第28話 数字以上に価値があるもの
まだ心が折れてないクルワサンだが、アンドレアも余裕の笑みを浮かべている。数値的な強さの上ではアンドレアの方が上である。なにも焦ることはない。
「その強がり! いつまで続くかな!」
アンドレアが飛び立ち滑空してクルワサンに近づいてくる。風を切るほどのスピードでの急接近。自分より強い相手が迫ってきているのにクルワサンは極めて冷静だった。
「すー……はー……」
落ち着いて深呼吸をする。腰を落として拳を握り、いつもの構えを取る。
『あ、あの構えは』
『やるのか!?』
『いけえ! 修行の成果を見せてやれ!』
相も変わらず接近してくるアンドレア。クルワサンは落ち着いてタイミングをはかる。まだ……まだ……今この瞬間! それがベスト!
「ハァ!」
正拳突き、それがキレイに放たれる。もう何度目かも数えていないそれは、クルワサンが朝活配信でやっているものであった。それがドスンとアンドレアの顔面にクリーンヒットした。
「がは! は、鼻が!」
クルワサンの強烈な拳を受けて、アンドレアは鼻を抑えて悶えた。見ているだけで痛そうではある。いくら数字で勝っていても殴られれば痛い箇所というのは存在し、そこに上手いことヒットさせたクルワサン。その狙い澄ます技術は大したものだ。FPSのエイムが神がかっているのも功を奏した。
この時、天馬の端末に通知音が鳴った。天馬は端末を確認する。そして、口角を上げた。
「クルワサン! 朗報だ! 今の一撃。それが丁度1万回目だ。お前は1万回の正拳突きをして、新しいスキルを獲得したんだよ!」
アーツスキル『ブレイクチョップSLV1』を獲得しました。
条件:正拳突きを配信内で累計1万回する
効果:破壊に特化したチョップ。
「破壊に特化したチョップ。これ効果なのか? 単なる説明に思えるけれど」
天馬は顛末の効果説明を睨む。明らかな攻撃スキルではある。でも、天馬は信じるしかない。この状況を打破するような奇跡は起こるのか未知数なそれを。
「天馬! このスキル使えそう?」
「使えそう……というよりかは信じている。クルワサン。お前ならこのスキルを使えるとな!」
天馬はクルワサンを鼓舞する。スキルが使えるか使えないか。それは最終的には使う側の問題なのである。どんなに有用なスキルでも、使い手が悪かったら意味がないのである。クルワサンも天馬の言葉の意図をくみ取りうなずく。
「お、おのれ! よくもアタシの美しい顔を殴ってくれたな!」
鼻を赤く
「天馬。またホーンチャージだ。どうしよう」
現在、クルワサンとアンドレアの距離は近い。やろうと思えば接近戦に持ち込むことはできる。しかし、接近戦ならばアンドレアの角での攻撃を避けるのが困難になってしまう。もうすぐ強力な攻撃が来るとわかっているなら逃げるのも一考の余地はあるが――
「いや、攻撃しよう。充填からスキル発動までもう少し時間がある。逃げの選択をするのはまだ早い!」
「うん!」
クルワサンはもう1度正拳突きの構えをとる。1万回もしてきた動作。今、ここで最も信用できる攻撃手段がこれだ。クルワサンが拳を突き出す。アンドレアはクルワサンの拳を角で受け止めた。
ガン! と鈍い音が響く。結果は――
「い、いたあああ!」
クルワサンが殴った拳をぶらぶらさせて悶絶している。
「ははは! アタシの角の強度を甘くみたな! この角は象に引っ張られても折れない! なにせ、この角はアタシの強さの源。生命線だ! アタシは持てるスキルの全てをこの角に注ぎ込んでいる。当然、硬度、強度、耐久性、それらも高い水準で決して折れることはない!」
自慢げに話すアンドレアの角の輝きがどんどん増していく。エネルギーが充填されてきている。
「クルワサン。逃げろ! アンドレアと距離を取るんだ」
クルワサンは逃げる。近づいたままでは、不利。エネルギーが充填された角による攻撃が直撃したら、クルワサンが耐えるのは無理である。
「距離を取ったところで無駄だ! アタシのスパイラルペネトレーションでお前は死ぬんだ!」
アンドレアの角が最大の輝きを放つ。そして、その輝ける角が回転して、アンドレアはクルワサンの方に突進をする。
「死ねえぇええ!」
アンドレアのスパイラルペネトレーションが発動する。直撃すればクルワサンの負け。だが、クルワサンはアンドレアの攻撃をかわすのは困難である。アンドレアの方がスピードを含めた基礎スペックは上。とてもよけきれるものではない。
「て、天馬!」
「クルワサン。避けるのを諦めろ! やつの角に向かってブレットバレットを放て! できるだけ!」
クルワサンは天馬の言う通りにする。パンの弾丸をアンドレアの角に撃ち込む。回転している角はパンを弾き飛ばす。でも、クルワサンは2発目、3発目の弾丸を角にぶつけ続ける。カン、カンと弾丸は弾き飛ばされる。
一見、意味がないと思えるこの行動。だが、意味はあった。角の回転速度が減少しているのだ。弾丸の衝撃を受ければ回転は鈍る。理屈の上では簡単なことではあるが、角を的確に弾丸で撃ち抜くのはかなり難しい。それができるのも、クルワサンの射撃技能が高いお陰であった。
そうこうしている内にクルワサンの左上にアンドレアの角が突き刺さった。
「が、があああ!」
クルワサンは痛みで叫ぶ。だが、腕は取れてはいない。回転数が少なくなり威力が減少したお陰でなんとか耐えることができた。
もし、クルワサンが回避行動に専念していたら、回避に失敗してスパイラルペネトレーションが直撃していたら。回転数がそのまま生きていて、クルワサンの体はバラバラになっていたところである。
「ア、アタシの角を受け止めた。こ、こんな1万程度の数字で100万以上のパワーを持つアタシの角を……」
「アンドレア。教えてあげるよ。世の中は数字が全てじゃないってことを。ボクには天馬がいる。天馬のアドバイスがなければとっくに負けていた。ボクにはリスナーがいる。リスナーの応援がなければここまで成長できなかった。ボクは支えられているんだよ。数字以上に価値があるものに!」
クルワサンの痛む左手でガッチリと角を掴んだ。
「な、なにをする! 離せ! アタシの高貴なる角を掴むんじゃない!」
「この角にスキルの全てをつぎこんでいるって言ったね? それじゃあ、この角が折れたらどうなる?」
クルワサンの言葉にアンドレアは鼻で笑う。
「バカめ! ありえない仮定だ。言っただろ。この角は決して折れない。お前こそ、そんな負傷した左手でいつまでもアタシの角を固定できていると思うな」
クルワサンは静かに集中する。右手に意識を集中。右手に力が集まっていく。その力は破壊を求める。妖精の衝動とは思えないくらいの破壊衝動を右手に感じて、クルワサンはその右手を上に上げる。
「な、なにをする。お、お前!」
アンドレアは察した。近くにいるからこそ殺気めいた破壊の力を感じることができる。この右手はやばい。そう思ったところで手遅れだった。もう右手は振り下ろされている。
「ブレイクチョップ!」
ベキ! まずは最初お一音。小気味が良い音が響き、続いてベキベキベキと何かがひび割れていくような音が聞こえる。
「あ、ああ、あぁああ……」
アンドレアは自身の頭上で起こっていることを察した。角の感覚がどんどんなくなっていくのがわかる。
そして最後の一音。バリィン! 大きな音を立てて、アンドレアの自慢の角の根元が粉々に粉砕されて折れてしまった。
「バ、バカな!」
地面にボトっと落ちた自分の角。一生見ることがないと思ったその信じられない光景にアンドレアは茫然としてしまう。
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