第30話 騎士ジェイド
亜空間より出るもの、それは長槍を持っているスラリとした長身の男性型ハンター。白い十字が書かれた青いマントをなびかせてクルワサンたちの前に立つ。
「クルワサン。下がっているニャー。ここは私が……」
「無様だな。アンドレア」
「ジェ、ジェイド……どうしてお前がここに」
アンドレアはガクガクと震えている。ジェイドと呼ばれたハンターは槍をアンドレアに向ける。
「お前はなぜ弱い?」
「ア、アタシは弱くなんかない。今回はたまたま油断して……」
「言い訳など聞きたくない。私は弱い理由を説明しろと言っているのだ。お前が強いか弱いかなど私にとってはどうでもいいこと」
クルワサンと金ゴマはこの様子をポカーンと見ている。新たな増援かと思いきや、仲間割れをしていてとても奇妙な光景である。
そんな時、シュンシュンと音がして、メタルドラゴンとデュラハンが救援に駆けつけてくれた。
「バーチャルハンターめ! 我の仲間をこれ以上傷つけさせん也!」
「今回は最初から頭があるよ。フルスロットルで行こう!」
「なるほど……アンドレアがやられたことで救援ブロッカーが消滅したのか。この状況は私にとっても分が悪いな。どうかな? ここは一つ、私を見逃してくれないだろうか?」
まさかのハンター側の見逃せという提案に一同は衝撃を覚える。
「見逃せだと? それはどういうことだニャー」
「お互い仲間がボロボロの状態。このまま戦えば確実にどちらか、あるいは両方が死ぬ」
ジェイドの言っていることは間違ってはいなかった。ここで戦えばクルワサンが戦いに巻き込まれてやられる確率の方が高い。
「でも、ハンターを見過ごすわけにはいかない。ここでお前を逃がしたら、他のモンスターが安心できないだろ!」
クルワサンが傷む手を抑えながらしっかりとジェイドを見据えた。だが……
「ごめん。クルワサン。私はお前を失いたくない」
「デュラハン、何を言っているの!」
金ゴマもメタルドラゴンもうなずいた。
「賢明な判断に感謝する。ただ、こちらも約束はしよう。私が次に狙うのはこの事務所【ワンダーズ】の誰かにする。他のモンスターには手出しはしないさ。それで手を打とう」
「わかった」
クルワサンは渋々とうなずく。よそのモンスターに迷惑がかかることは避けたかったからジェイドを逃がす選択を取ることはできなかった。だが、ワンダーズ内ならば全員と同盟を組んでいるので自分が助けに行ける可能性はある。
「私はそこの女のように救援ブロッカーは使わない。キミたちと戦える日を楽しみにしているよ」
ジェイドはアンドレアの首根っこを強引に掴む。
「私とこのアンドレアは【赤き雨】という集団に属している。アンドレアを退けた褒美に教える。それと停戦協定は……えーと。こうやって申請すればいいのか?」
ジェイドは空間に呼び出したタッチパネルを操作して停戦協定を申し出た。ハンター側とモンスター側。双方が合意すれば、戦いは中断する仕様がある。ハンター側はなんとしてでもモンスターを狩ろうとする意思があるから滅多に申請されるものではない。
クルワサンはジェイドとアンドレア、双方と停戦協定を結びこの配信でのハンター戦は終わった。
『結局ハンターは逃がしてしまったのか?』
『みたいだな』
『でも、クルワサンたちが生きていて良かった』
『おい、ふざけんな。俺の推しがあいつらに襲われたらどうするんだ。どうして止めを刺さなかった』
『そうだそうだ。ハンター死すべし。慈悲はない』
『やめろよ。そういうことを言うのは。みんな必死なんだよ』
『じゃあ、お前がハンターを倒せよ。人に押し付けんな』
クルワサンたちがハンターを見逃す選択をしたことでコメント欄が賛否両論で荒れてしまう。基本的にクルワサンの配信のため、クルワサンを擁護する声の方が多いものの、それでも否定的な意見は抑えきれるものではない。
リスナーのみんなも不安なのである。バーチャルハンターという存在はそれだけバーチャルモンスターにとって脅威なもの。モンスターを応援しているリスナーからしたら親の仇のように憎くても仕方ないのだ。
コメントの荒れ具合にクルワサンの手が傷んでしまう。
「んぐ……」
「クルワサン。大丈夫也?」
「うん。メタルドラゴン。ボクは大丈夫」
バーチャルモンスターもただコメントをすれば強くなるというわけではない。そのコメントに込められた想いもちゃんと反映される。それが、もし他人を叩くようなコメント。負の感情がこもっていたり、アンチコメントだったりした場合はバーチャルモンスターに不調をもたらしてしまうのだ。
モデレーター権限を持っている天馬もコメントの削除が間に合わない。天馬はマイクをスピーカーモードに切り替えてリスナー全員に聞こえるようにした。
「みんな。落ち着いてください。私は海渡 天馬。クルワサンのオーナーです」
『オーナー?』
『クルワサンが大好きだって言ってた人か』
「皆さんの不安に思う気持ちはわかります。しかし、それは推しの脅威となるハンターが全ての原因です。それ取り除くには……モンスターを推して強くして撃退するのが近道です。リスナー同士で争っていたら、その負の感情もモンスターに伝わってしまいます」
『それはそう』
『応援コメントじゃないとモンスターは強くなれないもんね』
『ただコメントをすれば良いってもんじゃねえぞ』
天馬の言葉にリスナーは好意的な反応を示す。だが、それでも不満に思っている人間が完全に消えるわけではない。
『なんだよ言い訳かよ。お前が命がけでハンターを倒していれば……せめてアンドレアだけでも倒せば良かっただろ』
『お前ジェイドの話聞いてなかったのか? あれはジェイドもアンドレアを助けるために身を引いたんだろ。アンドレアを倒していたら、戦闘は避けられなかった。そうしたら傷ついたクルワサンはやられていた』
『俺はアンドレア推しなんで、殺されなくて良かったと思っております』
「我々は人間です。モンスターではないのでハンターと戦うすべを持っていない。でも、モンスターを応援することはできます。その応援は確実にモンスターに伝わり強くなるんです。だから、どうか……これからもモンスターたちの応援をよろしくお願いします」
天馬にできることはお願いをすることだけだった。天馬の言い分にも一理あり、それで怒りがおさまった人間もいる。でも、全ての人間を納得させることは難しい。クルワサンは一応はアンドレアを撃退したことで評価する声がある一方で、一部ではあるがアンチもついてしまった。
それでも差し引きでクルワサンの知名度が上がりファンも増えてはいる。チャンネル登録者数もそれに応じて増えはした。
◇
「ボス。すみません。アンドレアを逃がしたせいでちょっとした炎上騒ぎになって」
「なあに。海渡君が気にすることではない。クルワサンが無事に生還できただけでもありがたいことだ。それに今もその炎上は沈静化している。もし、更に燃やそうとする悪意がある人間がいるならば、それはこちら側で対処することだ」
平はニカっと笑った。白く輝く眩しい歯がダンディな笑顔によく映える。
「ありがとうございます。ボス」
「まあ、とにかく。クルワサン君もかなり疲れただろう。彼はしばらく配信は休んだ方が良い」
「そうですね。左手も負傷してしまって、今は治ってはいるんですけどちょっと感覚が前とはズレているみたいです。そのリハビリ期間も欲しかったです。ありがとうございます」
「海渡君。私は君たちの判断は正しいものだと思っている。あの場で無理に戦っていたら……いや、やめておこう。とにかく、命を大事に。私から言えるのはそれだけだ」
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