第27話 気の持ちよう

 アンドレアが滑空でクルワサンの元に近づく。


「ハァッ!」


 アンドレアがアンドレアに拳で攻撃を仕掛ける。クルワサンは腕でその攻撃をガードする。


「くっ……」


 さきほどアンドレアの攻撃をガードして、メリメリと鳴っていた腕にまた攻撃を受けるとじりじりと痛みが走る。


「い、痛いぁ!」


 クルワサンの高度が下がる。


「クルワサン!」


 クルワサンの自動回復は時間経過と共にダメージが回復していく。しかし、大きなダメージを受けたら完治にまで時間がかかる。


「どうする。どうすれば勝てる」


 バーチャルハンターとの戦闘は、バーチャルモンスター同士の戦いと違って時間制限がない。金ゴマとの戦いでは時間制限を利用して勝ちの目があったかもしれない。けれど、ハンターとの勝負はどちらかが倒れるまで続く勝負である。


 アンドレアを倒しきるしかない。しかし、クルワサンにはアンドレアを倒しきるだけの力が足りていない。


「はは! 弱いねえ! お前を倒すにはアタシのスキルを使うまでもない!」


 アンドレアが勢いづく。高度がが下がったクルワサンを追おうと接近してくる。


「バレットショット!」


 クルワサンの手から小麦粉の弾丸を飛ばす。アンドレアはその弾丸をまた腕で払い弾丸を反らした。


「バカの1つ覚えみたいにその弾丸しか飛ばさないのか? くらえ!」


 アンドレアの足技がクルワサンに炸裂する。クルワサンの背中にかかと落としを決める。


「うぐぁああ!」


 クルワサンはその衝撃を受けて地面へと叩きつけられてしまった。羽をぴくぴくと動かすも飛ぶ力はない。


「はん。お前は羽化したことでキレイな妖精になったが、今のお前は正に地を這う芋虫と同じ。実に哀れだね」


 アンドレアがクルワサンを煽る。そして、角にエネルギーを溜め始めた。


「このままなぶり殺しにするのは簡単さ。でも、アタシも勝ち方にはこだわりたくてね。最大級のスキルで止めを刺してやりたくなったさ」


 アンドレアの角にエネルギーが溜まっていく。もう絶体絶命のこの状況。天馬はクルワサンにだけ聞こえる指示を出す。


「クルワサン。癒しの波動で回復するんだ」


 クルワサンがコクリとうなずく。そして、癒しの波動を自分を対象に発動する。クルワサンの傷がみるみる内に回復していく。完治とまではいかないものの、空を飛べる程度には回復をした。それでも、特にダメージを負っている腕はまだじんじんと響いている。


「クルワサン、まだ飛ぶな。俺が合図をしたら敵の攻撃をかわせ。ギリギリ、本当にギリギリまで待つんだ」


 これは一種の賭けであった。相手はクルワサンは飛べないほどの重傷を負ったと思って完全に油断している。だから、攻撃をかわせるはずがない。その誤認が命取りとなる。天馬はこの短い戦いの中でアンドレアの性格をよく理解した。奴は、自分が有利な状況だと調子に乗って油断する性格だと。


「ふふ、どんどんエネルギーが溜まっていくぞ!」


「まだだ、クルワサン。耐えろ」


 クルワサンは地面に伏せている。だから、アンドレアの状況がどうなっているのかわからない。でも、配信画面でアンドレアの状況を確認してくれている天馬の指示があるからなにも恐れることはない。ただ、天馬の指示を信じて待っていた。


「来た来た! ホーンエネルギーが角に溜まってきたぞ!」


 アンドレアの角が光り輝く。そして、その角が急速に回転する。


「これで止めだ! スパイラルペネトレーション!」


 ドリルのように回転する角。アンドレアは頭を突き出して、猛ピードで上空からクルワサンに向かって頭突きを試みる。


「クルワサン。合図をしたら右に5歩分避けろ!……今だ!」


 天馬が指示をする。クルワサンは合図のタイミングと同時に天馬がいった方向と距離を移動した。


「なにっ!」


 アンドレアは急には止まれない。方向転換もできない。ただ、なにもいなくなった方向に突き進むだけ。


「ていやぁ!」


 クルワサンが突進してくるアンドレア。その脇腹を思い切り蹴り飛ばした。自ら上げたスピード。それもクルワサンの蹴りの破壊力に乗り、アンドレアは大きく吹き飛ばされて壁に激突した。


「がはっ!」


 強い衝撃が与えられて、壁が大きくへこむ。壁の破片がボドボドと落ちるほどの衝撃であった。それをモロに受けたアンドレアの体はボロボロになっていた。土煙も浴びせられて優雅なそれとは全く違う。泥臭い戦いをしたと誰の目から見ても明らかである。


『うおおお! すげえ!』

『ナイス! クルワサン!』

『もうダメかと思ってた』

『いつの間に回復していたんだ』


「ふう……天馬。ちょっと休憩させて。癒しの波動は傷を回復できるけどスタミナまでは回復できないんだ」


「ああ。わかってる。まだ傷は完治してないんだろ? だったら、待つことでスタミナの回復と自動回復で傷の回復。両方しよう」


 クルワサンに勝ちの目も見えてきた。それは、持久戦。自動回復や回復スキルが使えるクルワサンは傷を回復しつつ戦える。だが。アンドレアは自動回復を持たない。それだけで持久戦は不利である。このままチクチクと削っていけばいつかはダメージが蓄積して倒せる。時間制限がなければそういう戦い方も可能だ。


「お、おのれ……」


 アンドレアは角にエネルギーを溜める。クルワサンとアンドレアの距離はかなり離れている。


「クルワサン。遠距離攻撃レーザーが来るぞ。」


「うん。発射タイミングで妖精の鏡を使うよ」


 クルワサンは構えていた。アンドレアの角にエネルギーが充填されるのを待つ。これを反射できれば勝てる可能性もある。


「エネルギーが溜まった。備えるんだ!」


「ユニコーンヒール!」


 アンドレアの角から光の玉が出る。光の玉はアンドレアの体の中に吸収されていく。アンドレアのボロボロになった体が徐々に回復していく。


「なっ……! こいつ、回復スキルも使えるのか?」


 これは完全に予想外のことであった。今までホーンチャージからのスキルの派生は全部攻撃だった。ここに来てまさかの回復もできるとは天馬もクルワサンもリスナーたちも思いもしなかった。


「ハァハァ……アタシに回復スキルを使わせるほど、ダメージを負わせるなんてな。称賛に値する。だが、それだけ。傷が治ったアタシにお前は勝てない」


 せっかく与えたダメージも回復されてしまった。振り出しに戻ると言った感じで天馬もげんなりとしてしまう。


 否、この情報は振り出しどころかむしろ絶望的。ダメージを蓄積させて勝つという数少ない勝ち筋が潰されたことを意味する。


 もちろん、このユニコーンヒールもクルワサンの癒しの波動と同じくスタミナまで回復するものではない。アンドレアもスタミナは消費しているはずである。


 しかし、スタミナの絶対量。それが大きいのはアンドレアの方である。スタミナも諸々の数字で上がることから、クルワサンの絶対量はチャンネル登録1万クラス。100万クラス以上の実力を持っているアンドレアの方がスタミナは上である。


 クルワサンもそれを理解して冷や汗をかいてしまう。もう勝ち目はないのかもしれない。だが――


「クルワサン! 諦めるな! むしろ喜べ。相手の情報が1つ落ちたってことだ。論理的に考えて情報を得て不利になるなんてことはない! もし不利になるとしたら、それは気持ち、精神面の問題だ。心で負けるんじゃない!」


 天馬の励ましを受けてクルワサンの顔つきが変わる。確かに、情報を得ると基本的に有利になる。さっきも、ユニコーンヒールの存在を知らないから回復を許してしまっただけで、知っていれば対処のしようがあったのかもしれない。そう考えるとクルワサンに闘志がわいてくる。


「天馬! ありがとう! ボク、まだやれる! がんばれる!」

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