第29話 追い詰めた

『角折ったああああ!』

『きちゃああ!』

『勝ったな!』


 アンドレアの角が折れたことで、コメント欄の流れが加速する。その流れの速さの分だけクルワサンが強化される。


「ハァハァ……やった! 厄介な角を折ってやったぞ!」


「よくやったクルワサン! 本当に……! お前は天才だよ」


 天馬はクルワサンを手放しで褒めたたえる。完全に勝利のムードだが、「ふっふっふ」とアンドレアが不適に笑う。


「バカめ。忘れているのか? アタシは基礎的な能力で言えばお前よりも上だ。角がへし折られたからと言ってそれは変わらない」


 アンドレアは爪を突き出して構える。角が折れてもアンドレアにはまだドラゴンの爪があった。厄介なスキルを封じたのには違いない。しかし、それだけで勝てえるほどこのアンドレアという相手は甘くないということ。


「ハイヤァー!」


 アンドレアが爪でクルワサンを引っかこうとする。だが、クルワサンはその攻撃を避けてアンドレアの背後に回った。


「なに!」


 急に背後を取られて慌てて振り返ろうとするアンドレア。だが、クルワサンはアンドレアに足払いをかけて転がす。スドンと尻もちをついてアンドレアは痛みで顔を歪めた。


「なんか遅くなってない?」


 クルワサンの言葉にアンドレアはハッとした。確かに体に力が入らない。どこか調子がでない。心なしかフラフラする。そんな現象が起きている。


「ど、どういうことだ。このアタシがこんな1万程度のチャンネル登録者数のやつにおくれを取るなんてありえない」


 アンドレアの手がわなわなと震える。角を折られるのも初めての経験であるし、今感じている力が入らない気味の悪い感覚。そんな事態が起きて混乱をしてしまう。


「どうやら、角を折られたら弱体化するみたいだね。デュラハンも首がない状態だと弱体化していたみたいだし、そういうのと一緒なのかな?」


「く、くそ! アタシを侮るな! アタシは角以外にもスキルはあるんだ! 火炎放射! ボオオオオオ!」


 アンドレアの口から炎が吐かれる。その炎はクルワサンに命中するが、クルワサンは燃えない。熱がるどころか文字通り涼しい顔をしている。


「ボクは火炎耐性を持っている。その程度の威力の炎でダメージは受けないよ」


「ほ、他に……アタシのスキルは……」


 アンドレアは尻もちをついたまま後ずさりながら、生まれたての小鹿のようにぷるぷるとした足でなんとか立ち上がる。足がすくんで思う通りには動かないが、なんとかクルワサンから距離を取ろうとした。


「ア、アタシのスキル……ダメだ。全部角を介するものだ。パッシブスキルも角ばかり強化していて。あっ……あぁああ!」


 アンドレアの顔がみるみる内に青ざめていく。本来ならば負けるはずがない相手だったはずなのに、今は完全に追い詰められている。


「そ、そうだ。回復だ。角を回復させるんだ。そのためにはホーンヒールを使って……ホーンチャージ!」


 アンドレアはホーンヒールを使うために角にエネルギーを溜めようとした。しかし、肝心の角がなかった。


「あ、ああ! そ、そうだ。角が……角がなければ、アタシは回復スキルも使えない」


 焦っていてロクに頭も回らない状況。逃げようとするアンドレアをクルワサンがじりじりと近づいて壁際に追い詰めていく。


「あ、ああ……や、やめろ! 来るな! アタシに近づくな!」


 完全に下に見ていたクルワサンに逆に追い詰められる。窮鼠が噛んだものは大きかった。猫の方が狩られる側になるくらいに。


 だが、アンドレアも追い詰められたところで活路を見出した。クルワサンは左手を負傷している。そこに目を付けてニヤっと微笑んだ。


「うわ! 増援!? デュラハンも来やがった!」


 アンドレアがクルワサンの背後を指さす。


「デュラハン!?」


 アンドレアは嘘をついた。増援が来たと騙されたクルワサンは喜び笑顔になりながら振り向くも、当然そこにはデュラハンの姿はない。たった1度の騙しのチャンス。でも、たった1度で良い。クルワサンの左腕を破壊すればまだアンドレアにも勝機はある。


「バカめ! くらえ!」


 アンドレアはクルワサンの左手に思い切り爪を立てた。既に傷口が開いている箇所に爪をねじこみ、傷口を更に広げる。


「ぐ、ぐあわああ!」


 クルワサンは痛みで絶叫する。アンドレアはすぐに爪を引き抜き、痛みで悶えているクルワサンに蹴りで追撃を入れる。当然狙うのはクルワサンの左腕である。


「うぐ」


『ひ、ひでえ!』

『執拗に怪我している左腕を狙ってやがる』


「クルワサン! か、回復を!」


 天馬はクルワサンに回復を指示した。しかし、クルワサンは首を横に振った。癒しの波動。それは両手から出る波動を怪我した箇所にかざすことで回復をする。両手がかざしている場所が同じでないと効力を発揮しない。つまり、自分の手を治すことはできないのだ。


 更に言えば、手が大きく損傷している場合は波動のエネルギーに手が耐えられない。つまり、今がその時。手を負傷したクルワサンはもう波動による回復はできない。自動回復を待つしかないが、追い詰められているアンドレアがそんな回復の時間を悠長に待ってくれるはずもない。


「ハハン! 左手をもらった! これでお前は文字通り片手落ちだ。角をなくしたアタシと左手が使えないクルワサン。どっちが強いか。見ものだねえ!」


 アンドレアも角がない感覚に慣れてきた。完全に調子づいている。クルワサンは背中の羽をばたつかせて鱗粉を出す。


「火炎鱗粉!」


「無駄だ! アタシもお前と同じで火炎耐性があるんだよ!」


 発火する鱗粉をものともしないアンドレア。クルワサンに殴りかかろうとした次の瞬間。クルワサンのクロスカウンターがアンドレアの頬に炸裂した。


「がはっ……」


 左手は使えなくても右手はまだ使える。正拳突きで鍛えたクルワサンの強烈な拳。それがアンドレアにヒットして、よろけてしまう。


「ボクは……お前なんかに負けない! うおおおお!」


 叫びながらクルワサンはアンドレアに殴りかかる。アンドレアの鳩尾にクルワサンの右の拳が叩き込まれる。


「がはっ……!」


 強烈な一撃。アンドレアはその場にバタっと倒れて、動かなくなってしまった。まだギリギリ息はあるものの、もう戦える状態ではない。


「は、はあ。つ、疲れた」


 クルワサンはその場に座った。長い戦いの末、スタミナも使い果たしてしまっている。


『勝ったのか……?』

『いや、まだ油断はするな』


 まだ緊張の糸が解けない中、この配信空間に1体のモンスターが現れた。それは金色のケルベロス。金ゴマだ。


「金ゴマ!」


『救援きちゃああああ!』

『金ゴマがいるならもう安心だ』


「クルワサン! 金ゴマ、メタルドラゴン、デュラハンに救援が送れるようになった。残りの2体もすぐに駆けつけてくれるみたいだ」


「そ、そうなんだ。やった……」


「遅くなってごめんニャー……あそこで倒れているのは?」


「あれがバーチャルハンターだよ。でも、もう大体終わってる。後は止めを刺すだけ」


「そうなんだ。よくがんばったニャ」


 完全に勝利のムード。もう緊張もなにもなく緩み切っていた。その時だった。


【EMERGENCY】

【VIRTUAL_HUNTER】


「な、なんだと! 新たなハンター!? もう勘弁してくれよ。こっちは戦う気力なんて残ってないんだぞ」


 天馬のうんざりとした声が漏れる。それは天馬だけではない。クルワサンもリスナーもみんなが思っていたことだった。


 アンドレアが空けた亜空間。そこから、何者かの足音が聞こえる。足音の大きさ、歩幅から体格的には成人男性のそれと近い。足音が近づくたびにこの場にいる全員の不安な気持ちが増していく。

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