第33話 出会いのエピソード

 ある日、とある企業にインターン中の大学生の青年のスマホに芋虫が生えてきた。


 バーチャルモンスター。どこから来たのかわからないモンスター。仮想空間上にある日、突然現れてそこに住み着くという性質を持っている。


「んみぃ……んみぃ」


「どうすんだよこれ」


 青年はそのスマホを見たまま途方に暮れてしまう。青年のスマホを見たインターン先の企業の担当者は目を丸くして驚いた。


「な、なんだそれは……まさか、バーチャルモンスター?」


「ええ。そうみたいですね」


「ふむ……稀に個人のスマホにバーチャルモンスターが入り込むことがある。そのモンスターをわが社に預けてくれないだろうか?」


「これですか? ええ。いいですよ」


 青年は快諾した。出会ったばかりで特に思い入れも何もない。自分にはバーチャルモンスターを飼育する知識もない。そんな状態で、このモンスターを幸せにできそうにないので、そういうノウハウがある企業に預けた方がこのモンスターも幸せだろう。そう思考するのに1秒もかからなかった。


「それじゃあ、弊社の事務所のマシンにアクセスしてくれ。外部用に解放してあるアクセスポイントはここだ」


 青年は指定されたアクセスポイントのアドレスとパスを打ち込む。もうワンタッチで目の前の芋虫を他人に譲渡できるところまで来ている。


「なんでお前がここに来たのかはわからない。でも、いい人に育てられるんだぞ」


 青年がスマホをタップする。もうこれで転送が終わるはず。そう思っていたら……


「んみいいいいい! んみいいいい!」


 芋虫型モンスターがものすごい勢いで抵抗している。必死に別端末に行かないように床に張り付いている。


「な、なんだこれは。どういうことですか?」


 青年は担当者に尋ねる。担当者もこんなケースは初めてで首をひねる。


「私にもわからない。ちょっと1回転送を中止してみよう」


 担当者の言う通りに青年は転送を中止した。「んみい」と安心した様子で芋虫型モンスターは一息ついた。


「んみい! んみい!」


 芋虫は青年の方を見て抗議の視線を向けている。かなり憤慨している様子で小さい体躯ながらも地団駄を踏んでいる。


「なんで怒ってるんですかね?」


「さあ。転送しようとしたからじゃないのかな?」


「…………それってここの環境が気に入っているってことですか?」


「いや、スマホの環境と言うよりかはキミのことが気に入っているのかもしれない」


 担当者の言葉に青年は目をぱちくりとさせて停止する。


「これが? 俺を? 気に入ってるんですか?」


「ああ。私も色んなモンスターを見てきたけれど、なんというか。そのモンスターはとてもいい顔をしている。信頼できるパートナーに出会えたというような」


「信頼できるパートナー? 俺? こいつと初対面ですよ?」


「さあ? でも、この子は初対面でもなんでも関係ないみたいだ。もしかしたら、前世でなにか因縁があるのかもしれないな。ふふ」


「なんですか。そのスピリチュアルな話は」


 バーチャルモンスターは最新の科学技術の中で生きている。そんな中で前世がどうのこうのという霊的な話は少しミスマッチに思えて青年は呆れてしまう。


「んー。そうだな。まあ、せっかくだし名前を付けてみるか」


「んみい!」


 名前を付けると言われると芋虫モンスターは喜んだ。


 丁度、昼時。腹が減っていた青年はその芋虫の形状を見てなぜかコロネパンが食べたくなった。


「んー。じゃあ、お前は今日からコローネだ。うん、俺の口がそう言っている」


「んみい!?」


 芋虫型モンスターはショックを受けてしまった様子でうなだれる。本当は別の名前を持っているのかもしれないし、そうでないのかもしれない。


「うーん。なあ。キミ。内の事務所に入らないか?」


「え?」


「キミだっていきなりそのモンスターを育てるのは大変だろう。だが、ウチの事務所はモンスター育成のノウハウがある。キミのモンスターを育てるには良い環境だと思う」


「…………どうする? コローネ」


「んみい」


「んみいじゃわかんねえよ!」


 モンスターの中にはしゃべる個体もいる。残念ながらコローネはそうではなかった。


「まあ、そうですね。今この場で答えを出せと言われてもちょっと困るんで家に帰ってから考えてもいいですか?」


「ああ。もちろんかまわない。キミの人生もかかっていることだからね……おっと。キミの名前はなんだったっけな?」


「俺の名前は海渡 天馬です」



 バーチャルモンスターの事務所のワンダーズ。大学卒業後にそこに就職した青年の海渡 天馬。彼はそのモンスターの正式なオーナーになり、共に歩んでいくことを誓った……誓ったのだが。


「申し訳ない。海渡君。上からの要請でコローネ君の大々的な宣伝はしない方針になったんだ」


「え? どうしてですか!」


 天馬の直属の上司の平 光輝。彼は天馬とコローネを応援しているつもりではあるが上の方針には逆らえずに苦虫を噛み潰したような顔をしている。


「上層部に虫が嫌いな人がいてね。それでどうしても冷遇されてしまうんだ」


「そんな……そんなの完全に私情を挟んでいるだけじゃないですか! こんなに可愛いコローネをどうしてそんな扱いにするんですか!」


「それは……本当に申し訳ない。私も上にはなんどもなんども掛け合った。しかし、返ってくる答えはいつも同じだ」


 平の憔悴しょうすいしきった顔を見るとそれが真実だと天馬にも伝わった。


「それなら、どうして俺を雇ったんですか。虫のモンスターがいるってことは最初からわかっていたはずですよね? 俺はコローネと共にやっていくって面接でも言ったじゃないですか!」


「まあ、そうだな。キミは受け答えもしっかりしていたし、見た目もさわやかで面接での印象は受けは良かった。事務所の方針としてはキミはコローネとは違うモンスターを割り当てて……コローネは飼い殺しにする予定だったんだ」


「俺は……コローネ以外とはやっていく予定はありません。例え、事務所の宣伝効果と言うブーストがなくとも、どれだけ冷遇されようとも……絶対にこいつを一人前のモンスターに育てあげてみせます」


「そうか……わかった。それなら、私も最大限のバックアップはしよう。上に睨まれても構わない」


 平は天馬の真っすぐな目を見ていると「やめろ」とは言えなかった。新卒の身で会社に逆らうようなことをする。普通ならば常識外れだと思うかもしれない。だが平は違う。この少し青臭いも真っすぐに自分の意思を貫き通す天馬の心意気に惚れ込んだのだ。


「しかし、キミがそんなにそのモンスターに思い入れを持っているなんてな」


「ええ。最初はあんまり……って感じでしたけれど、長く一緒にいる内に情が沸いてしまったんです。今ではこいつなしの生活は考えらえません」


「んみい!」


 会社支給された専用の携帯端末の中にいるコローネが嬉しそうに鳴いた。


「よし! コローネ! 今日も配信をするぞ!」


「みいい!」


 最初の配信は視聴者数0人だった。次の配信も0人。3回目にしてようやく1人来たが、1分程度でその1人は帰った。


 そんな配信の繰り返し。それでも天馬は諦めなかった。


「長く……長く続けていればいつか必ずチャンスは来る。コローネ。今は辛い時期かもしれないけれどがんばるぞ」


「んみ!」


「よし、明日はもっと配信スタイルを変えてみるか。こう……カメラの位置? 角度的なものも意識するぞ!」


 こうしたコツコツとした努力は実を結び、やがて芋虫はサナギとなり蝶の羽を持つ妖精となり……仮想空間を羽ばたいていく。


 これは不遇だったモンスターが羽を得て飛び回る物語である。


—――――

作者の下垣です。これでこの話は10万字という1つの区切りも迎えました。

まだまだ物語は続いていきますので引き続き応援のほどをよろしくお願いいたします。


この小説が面白い、今後に期待できる、もっと読みたいと思われた際には、作品フォローや★での評価をして頂けると嬉しいです。

既にしている方はありがとうございます。今後ともお付き合い頂けると幸いです。

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