンあふれるチャージ音が聞こえる。


『お、おおおお!?』

『きちゃあああああああ!』

『こういうのでいいんだよ』


「うおおおお!」


 天馬もリスナーたちも興奮している。やはり、メカは男のロマンと言われるだけのことはある。


 この“音”は男子の本能に語り掛ける。「男の子ってこういうのが好きなんでしょ」と。

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