第34話 10万人記念歌配信
「クルワサン。世の中にはどうしても避けては通れないこともある」
神妙な面持ちで語る天馬。クルワサンもゴクリと生唾を飲み、天馬の言葉を待つ。
「ところで、クルワサン。最近歌の調子はどうだ?」
「うん。採点で60点とった!」
「すごいじゃないか! 100点満点中60点だなんて! 半分取れていれば合格ラインだろ!」
あまりにも低すぎるハードル。だが、クルワサンの元の歌唱力を考えれば十分すごいことである。
「うん! だよね! ボクも自分で自分のことをすごいと思っているよ!」
天馬が事あるごとにクルワサンを褒めるものだから、クルワサンも自己肯定感の塊になってしまっている。
「というわけで、これから平のボスに歌配信の許可を申請してきます」
「うん! いってらっしゃい! 天馬隊員!」
クルワサンがビシっと敬礼をする。天馬もつられて敬礼をして平のデスクへと向かった。
「いいよ」
「ボス。まだ何も言ってません」
パソコンのディスプレイを睨んでいる平。天馬が来た瞬間に許諾をする。まるで、利用規約やプライバシーポリシーを読まずに同意するがごとくの行動。良い子のみんなはちゃんと利用規約を読もうね!
「キミたちのアホくさい会話は聞こえていたよ」
「なんですか。俺とクルワサンがイチャついているのを盗聴しないでください」
「聞かれたくないのならボリュームを落としたまえ。そんなことより、歌配信の話だったよな。まあ、60点も取れていれば不快にならない程度の笑える下手さにはなっているだろう」
「なんですか! その言い方は! 不快はともかく、クルワサンを笑いものにするなんてひどい話ですね!」
「そっちに引っかかるのか。クルワサンの歌声は丁度良い具合に仕上がっているということだ。良い意味で」
「ボス。なんでもかんでも、良い意味を付ければ許されると思っていますか? 良い意味で浅はかですね」
「なるほど。上司に対して良い意味で口の利き方がなってないな」
良い意味で会話が脱線してきたところで、話は本題に戻る。
「クルワサンに歌わせる楽曲とかどうしますかね。最近流行りの曲行っちゃいますか?」
「おう、行ってやれ! 私は歳だから流行りの歌には疎い! だから、海渡君のセンスに任せた!」
エンタメを配信する側の人間として流行りに疎いのはどうかと思われるが、天馬は自由にやっても良いと前向きにとらえてクルワサン用の楽曲リストを作成していく。
「よし、クルワサン。この曲を歌うんだ。本番まで練習しよう」
「うん! わかった。ボクの妖精の美声でリスナーたちをメロメロにしてあげる!」
クルワサン。カラオケの祭典60点。その美声で何人のリスナーがメロメロになるのか。
◇
クルワサンの歌配信は10万人記念配信と被らせることにした。これにより、多くのリスナーの注目の元、クルワサンが歌うこととなる。
「みんな。今日の歌配信来てくれてありがとうね。初めての歌配信。なんだか緊張するなー」
『かわいい』
『緊張しているクルワたんかわヨ』
『妖精の歌声だからきっとキレイだろうな』
リスナーたちの期待が高まる。その富士山クラスにまで高くなったハードルを見て、なぜか天馬は勝利を確信した笑みを浮かべている。
「さあ、クルワサン。練習の成果を見せてやるんだ」
その自信はどこからくるのかまるで理解不能。クルワサンがマイクを手に取ったところで、天馬が歌を流す。
クルワサンが歌う。その歌は一言でいえば下手。オブラートに包めば、将来には可能性を感じる歌声である。
『なにこの歌』
『思ったよりひどかった』
『俺より上手い』
『下手だけどかわいい』
『それな。かわいければいいんだよ』
『お遊戯会かな?』
『やばい。父性本能が刺激される』
賛否両論。思ったより賛同意見の方が大きかった。なにせ、ここはクルワサンのファンが多い場所。当然、肯定的な意見の方が多くあるものである。だが、それでも否定する者がいるレベル。それがクルワサンの歌声なのだ。
クルワサンリサイタルはなぜか好評だった。その後もクルワサンの歌配信は続いて、スキルを獲得するに至ることができた。
アーツスキル『
効果:自分含めた味方の耐性を上げる。
「うーん。補助スキルか。まあ、名前から予想していたけれど、クルワサンは本当に補助系のスキルが多いな」
補助スキルは使いようによっては強い。それはもう戦いの中で証明されている。数字が負けていても逆転する可能性が残されているのは攻撃スキルよりも補助スキルなのである。
「まあ、クルワサンも10万パワーを手に入れたし、大抵のやつには負けないかな。大抵のやつにはな……」
天馬が危惧しているのはジェイドの存在である。アンドレアと同じ組織に属しているということは、アンドレアと同等以上の実力を持っていると考えた方がいい。更に【赤き雨】の人数も不明。それなりに大きい組織だと思っていた方が良い。
それを考えるとクルワサンの数字はまだまだ足りていない状態である。
「まあ。クルワサンだけじゃない。他にも事務所のみんなも強くなってくれた方が良いかな」
救援というシステムがある以上、事務所の仲間とは一蓮托生の身である。忍者軍団(鵺)との勝負もみんなと協力したから勝つことができたようなものである。
◇
配信を終えた天馬は平の元を訪れていた。
「海渡君。クルワサンのスキルの調子はどうかな?」
「ええ。おおむね順当に解放されています」
「そうか。定期的にスキルパネルは確認した方がいいからな。いつ、なんのきっかけで新しいスキルの条件が解放されるかわからないから」
「はい。そうですね。そういえば、新たなスキルの条件が解放されました」
「新たなスキルの条件? なんだねそれは……」
「はい……10万人突破スキルの『魅力上昇SLV1』を解放したら出てきた更なるステップ。それは……」
『超進化』条件:チャンネル登録者数100万人を突破する。
「100万で解放される新たなるスキル。超進化か」
「ええ。クルワサンはこれまでチャンネル登録によって進化してきました。これも一つの通過点ですね」
「このスキルは妖精のエールで解放できないのか?」
「これには、SLVの表記はありません。特殊なスキルというわけですね。つまりレベルを持たないのでエールの対象外です」
「レベルを持たないのなら、レベルは0ではないのか?」
「違います」
平はまだ妖精のエールの仕様を理解していなかった。
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