第35話 ジェット操作の特訓

 ワンダーズの事務所のバーチャルモンスターたちの待機所。そこにクルワサンとメタルドラゴンが休んでいた。


 天馬が事務仕事をしている間はクルワサンはヒマでヒマで仕方がない。だから、同じく暇を持て余しているメタルドラゴンと一緒に語らっていた。


「時にクルワサンよ。もう一人飛べる人材が欲しくないか?」


「うーん。飛べる人材か。確かに欲しいかもね。鵺との戦いでは、デュラハンががんばって飛んでくれたからよかったけど、あれはボクの応援がありきだし」


「そうだろう。というわけで、我も飛べるようになりたいなり


 メタルドラゴンの藪からスティックな発言にクルワサンは目をパチパチとさせる。


「そういえば、メタルドラゴンってドラゴンなのに飛べないね」


「ドラゴン全員が飛べるという偏見はよくない。それに、我だって一応は飛べはする。ジェット展開!」


 メタルドラゴンの背中に積んであるジェット。それが噴射する。ジェットが噴射する角度をうまい具合に調整することでメタルドラゴンは噴出して飛んだ」


「おお……!」


 メタルドラゴンはそのまま重力に従って落下する。ドスンと重量級そのものの音を立てる。


「とまあ、このように飛ぶこと自体はできる」


「なんだ。飛べるならいいじゃない」


「いや、本題はこれから也。我は飛べはするが、クルワサンみたいに自在に飛ぶことはできない。例えば、ホバリングや方向転換、急上昇や急降下などそれらのコントロールが難しいのだ」


 クルワサンは羽を使って起用に自由に飛ぶことはできる。だが、メタルドラゴンはジェットの噴出を使って飛んでいる。その分、コントロールをするのは難しい。


「うーん。それでメタルドラゴンは何がしたいの?」


「我がしたいのは特訓也!」


「特訓……」


「うむ。バーチャルモンスターの強さを決定づけるのは何も数字だけではない。こうした特訓もしてスキルを使いこなすことでも強くなることは可能也!」


 クルワサンもメタルドラゴンの発言には思うことがあった。クルワサンもスキルを駆使して足りない数字を埋めて、アンドレアの撃退に成功した。メタルドラゴンも飛行をコントロールできるようになれば、事務所の戦力も向上する。


「クルワサン。頼みがある。我と空中で鬼ごっこをしてくれぬか?」


「鬼ごっこ?」


「うぬ。我が空中でクルワサンを捕獲できるようになれば、それはもう自在にコントロールできたことの証左である!」


 クルワサンは考える。そして、1つの名案を思い付く。


「そうだ。どうせなら特訓の様子も配信にしない? ボクとメタルドラゴンでコラボするの」


「特訓の様子を配信か。なるほど。確かにクルワサンも正拳突きによる特訓の配信をしていた也」


「ボクの場合はスキルを覚えるのに必要だったからやったわけだけど、それで気づいたんだ。別にスキル習得目的以外でも特訓の様子は配信になるって」


 画面映えしないと思われていても、推しの配信者が映っているだけで救われる命はある。


「あいわかった。我もオーナー殿に確認してみる」


「うん。ボクも天馬に配信スケジュールの調整をしてもらうよ」


 こうした流れもあり、クルワサンとメタルドラゴンの特訓配信が決定した。



「こんメタル。我の名はメタルドラゴン。今日は妖精のクルワサンと一緒に特訓する配信をすることとなった。よろしくたのもう」


「みんなこんにちは。ボクは妖精のクルワサン。今日はメタルドラゴンの特訓に付き合うことになったんだ」


 メタルドラゴンが空を飛べるように特訓する配信。無骨な金属の体のドラゴンでかっこいいと評判のメタルドラゴンと、かわいい男の娘妖精のクルワサンの奇跡のコラボレーション……というわけでもない。同じ事務所だからいつかこういう日が来てもおかしくはなかった。


「それじゃあ、どういう特訓をするか説明するね。まず、ボクが空中を勝手に飛び回ります。それをメタルドラゴンがジェットで飛んで捕まえようとします。ボクはそれから逃げる。ボクを捕まえられればメタルドラゴンはもう自由に空も飛べるはず!」


「我は全力でクルワサンに挑む。クルワサンも決して手は抜いてくれるなよ」


「うん。それはもちろん」


【メタルドラゴンって飛べなかったんだ】

【正確には飛べるけれど、クルワサンみたいに自由に飛べないってことね】

【まあ、あのジェットは小回りがききそうにないからね】

【メタルドラゴンも実直な性格だから、細かい調整は苦手だろうし】


 今までのメタルドラゴンは数字を持っているからこその強さに甘えていたところはあった。だから、ジェットを自在にコントロールできないところで困ることなどなかった。


 しかし、今は違う。鵺との戦いで空中戦を自在にできるかどうかが勝敗を左右しかねないことを学んだ。あそこで自分が飛べていれば、もっと仲間に楽をさせることはできたはず。


「じゃあ、行くよ。メタルドラゴン」


「おう」


 クルワサンがヒラヒラと飛ぶ。その美しくしなやかな飛翔は空を完全にわが物にしていた。


「我もその境地に行く也! 行くぞ!」


 メタルドラゴンがクルワサンの方向を見据える。照準を合わせて。ジェット噴射!


 ものすごい勢いでクルワサンに向かって飛ぶ。クルワサンは前進して位置を移動する。さっき照準を定めた方向にクルワサンはいない。メタルドラゴンも方向転換の必要がある。


「ジェット噴射!」


 メタルドラゴンが角度を変えるために再度ジェットを噴射する。しかし……照準がてんでデタラメ。クルワサンのはるか頭上を飛んでいき、天井に頭をぶつける。


 ドゴォと気持ちよすぎるくらいの音が響き渡る。メタルドラゴンは天井にぶつかった後に落下して、またもや重量級特融のドッスリと重い音を立てた。


「あ、アチャー。メタルドラゴン大丈夫?」


「くっ……もうちょっと下を狙うべきだったか」


 地上では上手く照準を合わすことができても、空中ではそんな余裕はない。なにせ、空中は自分の位置も安定しないのである。ジェットで上昇するか、重力に従って落下する体。それも計算に入れて照準をセットしなければ上下に位置が大幅にズレるのは当然のことである。


「もう1度頼む。クルワサン!」


「うん!」


『がんばれメタルドラゴン!』

『俺もクルワサンと追いかけっこしたい』

『割とドン引きされた状態でクルワサンから逃げられたいよね?』

『お前は何を言っているんだ』


 クルワサンが再び舞う。それを狙うメタルドラゴン。しっかりと照準を合わせてジェット噴射!


「行くぞぉおお!」


 メタルドラゴン。今度はきちんと照準を計算し、ジェット噴射! 轟音と共に進むメタルドラゴン。完全にクルワサンを捉えている軌道! しかし……メタルドラゴンの高度はクルワサンを前にしてぐんぐん下がっていく。


「あ、あれ……?」


 軌道は完璧だった。しかし、ジェットの噴出量が足りなくて、途中で力尽きてしまう。


「くっ……もう一度発射!」


 メタルドラゴンがジェットを噴出する。しかし、慌てて噴出したため、飛ぶ方向が滅茶苦茶。あらぬ方向に飛んでメタルドラゴンは壁へと激突してしまった。


「ぐぬぬ」


「惜しい! ジェットの量が足りていればボクを捕まえられたかもね」


『メタルドラゴン。なかなかセンスあるじゃないの』

『でも、ちょっとだけ足りてない感じがするね』

『えー? こんなので筋がある扱いなの? 俺ならもっとうまく飛べる』

『お前は誰なんだよ。ジェットエアプが偉そうに語んな』


 たまに配信チャットに現れるエアプおじさん。それはモンスター相手にも発動するのであった。

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